9 渡世の義理 - 権頭重辰郎

「おう、入れよ」

 権頭は徳倉浩司を屋内へ招き入れ、廊下の先を指差した。

「奥だ。冷えたモンもあっから」

「あざっす」

 浩司は尻を上がり框へ落とした。ブーツを脱ぐのに手間取っている。権頭はその後頭部を覗き込み、顔を顰めた。短髪の頭皮に鱗模様が浮いている。トグロを巻いた蛇の絵柄だった。

「オツムにも墨入れてんのか」

「ええ、まあ」

「んな、碌なこたねえぞ」

「昇り龍の権頭さんが言うんすか。昔、その背中見せてもらって憧れてたんすよ」

「近頃、肝臓の調子がワリイんだ。彫りもんのせいじゃねえかってな」

「墨と関係あるんすか? 」

「良く知らねえけど、ネットで見たんだよ」

 玄関でもたつく浩司を置いて真っ暗な居間へ入る。照明のスイッチを入れ、クーラーを最強にし、そこから続く台所から冷えたロング缶を二本持ってきた。

「デカい家っすね」

 遅れて続いた浩司は吹き抜けの天井や豪勢な家具調度を珍しげに見回している。雨戸が閉め切られていることに首を傾げたが、汗を掻いた缶を手渡すと無邪気に笑った。

(これが四十に近い野郎のツラか。徳倉の兄貴も大概だったが。血は争えねえなぁ)

 かつての兄貴分がこの世に残した倅とおよそ三十年振りに再会した。あの頃はまだ小学校の一、二年か。地頭が悪い癖に小賢しく、猛々しい目をした嫌な餓鬼だった。

 その浩司が数日前、急に連絡を寄越してきた。今さら大橋の名を出されてうんざりしたが、話のあらましを聞かされてどうしても会わずにいられなくなった。

 無論、大橋の口車に乗る気はない。命あっての物種だ。だが、せめて仲介の使者となった浩司の顔を立ててやろうと考えた。亡き義兄弟への餞とまでは言わないが、父親が落命した事の真相をこの機に教えてやれば最低限の義理が立つ気がする。

(兄貴の墓参りもしたこたねえし。まあ、所詮はジコマンだが)

 初めは都内のどこかで会いたいと言われたのだが、その申し出を撥ねて城西駅まで来させ、駅前の寿司屋でちょこちょこ飲ませ食わせてから連れてきた。論より証拠。色々と直に見せた方が話も早い。

「しっかし、あの糞婆は─」

「オマエ、いつもああなんか? 」

「えっ」

「いや、もうイイや」

「ああ、脅し方の話ね。俺たち、組関係のヒトと違ってフリースタイルなんで」

 こちらに迷惑が掛かることすら思い至らないらしい。昨今、裏も表もこの手の馬鹿ばかり犇めいている。遣り切れない。

 いや、それよりもあの車の女が気に懸かる。この辺りでは初めて見る車種だったが、道路の先にいたアレが運転していた女の目にも映っていたことは間違いない。

 自分の他にも《見えている》人間をまた新たに識ってしまった。一体、ここにいる内のどれほどの住人がバケモノの存在に気づいているのか。

「権頭さん」

 浩司の声で我に返った。

「・・・・・ん? 」

「こんなデカい家に独り暮らしっすか? 」

「いや、ずっと馴染みのイロと一緒だったんだ。が、ついこの前、キレて出てったわ。こんなとこにもう一日だって居たくねえって。まあ、あいつの言うことが正しいちゃ正しいんだがよ」

「どうして昼間っからアチコチ閉め切ってんすか? 」

「それも追々、話してやるよ」

「あの、ここって買うか建てるかしたんすか? 」

「ったく、質問の多い野郎だな。まあ、ここはあれだ。かなり昔、カタに嵌めた奴がいてな。元々はそいつの持ちモンだよ。印刷屋の社長だったか・・・・・。あ、そうだ。何ならこの家、おまえらにくれてやろうか」

