乙女ゲーム世界悪役令嬢の顔を僕はまだ見たことがない。

RAMネコ

プロローグ“愛に報えるパラダイスになりてぇ”

「平日の昼間っから誰が好き好んで男との恋愛ゲームせにゃならんのだ」


 モニタには攻略対象が並ぶ。


 カラフルな髪、個性的性格。


 キャラ付けの背景から出てくる言葉。


 男が情熱的な口説いてくる。


 そして紆余曲折あって恋が成就する。


 同性愛者ではない俺にはいまひとつ、響かないが、悪い男じゃあないんだろうな。変人ではあるが悪い連中ではない。それは救いか……狂ってるようなのなら今頃モニタを八つに引き裂いてる。


「男衆はともかく……」


 あまり立ち絵の出てこない主人公モニカが、久しぶりのスチールとしてモニタいっぱいのあらわれた。


 モニカ嬢はいつも違う場所を見る。


 モニタから現実に目線は向かない。


……当然ではある当然なんだが……。


 トゥルールートエンディング。


 ありきたりな天真爛漫な性格。


 このゲームが流行ったときには、いっそ退屈なほどヒロインとして同世代と被っているアイコン、短い白髪に垂れ目で緑の瞳。おとなしそうに見えて活発でぐいぐいと物事を引っ張る気の強さがある普通のヒロインだ。


「……ゲームをやめても良いが……」


 くそッ、俺が幸せにしてやりてェッ!


 などと世迷言を内心すると、俺の現実を突きつけられるからやめよう。所詮は機会的にフルコンプリートするだけの作業だ。


「キキの野郎め」


 と、俺は妹の名前をこぼしていた。


 ゲームの出どころは妹だ。


 俺に押しつけられた女向け恋愛ゲーム。


 ギャルゲーの、女版みたいなものだな。


 初回限定かつ特装版。パッケージ違い色々とオモチャやフィギュアが付いてまあまあというかかなり高い。限定フィギュアはヒロインのモニカと攻略対象とそれぞれのルートを攻略した後の姿……らしい。なんか見てるとムカつくのでパッケージに封印している。


 ゲームの舞台はファンタジー世界。


 あと、ロボットがいるぞ。


 ロボットくらいいるだろ。


 幻想的な世界だ。


 リヴァイアサンて生物兵器が飛ぶ。


 王族貴族のファンタジーというだけですぐに中世を想像してしまうが、ゲームの世界の文明レベルは高い。なんなら僻地辺境で過疎の終着点な我が家周辺より文化度が高い。


 そんな世界で主人公は古代遺跡で発見されて、学園の生徒として身分を偽り隠れる。まあ学園で白馬の騎馬軍団と出会うわけだな?


「変な続編の欲出すな」


 裏エンディングも見終わり、オートセーブと次回引き継ぎデータが作成されて、モニタはタイトル画面へと戻ってきた。クリア前と変わっている。まあこれもちょくちょく見る演出だな。


 モニカ嬢が男達に囲まれていた。


 なんか、もやもやと、むかつく。


 俺はキキちゃんにメールを送る。


『フルコン』


 簡素短く、フルコンプリート。


 返信は予想外にもはやかった。


『わかった』


 妹とのやりとりはこの二〇年で最長だったな。次に会うのはたぶん俺の葬式だろう。良心は少し前に死んだし、妹のとこにいる甥っ子姪っ子どもの結婚式に呼ばれることはない。俺に子供はいないしな。


「ふわぁ……妙に眠気が強いな……」


 あくびが止まらない。


 それに、頭がふらつく。


 最近は昼寝ばっかりだな。


 俺も歳をとったのかな?


