24 神職家の末裔 - 松島幸恵

「─あら、ちょっと小降りになってきたみたいね。でも、まだ降ってるし、工事現場の辺りに雨宿りできる場所ってあるのかしら。

 足、痛む? 他も痛いの? 裸足はわたしの靴貸せば良いけど、その怪我、バイ菌でも入ったら怖いから。やっぱり、わたしんちで傷口洗って包帯でも巻いた方が・・・・・。

 ああ、でもねぇ。すぐに連れて行けって言ってたし、どうしましょう。

 ねえ、どうすれば良いのぉーっ、教えてーっ、ユキちゃあん。

 んんん・・・・・あの子、気紛れなとこがあって、こっちから呼んでも来ることないのよ。

─大丈夫? 疲れたの? すぐ着いちゃうけど少しでも寝る? ああ、でも話すことだけは話しとかないと。

 さっきはね、あの子に言われてあそこへ飛んでったの。お昼に次男夫婦を送りがてらご飯食べてビール飲んじゃって、タクシーで帰ってからお昼寝してたのよ。

 そしたら急に起こされて、あの子が何だか血相変えて『高村さんの下の娘が大変だからすぐに行ってあげて』って。何が大変かって訊いたらね、『このままだとオバケに食べられちゃう』って言うわけよ。

『その子は今、行方不明になっててここにはいないのよ』って説明したんだけど、『間違いなくいるはず』だって。それで取るものも取りあえず、言われた通りに家を出た来たってわけ。

 あの子も途中までは一緒だったんだけどね、いつの間にかいなくなっちゃった。わたしが間に合ったから安心したのかしらね。で、そのいなくなるすぐ前に『助けてあげたら四区の工事現場へ連れて行って』って。だから今、そこへ向かってるの。

 あの工事現場に何があるのか知らないけど、わざわざ助けて連れて行けって言うんだから、きっと今のあなたには安全な場所なのよ。

─でも、さっきはびっくりしちゃった。あなたのお姉さん、一体どうしちゃったの? 空を歩いていたことももちろんだけど、すっぽんぽんの丸裸で。

 それでも、まあ、目を疑うとか、驚いて心臓止まるとかってほどでは。だってこの四十年、あの子から色々聞かされてきたから。ここがどういう場所なのかとかね。だからいつ、何が起きても言いように心構えだけはね。もうそれなりの歳だから死ぬのはそれほど怖くないし。

 確かに話を聞いて初めのうちはここが物凄く嫌になったけど、中学入りたての子供二人連れてまた引っ越すったってねえ。主人にどう説明すれば良いか解らなかったし、せっかく苦労して立派な家まで買ってくれたのにそれに水を差すことになっちゃうし。何よりあんな可愛い子を置き去りにできなかったし。

 で、そのうちに息子たちが独り立ちして、主人も亡くなって、わたしもこんな婆さんになっちゃった。うふふふ。

─あなたのことも心配だけど、お姉さん、警察に通報されないかしら。あと、しょっちゅう見回りしている城興の人たちに見つかってもマズいわよね。

 警察が来たらあなたも困るものね・・・・・。あ、ごめんなさい。要らないこと言っちゃった。年寄りで朝から晩までテレビばかり見ているもんだから、どうでも良いことまで知っちゃって。

 でも、無実だって信じてるわよ。第一ホントに人殺しだったら、あの子がわざわざ助けてあげてなんて頼むはずないもの。だって、あれは神様のお使いなんだから。

 ああ、さっきからわたし、あの子が、あの子がってねえ、それだけじゃ何のことか解らないわよね。ホント、話がヘタクソでごめんね。

─あの子っていうのはね、真っ白い服を着たとっても可愛い女の子。歳は五歳か四歳くらいで名前はユキちゃん。そう、わたしやあなたと同じ名。うふふ。

 ホントの名前を教えてくれないから、会って暫くした頃、こっちで勝手に付けただけなんだけどね。自分と同じなんて図々しかったかしら。ふふ。

 お肌がわたしの故郷の雪みたいに白くてスベスベだから、ユキちゃんって付けたの。

 わたし、岩手の山の近くの生まれなんだけどね、死んだお父さんが神主やっててね、村の中にある小さい神社の。鎮守様っていうの? 