「マジ? 」

「けど、転売はできねえぞ。権利書は別の奴のとこだから」

「なーんだ」

 浩司はビールを呷りながらリビングの床に胡座を掻いた。

「んで、さっきの話の続きだが─」

 権頭は言いかけたまま、いったん長椅子へ沈めた腰を浮かした。雨戸がない出窓のカーテンの隙間を完全に閉め切ろうとした刹那、庭のフェンスを隔てた先の路上を城興の業務車両が通り過ぎるのが見えた。

「パトロールか。ご苦労なこった」

「あいつら、いつから? 」

「俺が越して来た前後だよ。それからずっと居座ってやがる」


 裏社会を離れた後、堅気として手掛けた幾つかの商売は何れも上手く行かなかった。身を削って貯め込んだ虎の子が見る見る目減りすることに焦り、慣れぬ投資にも手を出したがそこでまた大火傷を負った。

 今はしょぼくれたデリヘルとガールズバーの経営で辛うじて食えてはいるものの、先の見通しは限りなく暗い。この三十年、ずっと頭の底にしまい込んでいたあの変事の記憶を掘り起こしたのもそうした懐事情の故だったが、いざ因縁の地に乗り込んであちらこちらを嗅ぎ回るうちにこの件でレイコウを強請るのは無理筋だと悟った。

 相手は地元の役所に警察、さらにこの地域ばかりではなく、中央の政治屋や役人まで抱え込んでいる。最早どこにも顔が利かない元極道の徒手空拳でそんな奴らと渡り合える道理がない。

(いや、何よりもこれ以上長居したら命が幾つあっても足りゃしねえ)

 権頭は思いを巡らしながら、浩司のすぐ真向かいに座り直した。

「おまえ、今年で幾つだ? 」

「三十五っす」

「スケは? 」

「まあ、ぼちぼち」

「女房子供でもいりゃあな、少しは分別も付くんだろうがよ」

「説教は勘弁してくださいよ。そう言う権頭さんだって、俺らと同じこと考えてここで見張ってたんでしょ? 」

「見張ってた? んん、まあ言われてみりゃそうだが。今は後悔してるぜ。何せ・・・・・」

 目玉がデカいバケモノに付き纏われている。おまけにさっきは─。そう愚痴りかけた喉元へ苦いビールを流し込んだ。

「んで、おまえら一体どんだけのもんなんだ? 」

 浩司は首を捻りながら三本指を広げた。

「何だ、そりゃ。三か? 三十か? 」

「そこそこ腕っ節もあるのが三十人くらい」

「兵隊の数を訊いてんじゃねえよ」と、短髪のごつい頭を指先で小突く。

「ここだよ、ここ。脳味噌、つまり司令塔のこった。もし大橋がそうだってんなら、見込みはねえぞ。あの馬鹿、今じゃどこぞの代紋背負っていっぱしのツラしてるらしいが、中身は目先の欲で動くだけの小物だからな」

「あの・・・・・昔、大橋さんと何かあったんすか? 」

「どうしてそんなこと訊くんだよ」

「大橋さんって権藤さんの名前が出ると何か急にソワソワするんで。そのくせ俺には、丁寧に頭下げて話を聞いて来いって」

 権頭は立ち上がり、冷蔵庫から二本目のビールを取り出した。

「あいつが三下のチンピラだった時分、ちょっとした不始末をしでかして、俺が焼きを入れたことがあんのさ。以来、エラく怖がってるみたいでな。だからこの件でもテメエでは直に来れねえで、わざわざおめえにおつかいをさせてるわけだ。

 あの野郎が喋るとよ、ロレツが回らなくて聞き取り辛えだろ。オツムをかなりヤッたからな」

「それって権頭さんが? 」

「へへ」

 大橋が闇スロットのアガリをくすねていたことが判り、コンクリのブロックで頭蓋をかち割った。そのままお釈迦にするつもりだったのだが、オヤジの取りなしで思い止まった経緯がある。確かに身内をホトケにすると面倒が多い。露見防止に万全を期すならば余計な金と手間も掛かる。