 気がついたら、頭が地面に落ちていた。


 あれ? 倒れた……それに眠い……。


 何かおかしいただの眠気じゃない。


 目の前が暗くなる。


 陽にあたりすぎたような立ちくらみに似ていた。まぶたが耐えられないほど眠いが、それでも開いているのに、影のように視界が狭くなっていく。


 息をしているのか。


 まだ、現実にいるのかわからなくなる。


 動くことも声をあげることもできない。


──そして見た。


 足で踏む土の感触。


 頰を撫でる草原の風


 夏の雲、キャンパスに描かれたような雲と風に向かって手を伸ばし……意識の限界線を超えた。



「なんだッ!?」


 立ちくらみ草原で倒れたのは覚えている。


 気がつけば心臓の鐘が激しく打っていた。


 白昼夢を、見ていた気がした。


 まるで遠い昔の記憶のように。


 夢は所詮、夢だ。


 ありもしない幻。


「俺は……」


 空を見上げた。赤い太陽が沈む。


 随分と遠くまで家出したらしい。


 アルダープ家の長男モウロが、土地を受け継ぐこともできず、妹や母上の愛人に分譲されると決まったのだから、少しはそうもなるか?


 赤く弱々しくなった太陽を、目を細め見ていれば、太陽に影を作る巨大な飛行船がくっきりと浮かぶ。


 見慣れている筈なのに、俺の心はどこか驚いていた。まるで別の魂でもいるかのようにだ。


 胸に手を当てる。心臓が早鐘していた。


 家に帰らないと。凄く、凄く怒られる。


「この馬鹿息子が!」


 蔓に覆われつつある屋敷の正面門で俺は拳骨を落とされた。落としたのはアルダープ男爵、俺の父親だ。


「三日も行方をくらましおってからに! 飯は食ったのか! 腹は!」


 と、アルダープ父上はパン一斤丸々懐から出すと、皺とひび割れだらけの掌で千切り俺の口へ捩じ込んだ!


「もがぁ!?」


「水じゃ!!」


 そしてデカい花瓶みたいな水差しで大量の水を流し込んでくるが死んじまうだろ! 俺はむせる時間さえも許されずに大泣きするアルダープ父上に抱きしめられるが忙しいな!


 アルダープ父上は貴族というか小綺麗な蛮族だ。身なりはそれなりで貴族なのだろう。髭は三つ編みに長く、分厚い筋肉を支える骨格はあまりに太い。たぶん素手で首を背骨を引き抜けそうな益荒雄だ。


 益荒雄の背後に『刺客』が立つ。


 人殺しの目は間違いなく刺客だ。


「は、母上……」


 俺の言葉を聞いた瞬間、アルダープ父上がスッと身を引いた。直後に──やはり拳骨かよ!!


 マース母上の拳骨だッ!


「ぐおォッ!」


「……奥様が来られているバカ息子め」


 マース母上が長い三つ編みの髪を蛇みたいに揺らしながら、鋼を打つハンマーよりなお硬い拳をまだ解かない。そしてマース母上は怒りのまま氷菓子を俺の口に捩じ込んできたなんでさ!?


「急げ」


 と、マース母上は乱暴に俺の手首を掴んで引き、アルダープ父上はそれを見守りながらも屋敷を警戒していた。


 屋敷から女性が覗いていた。マース母上やアルダープ父上とは雰囲気が違う、小狡そうな女と、その兄がいた。どちらも宝石の指輪を一〇本の指全てに揃え、首飾り、耳飾りで強大な財力を誇示してくる。だが高価さで飾り照らされている一方で、遠目から見ている二人は、宝石では祓えない闇を感じた。


 奥様……正妻の産んだ兄妹だ。


 奥様の連れ子とも言うだろう。


 俺たちを見て、嘲笑っていた。


「お前の部屋はゼノビアが始末してしまったぞ。何日も平原に家出しおってからに。しかしよくぞアルダープの巨狼どもに喰われずやり過ごせたものだ」


「アルダープ様、モウロを褒めるのは控えなければまたやりますよ」


「……我が寝室に来い。狭いし居心地は悪かろうがな。なに一日か二日で部屋は用意する」


 俺は言われるがまま、アルダープ父上とゼノビア母上が普段寝る部屋に入れられた。強制的にだぞ、強制的に。


 アルダープ父上が言った通りじゃないが、俺には少し居心地が悪かった。大きなベッドでは、アルダープ父上とマース母上が性行為しているのを想像してしてしまう。


「男がまぐわいの想像程度で惑わされるな。……お前には性教育をしていなければ嫁をあてがってもやっていないからな……昔からお前は物静かで灰に火種を埋めておく性格だった。まったく散々悩ませてくれたわ」


「まったくですねアルダープ。今日から再教育しておきましょう。モウロが弾けないよう性処理の娘もあてがわなければいつか死にます」


「うむ。早速、そうするか、マース」


「待ってください! アルダープ父上! 絶対母上!」と、俺は目を逸らしながら叫ぶ。


 アルダープ父上とマース母上は、さも当然のように服を脱いで裸だ。いつでもまぐわえる準備まで始めている羞恥心ないのかな!?


