第1話「おひいさまクエスト」
「……お、お見合い、ですか?」
事件は唐突に起きるものだ。
俺が自分の部屋──庭にある丸太小屋だチクショウ!──を数日かけて作り終えて朝食の際に起きた。
お見合いだ。
結婚話だぞ。
正妻ゼノビアが持ちかけてきた。
丸太小屋の前ではアルダープ父上とゼノビアが立っている。マース母上がいないということは地下倉庫あたりに鎖で繋がれているのかもしれない。でなければ、もし野に自由なマース母上が今ここにいたらちょっと怖い。
アルダープ父上がいる。
ということは、そういうことなのだ。
ゼノビアの話まま持ち込まれてきた。
アルダープ父上は否定できなかった。
「ゼノビアが仲介の縁談だ。お前を後夫にと推薦されている、らしい」
「なるほど」
俺はお茶を淹れた。
アルダープ父上とゼノビアに振る舞う。
見合い相手は三〇歳弱か。若いな。前世なら同じくらいだ。結婚は九回。九回も離婚てのは、女尊男卑のこの世界で逆に凄いな。
まあ不良物件感がある。
見合い相手には悪いが。
見合い相手には子供がいる。子供は俺と同じく未婚だ。子供は俺より年上だな。歳下の父親てナメられるだろうか?
ゼノビアはカップを持ちながら言う。
「……私がお世話になっている方です。歴史ある家格も充分なのですが不満なのですか」
これは……決定事項だな……。
俺に話が来たなら拒否できん。
ゼノビアは無感動なほど無表情だが、少し、苛ついているようだ。たぶん俺が二つ返事で答えなかったからだろう。手を煩わせた、というのもあるだろうし。
「……婿にしろ今更、貴方のような不良物件ではまともな職に就けないでしょうに。このままではどうせ戦争に駆り出されて死ぬ未来しかありません。他家でその体を使って少しは役立ってみなさい」
俺は目を丸くしてしまう。
ゼノビアの印象が変わる。
意外と……優しいのか?
偏屈さが顔に出ているような、美人だが、吊り目で鋭い眼光や性格のキツさが滲む雰囲気にしては……。
もとより断れないさ。
「わかりました。お見合いの話、お受けいたします、ゼノビア様」
と、俺が言うとゼノビアは目を丸くした。なんでゼノビアが驚いた顔をする。ゼノビアは可愛らしい咳払いをする。
「そ、そう、殊勝ね」
結婚か。
初めてだ。
前世なら同じくらいの年齢の妻。
今生ではかなり歳上になる女性。
決まったものは仕方がない。
運命よりも慣れが結婚だろ。
確かそんな話を聞いた気がする。
「モウロ、断ってもいいぞ。なんなら俺をぶん殴ってアルダープ家を飛び出してみろ!」
「バカ言わないでくださいアルダープ様! 先方の家格は確かです。ご婦人がたからの評判も良い。その見合いを断るとなれば相応の見返りを求められるでしょう。アルダープ家を潰すような無茶を要求されますよ」
……あれ?
ゼノビアの話だと『金があれば見合いは断れる』のか。アルダープ家が潰れるような莫大な金があれば、だが。
心当たりがある。
ゲームの知識だ。
「お金があれば断れるのですか?」
俺は無思慮に訊いてしまった。当然、ゼノビアに鼻で笑われた。そりゃあそうだ。俺は手持ちの企業も職人も鉱山も何も持っていないというのに、莫大なお見合い破断の賠償金を払うと寝言を言っているのだ。
「随分と大きな態度に出たわね」
「モウロの嫁はモウロ自身が奪うべきだ。確かにこいつは優しすぎて結婚が遅れているが──」
「──アルダープ様は少々遠慮してください。男は一五をまずどこも貰える相手はいなくなるのです」
「ゼノビアが言いたいことはわかる。だがモウロの気持ちを考えろ。初婚でずっと歳上の女なのだぞ。歳下ならばまだしもモウロだって抵抗がある」
いや、別に歳上だからとか嫌はないが……同じ歳の義理の息子は困るかな。いや実質、義兄弟みたいなもので楽しいかもしれん。
「どこへ行く、ゼノビア」
ゼノビアは怒ったように背中を向けて去ろうとしていた。アルダープ父上が止めたからかはわからないが、ゼノビアが足を止めて、背中越しに言う。
「もし……できたなら考えておきます」
何が、何を、ゼノビアは言わなかった。
だが俺が充分な慰謝料を用意できるのであれば、仲人をしておきながら、身内が縁談を振るという恥を受け止めると言っている。
やっぱり我が義理の母上良いやつでは?