 その後、間もなく組が解散したおかげで奴は破門の廻状の憂き目にも遭わず、今もあちらの世界でのうのうと生きていられるわけだ。

 それにしても・・・・・と、権頭は煙草の煙を盛大に吹き上げる。

 確かに大橋は独り立ちするまで徳倉の兄貴の運転手役をしていたから、当時の組とレイコウとのやり取りをある程度まで知っていたとしてもおかしくはないのだが、そんな半端な見聞きだけを頼りに今さら半グレの集団まで引き込んで、レイコウを脅そうというのはどういう料簡なのか。

 まさか、目先の金にも窮しているのか。大橋自体への嫌悪はさておき、その境遇を思うと身につまされる。極道を辞めても地獄、続けてもまた地獄らしい。壁の時計を一瞥し、権頭は本題に入った。


「そんじゃまあ、この件で俺が知ってることを洗いざらい教えてやるよ。けど、それで一枚噛ませろってことじゃねえからな」

「情報料だけで良いんすか? 」

「それも要らねえよ。この件にゃもう金輪際関わりたくねえんだ。レイコウの内側にゃヤクザよりもおっかねえのがぞろぞろ控えてるしよ、仮にデカいバックを持った頭の良い野郎が動いたとしたって、これだきゃどうにもならねえ話だからな。

 ましてや大橋やおまえらなんぞ、向こうにしてみりゃ屁みたいなもんだ。あっという間に消されちまうぜ」

 汗臭い巨躯が胡座を崩して擦り寄ってきた。

「ウチの親父と権藤さんがいた組も」

「ああ、俺がバンコクやらマニラ辺りを回っていた間に跡形もなく消え失せたわ。向こうの若い女をこっちへ流し込む手配をしていたんだが、そのうちにカイシャの誰とも連絡が付かなくなってな。で、慌てて日本へ戻ってみたら事務所は蛻の殻だったわけさ。仕方ねえんで本家の若頭の所へ出向いたら、オメエの組は解散したからの一言でお終いだ。

 残った連中も散り散りバラバラで、その中で大橋の野郎だけは妙に上手く立ち回っていやがったが、オヤジを筆頭に何人もが未だ行方知れずだ。埋まってんだか、沈んでんだか、フケたんだかな。まあ、いずれもホトケになったと考えるのが妥当だが」

「やっぱ、親父はレイコウに殺されたんすか」

「だから悪いことは言わねえ。このヤマは止めとけ。大橋の言うことなんかに耳貸すな」

 浩司はふて腐れた顔で横を向いた。やはり、話が通じない。馬鹿が治らぬことは解っているが、それが餓鬼の頃よりも酷くなっている。

「親の仇討ちみたいな気持ちもあんだろ? それは解るけどな、大橋はそういうとこまで計算してけしかけてんだぜ。最悪、おまえらを捨て駒にして、相手の出方だけでも見ようって魂胆だ」

「すいません。もう動き出してることなんで。じつは今日も大型車の出入り口近くを何人かで固めてて」

「いつからだ? 」

「住宅地の端っこを潰して工事を始めた頃からです。そのうちに死体が混ざったコンクリートとか、外へ運び出すかもしれないんで」

「張り込みかよ。デカみてえだな」

「興信所上がりのプロもいますよ。さっき三十人って言ったけど、ホントに結構な大所帯で動いてるんす」

「仮に死体の骨を掘り出してるとして、同じ場所に深く埋め直すだけかもしんねえぞ」

「そんときはそんときで、ウチのアタマと大橋さんが何かハッタリかましてみるって。正直、俺たちはレイコウを強請るより、あの会社の裏側へ食い込みたいんです。大橋さんもビジネスヤクザじゃなくモノホンのビジネスマンになるんだって目、輝かせてて」

