21 質疑応答タイム - 植原尚寿
「こちらでお待ちください。飲み物などもございますので、ご自由にどうぞ」
研究員用の白衣を羽織った若い女が首から提げた職員証をドアセンサーに当てた。横へスライドした金属ドアの先には小会議室風の部屋があった。
「あの、わたしの私物は? 」
「携帯以外はテーブルに置きました。後は事務長に直接、お訊ねください」
「それはどなたですか」
「薫森さんです」
ここの役職も兼任しているのか・・・・・。
入るなり背後のドアが閉じた。壁に開閉パネルはなく、他にリモコンの類いも見当たらない。トイレへ行く時はどうするのか聞き忘れてしまった。
取りあえず椅子に腰掛けて、テーブルに置かれた透明なケースから腕時計と財布を取り出した。時刻は午後四時五十分。もう三時間近くも留め置かれているのか。
見回す室内に窓はない。わざとやっているのかと思うほど無機質で圧迫感に満ちている。天井には半球状の監視カメラまで設置されていた。
何かとんでもないことに巻き込まれつつある。いや、出向の打診を受けたその日からすでに巻き込まれていたのだろう。
ケースの横に並んだお茶のペットボトルに手を伸ばしかけて止めた。それより煙草が吸いたい。この物凄く嫌な予感を少しでも紛らわせたい。
バンに乗せられて連れて来られたのは、大学のキャンパスのような場所だった。
植栽の整った広大な敷地には縦長の建物が何棟も並び、さらにその先には城西スマートシティの造成地も見えた。
敷地内へ入った直後に自分が乗せられた車が一台だけ車列を外れ、そのまま地下駐車場へ向かった。その後は同乗していた男に導かれ、エレベーターで階上へ上がり、ラボのようなフロアで降ろされた。
そこで血液採取された後、脳磁図測定やらMRIやら次々と回されたのだが、その間も検査の目的や状況についての説明は皆無だった。
もちろん、薫森祥子ともまだ一言も口を利いていない。社畜の修行もそろそろ限界だ。
腕時計の針を睨んで待ち続けていると、ようやくドアが開いて当人が現れた。書類を束ねたファイルとタブレットPCを抱え、テーブルを挟んだ真向かいへ腰掛けた。
「不安だったでしょう。お詫びします。不測の事態が起きている可能性があるので、念のために検査させていただきました。あちらの影響をここへ持ち込みたくないので」
「結果は? 」
「限られた時間で詳細な判断を下すのは無理ですが、取りあえず問題はないようです。ただ、お酒と抗不安薬はもう少し控えてください」
いきなりの物騒な挨拶。敢えてこちらから突っ込みたくないので、不測の事態のくだりは聞かぬ振りをする。
「ここ、医療施設ですか? 普通の病院でないとは判りますが」
「先月、始動したばかりの新しい研究センターです。主にニューロサイエンス関連を取り扱っています。本社ホームページのリリースノートにも出てますよ。
こうしたことは専門の研究機関へ委託して進めるのが常ですが、ここでは逆にウチが大学や各団体へ最新設備を提供する形を取っているんです。言ってみれば複数機関の共有ラボ。一企業としての機密保持の観点からはあまり好ましい体制ではありませんが、何ぶんスタート段階なので、そこは今後の課題というか─」
「ニューロサイエンス・・・・・」
「AIや医療、教育分野などとも連動した、広汎な脳科学ビジネスです。これからの参入は時機を失した感も否めませんが、そうかと言ってこの領域を無視してはこの先、立ち行かなくなるのは必至です。幸いわたしたちにはユニークなリソースもあるので─」
独自のリソース? もしかして、あのカメリアニュータウンも研究材料のひとつなのか。
「無駄話は止めて本題に入ります。まずはあなたが抱えている疑問にこの際、全てお答えしようと思っているのですが、いかがでしょうか。また、その上でこちらからも重要な提案があります」
「えっ」
「どんなことでも結構ですよ。今日、報告していただいたあの出来事。あるいは、そもそもカメリアニュータウンとは何なのかという根本的な問いでも構いません」
これは何の罠だろう。氷の女王然とした容貌なので表情からは何も読み取れない。
ただ、怒りを抑えているようには見えた。そのこめかみの細かい痙攣が最前から気になって仕方がない。それがこちらに向けられたものではないことを祈りつつ、恐る恐る訊ねてみる。
「なら、お言葉に甘えて・・・・・まず、そこから」
「どちらから? 」
