第2話「宝物」

 俺がやっていた乙女ゲーの主人公は、古代遺跡で楽園の乙女のように一人と一機で暮らしていた。


 管理された環境。


 管理された食事。


 管理された生活。


 俺が到着した地下空間がそれだ。


 岩でも粘土でもない堅い地面を歩く。


 周囲に視線をめぐらせた。


 人工的に作られた空間だ。


 崩落以外の理由で、どこも酷く劣化していた。電子モニタで広告が流れていただろう柱は壊れているし、壁のあちこちは崩れていた。


 長い、長い時間を耐えてきた堅牢な施設でさえ崩壊しているほどの流れがここにはある。


 主人公を探そう。


 莫大な金もそこにある。


 目的の物は目の前と言える。


 主人公は、地下深くで活動していた。乙女ゲーでは、だけどな。主人公は文字通りの地下の箱入りだが、設定上では防衛用のマシーン活動している可能性もあるのか?


 乙女ゲー本編だと、戦闘で彼我入り乱れての乱戦から白馬の王子様が主人公を外の世界に連れ出すわけだ。


……主人公様には悪いが今生は俺だ。


 後で必ず王子様へ連れて行って会わせるし、ハッピーエンドのサポートも全力でするお助けキャラになるので墓まで秘密にするべきだな!



 マシンガンの安全装置を外した。


 警戒しながら慎重に進む。


 そして──見つけてしまった。


「嘘だろ……」


 巨大な金属質の球体、だったもの。


 アラビア数字が書かれていた。


 それは蔦に絡まれ、木の根が這うように球体を締めあげている。苔で覆われて果てているが、この世界からが逸脱した巨大な機械だ。


 ゲームで見た。だが新鮮にも感じる。俺が確かにゲームと同じか、限りなく似た世界にいるのだと突きつけられる気分だ。


「あれ? 壊れてる」


 球体──ゲームでは『エデンズコクーン』だったか?──の壁が一部崩れてしまっているのを見つけた。


 妙だな。


 ゲーム本編だと戦闘に巻き込まれて、遺跡が露出して、流れ弾で破壊されるまでは……外の世界とは繋がっていなかったはずだぞ?


 亀裂から入った。


 人数人分の穴だ。


「ボロボロじゃねぇか……」


 主人公モニカが、楽園のように不自由なく暮らしていた筈だ。だが俺の目の前にあるのは廃墟とかした機械や施設の瓦礫、詰まった砂埃ばかりだ。


 誰かが暮らしている雰囲気はない。


 俺の心臓が早鐘を打ち始めていた。


 奥へと進みながら残骸を横目した。


 恐らくは警備ロボットだ。引き裂かれて破壊されている。銃弾や魔法ではない。単純な膂力や突進……元凶だろうものはすぐにわかった。魔物の骨も、警備ロボットの残骸と相討ちに転がっている。


 激戦だったのだろう。


 壁という壁には、骨質な生体弾や単純な質量砲弾の喰い込んだ痕、それに炎や酸で溶けた痕跡が至る所に広がり、警備ロボットと魔物の骸が山のように積み重なっていた。


 俺はマシンガンを構えていた。


「……行くか」


 主人公モニカがいる空間は近くだ。


……ゲームと状況が違いすぎるが……。


 船の水密ハッチみたいな物を幾つも抜けて、やっと目的の場所へと辿り着いたが、想像していた景色とはまるで違った。


 緑と陽の光に満ちていて、暖かな世界に小川が流れる音、風の音が満ちている景色からは程遠い。


 全てが滅びて消え去り荒廃としていた。


「……」


 マシンガンを背中にまわす。


 ここにはもう、何もいない。


 壊れた園芸て感じだ。


 枯れている大樹に触る。水分が抜けていて生きていない。それでも長い年月をかけながら、内側から朽ちている途中であることがわかった。


 部屋が機能しているうちにはそれなりの環境があったのだろう。


 干上がった川だったろうものを跨いだ。


 丘ささやかな丘、森、それに、草原か?


 ゲームで見た、主人公モニカが発見された場所と少し似ている。だが主人公モニカがいたのはまだ生きている施設だった。


「ここは死んでる」


 俺が転生したのは別世界なのか?