「奴らしい言い草だ」

 権頭は浩司の顔から目を離さぬまま、新しい煙草に火を点けるとローテーブルへ両足を投げ出した。

「もし大橋の話と食い違ってるとこがあったら、こっちがホントだって思っとけ。あと、俺はシャブ中やキ印じゃねえからな。それは先に言っとくぜ」

 浩司は床を離れ、向かいの椅子へ座り直した。潰した空き缶をテーブルの隅へ置く。

「何でもあっから、好きなもん飲れよ。アテもあるぞ」

「いや、シラフで聞きたいんで」

「殊勝じゃねえか。さて、何から話すか。回り道だが順を追った方が良いかな。

 何せ五十年以上も前まで遡る話だからよ。まあ、それもあって初っ端は他からの又聞きを繋ぎ合わせただけなんだが─。

 まずは昭和四十年代の初めのことだ。九州の南の方、佐賀だか鹿児島だかに城龍会っていう新参の組織があったんだよ。ぶっちゃけて言うとそれが城興、いや今のレイコウの前身ってわけだ」

「ヤクザから始まってんすか」

「なーんだ、大橋の野郎はそんなことも知らねえのか。まあ、イイや。んで、その組を立ち上げたのが城田って男で─」  

「同じ苗字だ。レイコウの─」

 権頭は頷いて立ち上がった。テレビの上の棚から紙とボールペンを持って戻り、その紙片に『城田興二郎』と書き記した。

「今の会長と社長は、どっちこいつの倅だ。んで、城興は弟が回してる」

「城田興二郎だから城興なのか。レイコウのコウも同じとしてレイの謂われは?」

 権頭はまたペンを走らせる。城田興二郎の名の横に『神嶺薩貴子』と書き記した。

「カミミネ・・・・・? ん、サツ、キ? 」

「カミネサキコ。ご大層な名だろ? レイはこの嶺の字から取ってんだよ」

「誰っすか? 」

「ある時からずっと城田にくっ付いてたイロで今じゃレイコウの大株主だ。もっとも他の名義を使ってっから、この名でいくら調べても表には一切出て来ねえがな。

 で、この女の生まれがまた込み入っててな、奄美だか沖縄だかのシマンチュと福建辺りの中国人、後は白人のアメ公の血も混じってる。しかも混血女の良いとこ取りで目を瞠るほどの上玉だったらしい。兄貴が言うにゃ、そばで見てるだけで逸物がおっ勃って危うく洩れる勢いだったと─」

「ちょっ」

「はは、口が滑った」

「つまり、親父はその女と会ったことがあるんすか? 」

「あとで二階に上がって廊下の窓から見てみな。さっきもちょろっと通り過ぎたが、南側の先の仮囲いしてある辺り、あそこが神嶺が使ってた生贄場だ。兄貴はそこで二度、顔を合わせたらしい。もっとも二度目はそのまま帰れなくなっちまったんだが」

 浩司は眉を寄せて言葉を繰り返す。

「イケニエバ・・・・・何すか? 」

「言葉通りだよ。神嶺って女はあそこでな、怪しいマジナイをやっていたのさ」

 倅の反応を窺う。暴れ猿のような厳つい顔に困惑の色が浮かんでいる。

「・・・・・大橋さんは、当時の城興の上の方と死体処理を請け負う裏業者がつるんでここの住宅地を隠し場所にしてたって。深い場所へ埋めてコンクリ流し込んだりして、さらにその上へ家を建てるとか。そういうの、よくあるそうじゃないすか」