「根本的な問題を」
「かつて大掛かりな呪術の儀式が行われていた場所です。それを計画、実行したのは我が社と非常に因縁の深い人物で、わたしたちは今、その尻拭いをしているんです」
心臓が早鐘を打つ。二の句が継げぬまま暫く無言で向かい合った。
薫森祥子はこちらの反応を待つ様子で長い首を左右へ曲げている。告げられた内容もさることながら、それと裏腹の恬淡とした態度が空恐ろしい。
ホラーやオカルト映画でよくある展開。この後、大抵の主人公は破滅的な状況へ巻き込まれていく。仮に自分が主人公とすればだが。絶対にそうではあっては欲しくない。
何も知らなければ一笑に付せたのに。この場で辞職を願うのはアリだろうか。いや、駄目だ。相手はまともではない。迂闊に摩擦を起こせば即、命取りにもなりかねない。
「・・・・・し、信じます。逆にそれくらい突拍子もない話じゃないと、あそこで起きていることの説明が付かないので」
薫森祥子は目を輝かせ、うんうんと頷く。口の端も少し持ち上がっていた。微笑んでいるつもりなのだろう。
「その順応性の高さ、本当に素晴らしいですね。世間の常識、手垢が付いた価値観や道徳観、あるいは人との絆などのくだらない物事に拘泥せず、その場の状況に即応して常に最適化された判断が下せるという稀有な資質です。わたしたちもあなたを抜擢した甲斐があったというものです」
「はあ、どうも・・・・・」
思わず頭を下げてしまったが、誉められている気がしない。
「それであの、儀式というのは、つまりどんな? 」
「人身供犠です。生きた人間を生贄に捧げていたんですよ。把握できている犠牲者数は一千五百名ほど。正確な総数は不明です─」
再び言葉に詰まる。訊くべきではなかった。泣きたい。
「─四区の仮囲いしたエリア、あそこの地下施設に大量の遺体が隠されているはずなんです。でも、外からの探査では何も検知できませんし、内部へ入って直接調べたくても、現状ではそれも叶いません。そこで今後、植原さんにも一肌脱いでいただきたいと─」
泣き叫びたい衝動すら超えて頭を強打されたような衝撃が走った。耳を疑うのはこれで何度目か。震え声を必死で絞り出す。
「ち、地下施設? な、中へ入れないって・・・・・どういう・・・・・」
「元々は一般住宅に偽装した極秘施設でした。その下が普通のフロアの三階から四階分の深さの空洞になっていて、階段で降りる仕様なのですが、そこへ迂闊に侵入すれば誰であろうと例外なくほんの一瞬で錯乱します。調査担当者同士で凄まじい殺し合いになったことも」
「うっ」
「そこで有人調査はいったん諦めて、ドローンやロボットも使ってみたのですが、例の電磁気異常の極端なケースが発生して費用が一瞬で水の泡です。まあ、この話は追々。先に他の質問をお受けします」
「いやっ、もうちょっと、何というか・・・・・」
「いっぱい、いっぱい? 」
「ええ、はい、付いていけません。せめて、頭を整理する時間をください。数時間、いやできれば一晩─」
薫森祥子の顔から偽りの笑みが消え、柳眉の片方が釣り上がる。
「何よ、誉めたばかりなのに・・・・・残念ですが、猶予はないんです。正直、今のこの時間も惜しいくらいなんですよ」
一刻も早くここから逃げ出したい! それだけで頭がいっぱいになり、他にはもう何も考えられない。顔から血の気が失せているのだろう。薫森祥子は一転、また柔らかな表情を作り、気遣うような眼差しを向けてきた。
「大丈夫ですか? ごめんなさい。つい、先走ってしまいました。今の話はいったん忘れてください。さあ、質疑応答を続けましょう。やはり気に懸かっているのはカフェでの出来事ですか? 」
「あっ、あっ、あのですねっ・・・・・あ、あっ、う・・・・・」
口が震えて上手く喋れない。興奮の原因は驚愕と困惑か、怒りか、恐怖か。いや、その全部だ。この遣り取りがただのおふざけであるはずもなく、そうかといってどう受け止めれば良いのか・・・・・。超常現象。呪い。大量の死体。本当に、本当に、本当にもうお腹がいっぱいだ。
耐えきれず、テーブルに突っ伏して深呼吸を繰り返す。きつく閉じた瞼の裏側に宙に浮かんだ女の姿が像を結んだ。
「落ち着くまで待ちます」
「・・・・・2B8」
「はい? 」
「高村亜紀子の妹と思われる女性、あれはどういう・・・・・」
薫森祥子は目を細めた。そのまま暫し上方を見つめると、手許のタブレットをこちらへ向けてきた。高村有希子の画像だった。免許証の写真のようだ。