「……」


「……」


 俺をアルダープ父上とマース母上は深刻な表情で見てきた。気の毒なほどの後悔あるいは懺悔が滲むような悲痛さだ。俺にはなぜ両親がそんな表情を浮かべるのかわからない。


 アルダープ父上が豪快に足を開いたままベッドに腰掛けた。イチモツと剛毛が見えてますよ。


「モウロ。お前はこの部屋の書架が好きだったな。まったく、おっぱじめているときに書架の隅っこで寝ているお前はを見つけたときは驚いたぞ」


「うッ」


 覚えている。


 俺はくだんの書架を見た。


 書籍はどれも知らない文字。


 だが不思議と読むことができた。


 寧ろ違和感が無い感覚もあった。


 俺は、ここの本を読みたくてこっそりと寝室に入ったことがある。時間をすっかり忘れていて、アルダープ父上とマース母上が絡み合いながらドアを開けて子作りする瞬間と鉢合わせたのだ。


 怒られた記憶はあまりない。


 ただ強い印象に残っている。


「俺は書架の本を読んだことはない。活字を読むと脳が腐る気がしてな!」


「書架があるのは単なる見栄でしたものね。王国のなんとかという貴族にバカにされて」


「そうだマース! だが息子が本を読むというのは、嬉しかったな。俺ができないことを五才の小僧が習得していた。父をあっという間に超えられて衝撃だったぞ」


「ふふふ。アルダープはバカなのに、モウロに負けたくないと勝負してバカが露呈したいのでしたね」


「うるさいぞ、マース」


 と、アルダープ父上はムスッと腕を組んだ。腕は太く、毛深く、檻のように下ろされてマース母上の追撃を跳ね除ける。


 アルダープ父上とマース母上が、遠い昔のことを、本当に楽しそうに話す。二人とも人間の脳みそを食べてそうな蛮族なのに。


 俺の話が広がるほど胸が締め付けられた。


「奥様と連れ子に目を付けられさえしなければよかったのですが……悪いことを強いています」


「……行儀の良い貴族であるひちようがあったのだ。モウロに充分な女の抱き方を教えられず、今日まで家族を持たせてやれなかったばかりか、長男にあるまじき頸木だけを入れてしまったな……」


「最悪はこれからです! モウロが年増女の後夫に身売りするようなことだけは避けねば!」


「ど、どういう意味でしょうか!?」


 婆さんに身売り!?


 初めて聞いた話だ!


「……結婚できなかった女、男に逃げられた女、夫がいない女、子供を産まないような女連中です」


 何か、おかしい。


 俺の魂が叫んだ。


 違和感しかなかった。


 歯車が合致する感覚。


 頭で、疑問が解けた。


「…………恋愛ゲームの世界だ、くそッ」


 この世界に気が付いてしまった。


 剣と魔法のファンタジー世界。


 だが恋愛ゲームと似すぎだぞ。


 似ているが女尊男卑は初耳だ。


 なんなんだ、この世界は?


 俺はどうすればいいんだ?


「な、泣いているのですかモウロ!?」


 俺はモウロ・アルダープ。


 恋愛ゲーム世界に転生した日本人。


 ちょっと人生の迷子だが大丈夫だ。


 あれ?


 恋愛ゲームの世界。モニカ嬢がいるのと同じならば古代遺跡に彼女がいるし、今度は同じ同じ世界だから振り向いてくれるんじゃないか?


 ちょっとワクワクしてきたな。


 きっときっと良いことの筈だ。

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