 権頭は浩司の顔を目がけてペンを投げた。

「痛っ。酷えな」

「当て推量にしても出鱈目が過ぎんだろ。あの頃はもう年商千億超えの大企業だぜ。何を好んでそんな酔狂をやらかすんだよ」

「いや、会社の中で金が欲しかった誰かが勝手にやったとか」

「俺はオヤジと兄貴の二人から直に話を聞いてんだ。戯れ言はその辺で止しとけ」

「はあ・・・・・そう言えば・・・・・ウチのアタマもその話を聞いた時に、それ、人柱じゃんて」

「へえ、見所があるじゃねえか。そいつ、少なくともおめえや大橋よりゃ利口みてえだな。だが人柱ってのは橋やら塔やら作る時に雨、風、地震でぶっ壊れねえよう、土地の神様へ捧げる御供物のこった。橋が出来上がった後に追加して大勢埋めたりもしねえよ」

「じゃ、何のために? 」

「考えても見ろよ。鄙びた田舎のヤクザが始めたちっぽけな土建屋が、あっという間に大手ゼネコンと肩並べてよ、挙げ句は業界跨いで色んな会社を買収しまくって、このシケた世間もどこ吹く風でとんでもねえ業績を上げ続けてんだぜ? 何のための生贄だったかも自ずと解んだろ。

 世間じゃ奇跡の経営だ何だと祭り上げられてるらしいが、剣呑なマジナイでその奇跡の数々が生み出されてきたとすりゃ、まあ、あながち的外れでもねえわな」

 昼酒が効いたのか、自分でもどうかと思うほど舌が回る。喋り過ぎか。呆気に取られたままの浩司が案の定の台詞を零した。

「・・・・・んな、そりゃ、さすがに・・・・・マンガじゃあるまいし」

「まあ、確かにな。俺も兄貴から初めて聞かされたときゃ、おまえとおんなじ言葉を返したさ─」

 言いながらまた台所へ立つ。ビールでは物足りない。棚を見上げて目に付いたグレンリベットのボトルを取り出した。肝臓を気遣って封を開けずにおいた一本だが、三杯ほどで止めておけば夜までに酔いも醒めるだろう。

「─大橋もおまえらもまず間違ってんのはな、ここへ運び込まれてたブツをハナからオロクと決めつけてるとこだ」

「オロクって死体のことっすよね」

「ああ」

「違うんすか? 」

 権頭が頷くと、浩司はわずかに頬を引き攣らせた。

「・・・・・じゃあ、生きてる人間をそのまんま? 」

「また、順を追って教えてやっからよ。おまえ、さっき死体の処理業者がどうとか言ってたよな─」

 ソファーへ戻った権頭はグラスの氷をカラカラ鳴らしながら話し続けた。


「─俺が現役だった時分にゃ、そういう輩と関わったこたぁ一切ねえ。第一、オロクの処分をそんなのに頼んだらこっちの弱味も握られちまうじゃねえか。狸と狐の化かし合いみたいなとこで、そんなこと頼む奴ぁ間抜けだと思ってたさ。が、頼む側と請ける側がそれなりに信用し合えりゃ、立派に商売として成り立つこともあるみたいでな。現にウチのオヤジの知り合いにもその手合いがいたんだよ。

 当時、もう七十に手が届くくらいの爺さんで、本業は解体屋と産廃の請負を兼ねたようなことをしてたんだが、そいつがある時、妙な話をオヤジに聞かせたのさ。

 生きた人間を廃品回収みたいに集めて回る連中がいて、自分も裏の筋を通してそいつらに声を掛けられたってな。つまり、オロクになる寸前のまだ息がある人間の廃品があったら、五体の揃いなんぞは関係なく相応の値で買い取るってことだったらしい。

 臓器売買で凌ぐってのはまだ珍しい時代だしよ、攫った女や餓鬼を他所へ売り飛ばすってえのともまるで話が違う。それで興味を持ったオヤジが兄貴に言い付けて詳しく調べさせたのさ。まあ、蛇の道は蛇ってえか、すぐに色々と判ったよ。