「ええ、そう、この人」
「彼女についてはまだ調査中です。ずっと何処かに潜伏していたのが何かの目的で実家へ戻ったのか。あるいは過去の何れかの時点からタイムスリップしてきたのか」
「馬鹿な・・・・・」
「忘れていませんか? その馬鹿げたことがしょっちゅう起きているのがあの場所ですよ? 何よりも乗ってきた車のことがありますからね。冗談でも何でもなく、後者の可能性も否定できないということです。姉が空中に浮くのであれば、その妹が時空を超えても不思議ではないという意味で」
「じゃあ、カフェでの出来事についても教えてください。あれは何処の家のこと─」
「三区の藤倉家です。家の主は藤倉真樹夫。年齢は八十八歳で独り暮らし。と言ってもこの数ヶ月は長女とその子供の孫娘が同居していますが」
薫森祥子はそう言うと、PCの画面に別の画像を映した。銀縁の眼鏡を掛けた痩せぎすの老人だった。はっきりとは思い出せないが、似た顔を住宅地内の路上で見掛けた気がする。
「八年ほど前に現役を引退した医師です。警戒対象者の一人として厳しい監視を続けてきたのですが、敢えて管理室には伝えませんでした」
「何故? 」
「あなたが藤倉のプロフィールに興味を持って、個人的に接触する事態を避けたかったからです。そのことについても後ほどまとめて─」
「霊媒師に相談していたのは? 」
「藤倉の一人娘の夫で、名前は野崎謙介。土木や設備関連企業のエンジニアです。警察の聴き取りを受けて外へ出てから少しの間、追跡と監視を続行し、ついさっき身柄を確保しました」
「何のために? 」
「まあ、一種の保険・・・・・あの男にもようやく使い道ができたというか。いずれにしても今、お話しすることではないので控えておきますね。それからその野崎が相談していた女性の名は─」
「名前はどうでも。生死が分かれば」
薫森祥子はファイルを開いて目を通し始めた。
「─スズキマサエ、四十二歳。心臓発作を起こして病院へ運ばれ、既に死亡が確認されています。その界隈ではわりと名の知られた人物とのことです。野崎は勤め先の知り合いを介してこの女性の存在を知り、相談を依頼しました。
プロジェクトの立ち上げ前後には、わたしたちもこの手の人たちを何度かスカウトしたんです。ただ漠然と霊媒を看板にしたような連中に始まって、修験道、密教、神道、陰陽道と肩書きや専門分野も様々でしたが、どれも使い物にはならなかったですね。
ああいった人たちは自分が学んだ伝統儀礼とその知識に固執するばかりで、応用的で柔軟な考え方が概してできていないようでした。だから、想定外の現象に出くわすとそこでお手上げ。全く時間の無駄でした」
そのうちの何人が死んだのですか、と喉元まで迫り上がったが大人しく飲み込んだ。年齢不詳の美貌には、命まで失った霊媒や祈祷師を小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。これがこの女の本当の笑顔だ。
「昼間、連絡係の者に『シンクロニシティが起きた』と伝えたそうですね」
「ええ、まあ」
「最近、目にした本の中に、『偶然の一致が起きるのは量子もつれが原因』と書かれていました。どう思います? 」
「量子・・・・・その方面は疎いので」
「わたしは、何かを説明しているようで、何も説明できてないと感じました。問題の核心はそれが起きるメカニズムではなくて、当該の現象が惹起されるに当たって一体どういった意志が介在していたのか、です」
「誰の意志だっておっしゃるんですか? 」
起伏の少ない表情が一瞬、激しく歪んだ。薫森祥子はPCを手許へ戻して弄り始める。
「これに写っています。唯一の写真です」
やがて画面に映して見せてきたのは、ホテルのパーティ会場らしき情景のスナップだった。スーツ姿の人間で溢れ返っており、どの服装も微妙に古臭い。奥にある演壇には大柄で目付きが鋭い初老の男が立っていた。
「亡くなった元会長ですか? 」
「はい。城興のトップ時代の一枚です。昭和五十年頃に開かれた業界団体主催の祝賀会で主催側の代表として挨拶を─」
画面へ顔を寄せ、隅々まで眺めた。壇上からすこし離れた場所には黒いスーツを着た清楚な雰囲気の女がいる。薫森祥子とその顔を見比べた。面影が似ている。
「ええ。それがわたしの母です。当時は父の専属秘書でした。その左手の奥をよく見てください─」
