こんばんは、芋つき蛮族です
いつも『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』を読んでくださりありがとうございます
こちらは一章終了記念の書き下ろしオマケSSとなっています
スクロールの上、お読みいただければ幸いです
時系列的には本編19話と同じ時間軸でした
【シュクサ村 村長邸宅 離れの間・深夜】
「ふぅ……こんなものかしらね。ペア初日から気合いを入れすぎても、ついて来れないかもだし」
椅子の背凭れに身体をあずけて、フェレシーラが大きく伸びを打つ。
「それにしても、あのマルゼス・フレイミングが弟子をとっていたなんてね……ま、そんなことまでわざわざ耳にいれなくても良い、ってことなんでしょうけど」
水晶灯を見上げての独白に、青い輝きが一瞬、大きく揺らめいた。
シュクサ村の住人を襲った謎の魔物の討伐。
それ自体は、彼女にとっては――村の住人には悪いが――さして重要な一件でもなかった。
直近で大きめの依頼を片付けて一息つこうとしていたところに、公都でなにやら面倒な催しが予定されている――
そんな連絡を親しい友人から受けたフェレシーラは、その場しのぎ隠れ蓑として今回の依頼を引き受けていたのだ。
司祭推薦枠である依頼を受けている間は、ちょっとやそっとのことで、アレイザに戻らなくても済むし、なんなら正体不明の魔物の調査を買って出れば、暫くの間はのんびりしていられるかもしれない……
そんなフェレシーラの目論みは、大きく外される形となっていた。
「罰があたった、って言うのかしらね。こういうのって」
世間では白羽根の聖女と呼ばれる彼女だが、まだ十七歳、中身は普通の少女でもある。
教団の一員として公国民を護ろうという気持ちはあるが、西へ東へ立て続けに走り回されるのは勘弁、というのが正直なところでもあった。
「フラム・アルバレット、か」
椅子に腰かけたままその場を振り向き、背凭れに腕を預ける。
視線の先には、大きなベッドの上で真っ白い毛布にくるまった少年が一人。
元・煌炎の魔女の弟子を自称し、多大なアトマを有する少年、フラム。
魔術的不能を抱えているとの話だったが、彼女としてはまだそれを疑っている部分もある。
「どう考えても、放っておけば教団に見つかるものね。骨休めのつもりが、とんだ貧乏くじ引いちゃったかしら……」
呆れた風に言いながらも、フェレシーラは言葉の途中で自分が苦笑していることに気づいた。
「ままならないものね。何処にいようとも」
言って再び、彼女は笑う。
今度のそれは己に向けたものだ。
「ぅ……」
不意に、声がやってきた。
同時に少年の身を包んでいた毛布が床へと落ちる。
ぎしりと椅子を軋ませて、フェレシーラがベッドへと近づいた。
「あーあ……まるで小さな子供じゃない」
寝返りを打つ少年をみて、少女が仕方ないとばかりに毛布を拾い上げる。
わざわざそんなことを口にするのは、警戒心の裏返しだ。
フラム本人から聞き齧った話では『隠者の塔』にずっとすんでいた、ということだったが……互いにそういうことがあっても可笑しな年齢ではない。
なんとなく年上ぶってみて平静な態度を装っていたが、先にあっさりと寝に入ったフラムを前にして、自分が安堵していたことぐらいフェレシーラにもわかっている。
夕方のことにしてもそうだ。
しばらく動き通して疲れがたまっていたとはいえ、無防備すぎたという自覚はある。
この少年の心根が見た目以上に幼すぎた、というのもあるのだろうが……
「言い訳にはならない、か。お父様が知ったら、どんな顔されるのかしらね。お母様は……まあ、とても話せないとして」
くしゃくしゃとなっていた毛布を両手で揃えて、大きく広げる。
「……ぅあ……」
「――眠れないの?」
あがるうめき声に、ついつい問いかけてしまう。
苦しげな吐息に続き、重みを増したベッドが軋んでいた。
不意に、腕を掴まれた。
「!」
反射的にそこから飛び退く。
伸ばされた腕が暫しの間、虚空を彷徨い……やがてすぐに、だらんと力なく落ちた。
さすがに迂闊すぎた。
年下とはいえ、相手は同年代の異性なのだ。
……別の部屋も用意してあると、夕食の際にそういう話も出ていた。
迷惑ではあるだろうが、今からでも屋敷の者に手配させるべきだろう。
「――ゼス、さん」
その声が、フェレシーラの思考と動きを止めた。
「……」
じっと、ベッドの上の少年を見る。
意味のありそうな言葉を発したのはそれきりで、今はまた苦しげに寝返りを打つだけだ。
……なんとなく、ムカムカとしていた。
少年が誰の名を呼んだかなど、考えるまでもない。
彼とその師である人物との間柄は、おおよそではあるが想像もついている。
「――はぁ」
溜め息と共に、彼女は再びベッドの縁へと腰かける。
意地になっている自覚はあった。
だが、この少年の師を……あの『煌炎の魔女』を大馬鹿者と言い切った気持ちに嘘はない。
ふざけるなと思ったことは、事実だった。
「これも、乗りかかった船ってやつね……」
つぶやき、もう一度だけ白い布地を落としてみる。
……今度は、少年もじっとしていてくれた。
安堵の息が漏れる。
微かに重なったその吐息に、少女は気づかない。
緊張が解けたことで、急激な睡魔が彼女を襲ってきていたからだ。
眠りに落ちてゆくその淵で、なるようになるか、とだけ思った。
「おやすみなさい。フラム……」
その名を口に、瞼が落ちる。
静寂で満ちた煌めく天を、流星だけが駆け抜けていった。
『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』
番外編 白き帳 完