「怒るな。お前の結婚が必要なのも事実だ。お前は家庭をもち、子を作れ。沢山な」
「でも土地は義兄妹のものでしょう」
「拗ねているのか?」
「いえ、家出して頭が冷えています。土地は自分の手で獲得しますよアルダープ父上」
「俺の息子だな、お前は。金を用意すると言ったが目処はあるのか。金は生きるのにそう必要ないが何かと必要になる。殺しあいになる魔力を生むほどのな」
◇
──三日後。
俺は完全武装で丸太小屋を出た。
一〇〇年は前のアンティークな軍服に、同じ時代のマシンガンに角が一本生えた鉄兜だ。裏に鉄板が縫い付けられたロングコートの腰をベルトで縛る。そして防弾服として胸甲に頭と腕を通した。重い筈だがあまりそう感じない。
最後に文字の彫られたナイフを鞘に。
「……よし」
この世界に転生した。
漠然と時間を使った。
前世と同じだ、浪費だ。
「自分から人生を変えようてのは、初めてだな。意外と気分が良い。死ぬかもしれないが!」
プレゼントが丸太小屋の前に置かれていた。……ボロボロのたぶん乗り物だ。錆びていて、ドラム缶に、サドルとハンドルが付いているだけのような危険極まりない、乗り手の安全性度外視なそれ。
「こいつ……レビティーバイクか。空を浮いて走る。父上だな、こんなものをレストアしているなんて。蛮族なのに意外と手先が器用なんだな」
俺はレビティーバイクにまたがる。
ようするに自転車と同じはず、だ。
ドラム缶の形をした浮遊算機が垂直に上昇し、サドルやハンドルは水平を保ったまま、浮遊算機だけが九〇度倒れて加速した。
「うおッ!」
地面との抵抗のないレビティーバイクはあっという間にドラゴンのように地面から少し浮いて凄まじく滑走する!
バイクというより飛行機か!?
目や頭が追いつかなくて事故る!?
いや、完全についてこれてるな!!
人生のケツに火がついたなら進め俺。
ダラダラな日々をたまには終わろう。
知らない世界に飛び出したんだ。
もっと、もっと先へ行きたい──。
レビティーバイクが大破した。そして俺を含めて荷物はあちこち飛び散っている。死ぬほど痛いが死ぬほど頑丈な我慢で体を起こす。
「い、生きてる?」
体感としては屋敷から100kmくらい。
俺は地面が抜けて大穴の底に落ちた。
ひでぇ落とし穴だ。
「……」
マシンガンを確認した。
飛び散った食料やらも回収した。
天井を見上げる。
ぽっかり、障子を指で突いたような穴から空が見えていた。穴の底まで届いているとはとても思えないのに、穴は昼間のようによく目が効いた。
少し、変わった景色の穴。
俺には覚えがあった。
主人公が過ごしていたテクノロジーだ。
女向け恋愛ゲーム“比翼のアルジェンヌ”。
魔法と巨大ロボットの世界で、長い年月を箱入り娘として地下で過ごしてきた主人公の日常は、ある日、遺跡の天井が崩れて、恋愛対象のヒーローが巨大ロボであらわれた瞬間に永遠に変わるんだ。
白馬ならぬ巨大ロボの王子だな。
遺跡そのものはお宝てのが今、重要だ。
……でもちょっと初恋の相手である主人公モニカと本編前に会えるかもというのは今からドキドキする。
腑抜けている場合じゃないんだけどな。
これからが命懸けだ。
「……目的の場所だしな。しかしよく生きてたな……生きて帰れたら親孝行しよう。レビティーバイクが壊れたのも謝らないと」
前世では、親孝行のおの字も無く、両親は死んでしまった。とんでもない親不孝野郎だな……祖父母も両親も泣いてると思う。
……胸が苦しくなるかも。
キキはどうなったかな。
唯一、兄妹である妹は、まあ大丈夫だろう。俺とは真逆なのだから社会的に成功する筈だ。子供も家族もいる、心配ないな。寧ろ俺がいないぶん荷が軽くなったまである。
目を覚ました日、記憶を取り戻した日は思いだす。妹に乙女ゲーをやらされていた。懐かしいな。実際、ずっと昔で止まった時間だ。
終わったとも言う。
しっかりしろ。
俺は、モウロ・アルダープだぞ!?
「……どうして俺は転生したんだ」
両親や猫も転生しているだろうか。
それは…………無いな。
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