言われて再び目を凝らした。大広間の出入り口と思しき付近にシックなレースドレスに全身を包んだしなやかな影がある。紙焼きをスキャンしただけの粗い画像でも、際立った美貌の持ち主と判る。その横顔の視線は写真の正面へ向けられていた。まるでカメラ撮影者を横目で睥睨するように。
「名前は神嶺薩貴子。または頼近薩貴子」
「誰です? 」
「生前の父の愛人の中で一番の古株だった女です。家の恥を晒しますが、向こうがまだ十代半ばの頃からすでにそういう関係にあったと聞かされています。
この女、元々は奄美諸島の小さな島の出身で本来の姓は頼。父方の先祖は中国系の帰化人なんですよ。途中どういう経緯を辿ったのか、江戸時代の末に当時の薩摩藩領内へ入り込んで果ては奄美まで流れ着いた、というわけです。
彼女には中国系以外の血も混じっています。父親に当たる人物は当時の沖縄に在駐していた米軍関係者で、コーカソイドとのハーフだと一目で判る顔立ちです。細身の大柄で肌も抜けるように白くて瞳の色も。植原さん、ちょうどあなたみたいな─」
意味ありげな言い方に全身が強張る。この女は何が言いたいのか。
「・・・・・つまり、あの住宅地で起きている一連の現象にはこの写真の女性の意志が働いていると? 」
「はい」
「呪術の儀式というのは? 」
「神嶺の血筋を遡ると、中世以降、中国南部に土着していた特殊な呪術師の家系に行き着きます。また、少なくとも曾祖父の代まではそれを生業にしていた形跡も確認できています。
生きた人間を生贄に使う酷く血腥い儀式だそうで当然、差別や弾圧も受けたでしょうし、子孫がわざわざ故国を逃れて日本の離れ小島へ移住したのも、そうした事情が絡んでいるのだろうと。
当人はその島で祖母に育てられ、十三歳で那覇へ移りました。当時、現地で暮らしていた母親を頼ったのですが、その家もすぐに飛び出して本土へ渡り、そこでわたしの父と出会いました。・・・・・ああ、そうだわ。島を出る際には事件も起きています」
今度は古い新聞のスキャンデータが画面に現れた。『老女殺害 島民五人を逮捕』という見出しが躍っている。
「これは昭和三十二年の記事です。事件の被害者は神嶺の祖母で、神嶺当人も殺される寸前でした。その数日前に村の有力者の母親が急死したのですが、それが二人の仕掛けた呪術に拠るものだという噂が立ち、逆上した住民たちからリンチを受けて島にある沼へ沈められかけたんです」
「本当に呪ったんですか? 」
「真相は不明です。でも、神嶺薩貴子に特殊な力があることは当時、島内住人の間で知れ渡っていましたし、何よりその有力者の母親が浜辺で事切れているところを発見された際にたまたま神嶺と祖母が一緒だったんですよ。まあ、疑われるべくして疑われたというわけで─」
「特殊な力というのは、呪い師としての才能という意味ですよね」
「あ、肝腎な話をしていませんでしたね。神嶺は不特定多数の人間を一瞬のうちに、しかも同時に深刻な幻覚状態へ陥れることができるんです。それを実際に体験した父に拠れば、彼女の目が青だか赤だかとにかく尋常ではない色に光り、次の瞬間にはもう地獄のような世界に飛ばされていたと。
呪詛、呪術というものを人の深層意識まで含めた心的な共感現象として捉えるならば、まさに今、あなたが言った通りで、彼女はその点に於いて稀有な才能の持ち主だったということです。ただ、幻覚へ誘導するまでの具体的なメカニズムは未だに解明できていません。洗脳や催眠の専門家はもちろん、薬理学や神経科学関連の研究者まで動員して様々な面から分析を続けているのですが─」
このまま問い続けて深掘りすればその分、我が身の危険が高まると解ってはいるのだが、湧き上がる好奇心をどうしても抑えられない。根本的な疑問をぶつけてみた。
「それほど大勢の人間を犠牲にして、代償に何を得ようとしたのですか? 」
「想像が付きませんか? ごく、ありきたりなことですよ。富貴を極める、という言葉で言い表される、誰もが夢憧れる人生の成果です。莫大な富の獲得、巨大な権力の掌握、またそれらを得る過程で行く手を阻む輩を悉く失脚、滅亡させること。
そもそも人や動物の犠牲を伴う宗教儀式の起源について、正常な自然循環とその下での平穏無事を祈願して神に生贄を捧げたという解釈は出来過ぎていて首を傾げます。