 今は下の弟が継いでるんだけど、神社本庁で認められてるような正式な神職とかじゃなくて、普段は役場に勤めながら神社のお務めもしてますってくらいのもんでね、それでも代々、実家の筋が引き継いできた大切なお仕事でね。

 そういう血筋のせいもあるのかな。わたしもその弟もまだオシメ付けてた頃から結構、色々なものを見たり感じたりしてたの。あの子のことが見えるっていうのはそういうこともあってね。

─引っ越して来て初めて会って、最初は近所の子かなと思ったんだけど、ずっとそのまんまで歳を取らないから絶対に人間じゃないわけ。しかもわたしが子供の頃、たまに見えてたお山の精霊さんにも雰囲気がとても似てたから、ああ、この子も何かの神様のお使いなんだって。たまに自分でもそういうこと、言ってるし。

─元々は全部がおうちだったって言うわけよ。

 全部って言ってもね、この辺のことなのか、関東地方全部なのか、それとも日本全部か世界全部なのか、まあ、そこまで広げちゃったらね、雲掴む話だけど、向こうもそれ以上は説明してくれないからこっちも解んない。

 それがある時、オバケにおうちを追い出されて、仕方ないから他へ逃げたらそこも追い出されて、追い出されて、追い出されて、追い出され続けて、気がついたらもう何処にも逃げるところがなくなって、こうなったらしょうがないから一回だけ戦ってみるってね、まだ小さい子が悲壮な顔して言うわけなのよ。それで負けたら消えちゃうけれどって。

 もう、ホントに可哀想で、その話聞かされるたんびにわたしも一緒に泣いちゃうんだけどね。

─けど、いつでもしょげてるってわけでもなくてね、朝早くに雨戸を開けた時、庭先で雀と遊んでいるところを見掛けたり、お台所に立ってると前の窓からいきなりちっちゃい顔、覗かせたりね。うふふ、ちょっとお茶目で悪戯好きなところもある子なの。

 後は結構、人見知りが激しくて、主人や息子たちといる時は一度も姿を現したことないし、我が家でもご近所でも結局、わたしにしか見えなかったし。

 ああ、でもね、最近は珍しく他の人にも懐いてたわ。一区の入口にできた事務所の新しい室長さん。あの人がその辺を歩いてるとね、すぐ回りでぴょんぴょん飛び跳ねて、嬉しそうに背中を追って。もちろん室長さんの方は気づいてないけど。

 あそこにいる城興の人たちは大概、好かない人ばかりなんだけど、あの人のことだけはわたしも気になってて。うふふふ。今日も駅で会っちゃった。

 アラン・ドロンってほどじゃないけど、なかなかイイ男なのよ。外人さんの血が入ってるのかな。とにかくそういう感じのかちっとした顔立ち。おまけに心根も優しいし。

 あと五十、いえ四十年若かったら、何もかも捨てて追っかけちゃうとこだけどね。うふふ。冗談よ。

─あら、脱線している間に着いちゃった。わたし、ホントに話が長くて。ごめんね。今朝も下の倅に怒られたばかりなのに。

 ひとまず、そこの坂の上で駐めるわね。丘からあそこの全体、見下ろせる場所に。どうせこのまま下っても、ゲートんとこで警備員さんに止められちゃうしね。

 ユキちゃあん、着いたわよーっ。これからどうすんのぉーっ。

 んん・・・・・どうすんのかしらね、ホントに。こんなことなら、もっと詳しく訊いておくんだった。やっぱり、一度わたしの家へ引っ返そうか? そこであの子を待ってみる? あなたならユキちゃんの姿が見えるかもしれないし。

─それにしても、あそこって何なのかしらね。建ってたお家は全部取り壊したっていうのに、いつまでもあんなごっつい鉄板を張り巡らせたまんまで。おまけに屋根みたいなモノまで付けちゃって。

 うーん。こうやって改めて眺めると、まるで何か隠しているみたいよねぇ。

 まさか、あれもあの子が言ってたオバケの巣? いえ、そんなわけないわよね。それなら連れて行けなんて言うはずないもの。

─やだっ。アレ、誰かしら。ほら、見て! あ、まだ動けないの? いえね、男の人がジタバタしながら坂、上がってきてるのよ。ああ、あの人、知ってる! ヤクザじゃないかって噂が立ってる人。

 何だか今にも倒れそう・・・・・。あ、倒れちゃった! もしかして、あのヤクザさんもユキちゃんに呼ばれたのかしら。気になるから見てくるわ。いくらコワい人だからって、こんな婆さんにまで暴力振るわないだろうから。

 ちょっとだけ、待っててね」

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