 施設の奥へと進んだ。


 ゲームにはいた防衛システムはいない。


 いや、いた、近づいても動かない。


「……」


 天井が抜けて空の見える施設で、植物に覆われ、完全に機能を停止した巨大ロボが死んでいた。


 ゲームでは主人公が動かしたロボットであり、白馬の王子様に力を与える形になった、全ての始まりが、死んでいた。


「主人公……」


 モニカ嬢は無事かもしれない。


 心ではもう駄目だと、感じた。


 だが諦めきれない。きっとモニカ嬢は生きている筈なのだ。あの健気で、お転婆で、太陽のような彼女が、きっと、この世界にもいるはずなんだ。


「……」


 楽園で遊ぶ彼女の姿は無い。


 ゲームなら……ゲームであれば、ここは完全に安定した環境の楽園で、モニカ嬢が気ままに遊んでいたのだ。無垢なほど純真なのはずkつと、この施設にいたからだ。


 棺のようなカプセルを見つけた。


「クレイドルだ」


 ゲームではモニカ嬢が入っていた。


 ここからでは中身はまだ見えない。


 彼女が目覚める場所だ。


 俺は怖がる足を進めた。


 クレイドルに近づき、蔓に覆われた透明金属の中身を確認した。そこにいたのはモニカ嬢ではなかった。


 安心。


 同時に、悲しみが押し寄せる。


 名も知らない彼女はここで死んだのだ。


 ゲームにはいなかった顔で美人だった。


 埋葬しよう。


 俺は力任せにクレイドルを開ける。


 きっと壊れている。


 だが俺の予想に反してクレイドルはあっさりと開いてしまう。隙間からプシュとガスが抜けるような音とともに、自動的に、蔓を引き千切りながら開く。


 システムが生きていたのか?


 透明な窓にはノイズが走りながら、状況を移していた。エラーが出ているようだ。


 対面してしまう。


 眠っているだけに見える。


 きっと生きているだろ!?


 きっと……その筈なんだ!


 確実に主人公じゃない。


 主人公はデカパイで、腰がくびれて、ケツがキュッと絞られているのだ。それがなんだこいつは主人公みたいな雰囲気出しやがってパイオツもケツもグラインダーで削ぎ落とされた貧相女体、背丈だけ俺並みにデカいせいで余計に貧乳女じゃないか。


 俺は顔を近づけた。


 みずみずしい唇だ。


 彼女の目が──開く。


「世界一の裸の美少女が眠っているのを良いことにいやーんうふーんのオス暴虐をしようとした?」


「うわァッ!? しゃべった!!」


 なんだこいつは。


 人間じゃないぞ。


 貧乳のクセに!?


「セクハラワードを検出。失格。減点二」


「……」


 ゲームには登場していない。


 フルコンした俺の記憶は確かだ。


 少し主人公に似ている……か?


 金髪はやや鈍い白銀色に、白い肌は褐色に反転こそしているが造形のおおよそは主人公モニカと似ている。首から下はともかく、顔は、だが。


「口説くなら早くしなさい」


 やっぱ主人公に似てないわ、こいつ。


 モニカはアホな野生児でジャングルに飛び込んで傷だらけになりながらアホ面満面の笑みをするのだ。


 見ろ!


 こやつの表情筋は死んでいる。


 ピクリとも感情を感じないぞ。


「はいはい。俺はモウロ・アルダープだ。お前の名前はなんだ? 金目のものとかもってるか?」


 緊張が裏切られて雑になる。


「私は『この世界の主人公』バジル。……少々冴えない顔つきだが夫候補に入れてやろう」


「いらん。雑草みたいな名前しやがって」


 なんだこの女!?



「あのガキ……まだ帰ってない……」


 窓からそれとなく外を見る。


 側室の子であるモウロが、またしても家から消えて3ヶ月にもなる。生きては……いないかもしれない。


 おとなしく結婚していれば!


 死ぬことはなかったのに!!


 取り柄もないあのガキは、結婚しなければどんな酷い人生かわからない世間知らずだから!


 だから……。


 うつむき始めた顔をあげなおす。


 まだたったの3ヶ月。


 死ぬには早すぎるから生きてる。


「あッ」


 毎日、窓から見ていた。


 だからその日は目を疑った。


 門の前にモウロが立って!!


 しかも知らない女の子を連れて!


 迎えに行くべきなのか随分と悩む。


 そうこうしているうちにアルダープ卿と側室のゼノビアが外へと飛び出していた。時期を失くした私は椅子に戻る。


 窓の外では、アルダープ卿とゼノビアが、モウロを抱きしめながら泣いて喜んでいる。


「母上! モウロが……帰ってきました」


 私は「えぇ」とだけ返す。


 モウロと目があう。


 彼は、手を振っていた。


 ざまあ見ろと言っているのかしら。


 いや……モウロは……違ったわね。


 はぁ……破談の謝罪、書かないと。

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