16.ミーティング開始


 二人揃って綺麗サッパリとなり終えた後、俺たちは再び離れの一室にて顔を突き合わせていた。


 フェレシーラの入浴が矢鱈と長かったこともあり、既に日は傾き始めている。

 もう暫くすれば、夕食の支度を終えたフォリーさんなりからお呼びが掛かるだろう。


 だがそれまでに、もう少し時間がある。

 その合間の時間を利用して、フェレシーラと俺は今後の計画を練ることにした。


「さてと。まずは魔物討伐にあたっての、基本方針から決めていきましょうか」 


 備え付けのテーブルに手をつくと、フェレシーラがそう切り出してきた。

 ここまで只管アクティブに動き回ってきたわけだが……

 今日はもう、外出の予定がないからだろう。

 彼女はまだ微かに濡れた髪を結いあげて、白いローブに身を包んでいた。


 対する俺はといえば、クローゼットに掛けられていた薄手のガウンを拝借している。

 季節的に暑苦しいかと思いはしたが、綿製の布地が思いの外涼しく大変気持ちがよい。


 ……こっそり貰っていったらダメかな、コレ。


「こら。話が始まってるんだから、キョロキョロしない」

「へーいへい……でも、基本方針ってなんだ? 魔物の討伐を引き受けたんだから、当然明日にでも討伐に出向くんだろ?」


 フェレシーラの宣言に、俺は思ったことをそのまま口にする。


「――じゃあ、聞くけど」 


 すると神殿従士の少女が、ジト目での腕組みを見せてきた。


「その魔物と遭遇したら、貴方一体どうやって相手を倒すつもりなの?」 

「どうやってって……そりゃ魔物相手の立ち回りはそっちのほうが慣れてるし、俺は足を引っ張らないようにサポートに――」 

「ふざけないで」 


 椅子に座したまま俺なりの考えを述べてみるも、返ってきたのは直球でのダメ出しだった。


「いや、べつにふざけてるつもりはないぞ。生兵法は大怪我の元って言うだろ?」

「言うわね。でも、それが何? 自分は魔物なんかと戦ったことはないから、後ろから眺めてるとでも?」 

「い、いや……何もそこまで任せきりにするつもりは、ないっていうか……」 

「いま言ってるのはそういう話じゃないの。下手に動いたら私に迷惑がかかるとか、まずはそういう考えは全部捨てて頂戴」 


 ピシャリと言い放たれて、俺は押し黙ってしまう。


 しかしそれは、フェレシーラの口調の厳しさに反感を覚えたからではない。

 むしろ彼女が発する言葉の一つ一つに、吸い寄せられる感覚すらあった。


「基本方針っていうのはね。何も、戦いにおける役割分担の話だけじゃないの」 


 そんな俺の様子を見てか、フェレシーラは瞳を伏せて声のトーンを落としてきた。


「これから私たちは、魔物の討伐という共通目標を持って協力していく。互いに互いを支え合うパートナーになるの。例えそれが、一時的な関係だとしてもね」 


 咎めるでも、諭すでもなく、少女がその意思を伝えてくる。 


「勿論……私のほうが外の世界での経験があるだとか、貴方が男だからだとか、そういう差はあるけれど。そういうのは抜きにして、私は貴方を頼るの。自分の使命を果たす為に、貴方を利用するの」 


 フェレシーラの瞳が開かれる。

 まっすぐにこちらに向けて、青い瞳が見開かれてきた。


「だから貴方も、私を利用して師の汚名を晴らす。私を頼って、目的を果たす。その為には無用な遠慮はしないし、させない。オーケー?」 


 彼女の言葉は明朗だった。

 そして、力強かった。


「……はぁ」 


 たっぷりと、十数秒はその言葉を噛み締めてから。

 俺は目の前で身じろぎ一つせずにいた少女へと向けて、頭を垂れた。


 心の底から、そうしたい気分だった。

 そうすべきだと感じていた。


「俺が間違ってた。ありがとう、フェレシーラ」


 そして感謝の言葉を口に昇らせると、椅子の上で背筋を伸ばして、まっすぐに彼女を見た。


「それで……俺は何をすればいい?」

「まずは情報の提供ね」 


 膝に手をつきやや前傾姿勢となっての問いかけには、ニッコリとした満面の笑みが返されてきた。


「お互いの何が武器になるのかを把握しておくのは、ペアを組む上では基本中の基本だもの」

「よく言うよ。自分だって初めてのクセして」


 自信満々のその言いぐさに、俺は思わず苦笑いしてしまう。

 とはいえ、遅まきながら納得がいったのも確かだ。 


 互いの長所……武器を知り、最大限に相互利用する術を知る。

 そうすることで、真の意味で頼り合えるパートナーとなる。

 フェレシーラが言いたいのは、そういう話だ。


 そこに甘えや妥協はない。

 これから未知の魔物を相手取ろうというのに、無用の遠慮や気遣いは不要となるどころか、致命的な過失へと繋がりかねないからだ。


 しかし当然、幾ら最善を尽くしたところで人には限界というものがある。

 あるが……いま大事なのは、その限界を知ることだった。

 それを包み隠さず、フェレシーラへと伝えることだった。

 

「わかった。もう……半人前未満だとか、破門されたからだとか。そういうのは言い訳にしない。俺なりにやれることをあんたに知ってもらえるよう、努力する」

「よろしい。では早速、始めましょうか」


 べつに、覚悟を決めたとか、心を入れ替えたとか……そんな大層なモノじゃなかったけど。

 そうして俺は、彼女に自分のことを話し始めていた。

 

 それから暫しの刻をかけて、一通りの情報提供を終えると。 


「ううーん……」


 何故だかフェレシーラは、テーブルの上で広げた羊皮紙の前で難しい顔をしていた。


 その右手の中ではインクの乾きかけた羽根ペンが、くるくると忙しなく動き回っている。

 羊皮紙に書き込まれていたのは、俺に関する情報の数々だ。


 今現在、彼女はそれらのデータを用いて、俺に任せられる、適正のある役割を割り出そうとしている。

 いるの、だが……


「ちょっと、こういうことは言いたくなかったんだけど」

 

 迷った挙句という感じで、フェレシーラはそんな前置きを口にしてきた。

 その様子に不安を覚えてつつも、俺は無言で頷く。


 大丈夫だ。

 己の力量不足は、自覚出来ている。

 その上で、俺は彼女に全てを話したのだ。


 だから例え、どんな辛辣な指摘を受けたとしても――

 

「貴方……本当に魔術士の修行、積んでたのよね……?」


 うぉい。


 人の半生を疑うその一言に、俺は思わず半眼となる。


「なあ、フェレシーラさん……? 幾らなんでも、この流れでその言い草は酷くないか?」

「そんなこと言われてもねぇ……特技は短剣の扱いに、家事全般と走ることって。なにこれ。私、冒険者ギルドで密偵スカウトでも探しに来てたの? ていうか、もしかして貴方……魔術関係の修行、真面目にしていなかったとか?」 

「んなワケ、あるか!」 


 ダンッ、と俺は掌を机テーブルのど真ん中に叩きつけて叫んでいた。


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