まだ寿命が尽きていない生命を故意に屠ることで、その個体がこの世で受けるはずだった生きる力の源泉を丸ごと横取りできると考えられていたのでしょう。
時代、時代の支配層が供犠に関する呪法の知識と技術を独占し、庶民には固く禁じたのもその故ではないかと。
現にアステカやインカといったヨーロッパに侵略される以前の南米文明でも、大規模な国家祭事として毎年、多くの人々が生贄に捧げられていたことは一般知識としてご存知のはずです。宗教人類学や民俗学の本には太陽と雨の恵みの継続を願ったとか、トウモロコシの豊作だとかもっともらしいことが書かれていますが、本当にただそれだけだったのでしょうか。
何らかの儀礼作法に則って相手を殺し、その生命力を掠め取る。この考え方でいくならば、例えば大量の被害者が出る天変地異、あるいは数十万、数百万の屍が山を為す巨大な戦場を丸ごとその儀式の場に転換できる人間がいたら、瞬く間に世界を手中に収められるのではないかと、わたしはついそんなことまで想像してしまって─。
あ、うふふ。最後は単なる戯れ言です。忘れてください」
正面から訊いてはいけないとは思ったが、ここまで話されれば確かめずにはいられない。
「それはつまり・・・・・レイコウホールディングスの急激な成長の陰にもその神嶺薩貴子という人の力が? 」
「植原さん」
「・・・・・はい」
「わたしがここではっきり頷けば、あなたはもうこの話から千パーセント抜けられませんよ? それでも宜しいということですね? 」
「・・・・・」
「ちなみにわたしの母も神嶺に呪い殺されました。父は見せしめに命を奪われたと言っていましたが、大した理由はなかったようです。父の関心が母へ移ったことを妬んだのかもしれませんが、今となっては何とも言えません、さらにあなたのお父様も─」
「父? わたしの? 」
予想もしなかった言葉を投げられて、思わず腰が浮いてしまった。もう、いよいよ付いていけない。向かいから射竦めてくる視線にも耐えられない。軟禁、検査からのこの仕打ちは一体、何を目的としたものなのか。
「お父様について、これまでどんな風に聞かされてきたのですか? 」
少なくともこの場では答えたくない。口を噤んで目を逸らした。
「座ってください」
「お断りします。さすがにプライバシーの侵害ではないですか」
「うーん、そういうことなら、わたしも先程口を滑らせて、あなたに秘密を打ち明けてしまいました。あそこに死体が埋まっていることを─。
なのにここから出て行くのですか? レイコウグループの存亡に関わる重大な秘密を握ったままで? 命の危険は感じません? 」
「き、きょ、脅迫するんですか! 」
「そう取られても仕方ありませんが、結果的にあなたのためにも良いお話をさせていただきたいのです。ですから、どうかお座りになって」
いつもより丁寧で、より威圧感に満ち溢れた声。大人しく従うしかない。うなだれて椅子に腰掛け直す。
「あなたのお母様、植原晴美さん。父方が沖縄本島のご出身ということもあって、若い頃はあちらで過ごす機会も多かったようですね。その頃に宮里寿義さんと知り会われたのでしょうか。お二人ともマリンスポーツがお好きだったと伺っています」
「そこまで調べてあるんですか」
「もちろん。あなたのお父様はかつてわたしの父の会社に在籍していた方ですし」
「父が? レイコウの? 」
「当時の城興建設です。お父様はその秘書課に所属していました。わたしの母の後輩というわけです。お母様からは何も聞いておられない? 」
実父について生前、母から教えられていたことはたったの三つだけ─。ひとつ目は宮里寿義というその姓名と那覇の出身者だったという基本的な事柄。
二つ目は、亡き父が米国の軍属と現地女性とのハーフであったということ。その方の祖母に当たる人は三十年ほど前まで存命していたらしいが、直に顔を合わせたことは一度もない。
そして三つ目は、父は自分が産まれてまだ間もない頃、仕事上の心労が祟って鉄道自殺を遂げたこと。
「わたしの母が故意に隠していたと? 」
「さあ、どうなのでしょう。その辺はご本人でないと」
嫌な含み笑いを浮かべながら、薫森祥子は内線電話を掛けた。
「もう良いわ。ここへ来させて」
居たたまれないひとときを過ごしていると、やがてまた部屋のドアが開き、あのスラブ系の高身長女が姿を現した。
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