山駅

@hukusawa_kensui

第1話

 

 鹿の長のであるカワイは、会議を終えた後の疲れ切った細い二本足で帰りの駅に向かっていた。 

 出発前の山の中では、整えて着ていたスーツは道中で崩れてしまっているようであった。そして、それを直せずに会議に臨んでしまい、また人に恥じを見せてしまった。原因は、決まって街の駅から会社までの道のりである。

 13時スーツを着て、山を出た。他のシカたちが寝ている中で、自分は街に出てヒトと話す。優越感の中、電車に乗って降車した。

 14時の太陽は街を鮮明に照らしている。道の左右に整然と並ぶビル達、その一つひとつの中で整然と並ぶ無数の窓。この街のすべての景色に緻密な計算と設計が施されていること、それにその中にいる人たちは皆大変に難しいことを考えて、手先を器用に使って私たち鹿には到底できない行いをしている。

 そう考えるたびに、不安が体内に溜まり、体を膨らませる。ふと、前のボタンが切れそうなことに気づき、周りを横目で見ながら、必死に落ち着かせると、不安は気体から固体になるように、胃の中で塊を残す。それを繰り返している内にスーツと塊に苛まれる本人はスーツの正しい位置など忘れてしまっていた。

 会議の内容などは、事前に言われていたテーマ「山のトンネル開通に関して」と次の会議が明日の同じ時間であることだけであることしか覚えていない。首の痛みからただ頷いていたような気もしている。

 お辞儀をして、追い出すように自分の足を速めてビルを出た。

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