 例えば金の不義理や不始末を重ねに重ねて死ぬ以外の道が無くなった奴とかよ、それ以外も諸々あっていつ殺られてもおかしくねえのとか、歳食った上にホスト狂いが過ぎて使い物にならなくなった商売女とか。後はそうだな、あの頃で言やぁパスポート取り上げて働かしてた他所の国の奴らがよ、重い病気するやら騒動起こすやらで持て余しちまったとかもな。

 まあ、要はそういう面倒な廃品を関係各所からキビキビと集めて回る連中がホントにいたわけだ。

 公園のホームレスや夜の巷のチンピラなんかも格好のマトだったと聞いたな。終いにゃアジアや南米、ロシア辺りのタチンボやそのヒモでテレカ売ってたイラン人なんかもよ。とにかくその辺うろついてる有象無象で、いなくなっても誰も気にしねえ人間を片っ端からかっ攫って回ってたのさ。で、兄貴は最後、その連中の素性まで突き止めた─」

「それがレイコウの関係者? 」

「ああ、裏で糸引いてたのが今言った神嶺で直に動いてたのはその取り巻きの奴らだった。集めて回った廃品はいったんどこかの倉庫にストックしといてよ、決まった数が溜まるたんびにあの囲いの中にあったデケえ家の地下へ運んでってな、それを纏めて─」

「すんません。ちょっと、もう付いてけねえっす。大橋さんから聞いた話と大分違うし、さすがにそこまでは信じられねえっていうか・・・・・」

「それそれ、それだよっ」

 権頭はテーブルを横に蹴って身を乗り出した。床へ落ちたグラスが浩司の足許まで転がっていく。

「その信じられねえって台詞が出たときゃあな、もう向こうの術策にどっぷり嵌まり込んでんだよ。今までに見聞きしたことが一遍にひっくり返るような途方もねえ話に出くわすとな、大抵の人間はそこで考えんのを止めちまう。目瞑って初めから見なかったことにするわけだ─。連中はそういう間抜けな人のサガも予め勘定に入れてんのさ。

 くだらねえ、出鱈目だ、キ印だと鼻で笑えば万々歳。ますます奴らの思う壺ってわけで、まあ、ここのカラクリの大筋はそういうこった。んで、繰り返しになっちまうが、その地獄の絵図面を描いたのがこの神嶺薩貴子─」

「一体、どういう女なんすか」

「だから言っただろうが。呪い師だよ」

「マジナイシ・・・・・」

「嘘かホントか知らねえが、相手をひと睨みしただけで頭をおかしくする力があって、指一本触れずに殺ることもできるそうだ。兄貴が行方知れずになった後、神嶺が独りで事務所まで乗り込んできたって話も耳にしたがよ、現にそれからすぐカイシャはオヤジごと消え失せちまった」

「ご、権頭さんは信じてるんすか? 」

「んん、そうだな。これまでは半信半疑ってえかな、心のどっかで馬鹿にしてたんだろうな。今のおまえみたいによ。んで、うっかり移り住んじまったわけだが、今さら昔のことをほじくり返す真似したからよ、あっちはもう俺のことも気づいてるはずだ。だから、あんなバケモノが・・・・・ったくよぉ、悔やんでも悔やみ切れねえたぁこのこった」

「バ、バケモノって・・・・・言いたかねえけど、俺をナメてます? 」

 浩司は背中を丸めながら苛立ち混じりの険悪な表情を浮かべた。上目遣いに射て来る視線を権頭は笑って受け流す。

「百聞は一見に如かずだ。直に見りゃどんなもんかはすぐ判るだろうよ。できりゃその前にこのヤマを抜けんのが利口だがな。憶えてねえかもしれねえが、兄貴は餓鬼のおまえを結構、可愛がっていたんだぜ。コイツはヤクザもんにはしたくねえってのが口癖でよ。

 そもそも、神嶺薩貴子って女自体がバケモノなのさ。城田との歳の釣り合いを考えりゃ今はどう見積もったって八十過ぎの皺クチャ婆さんだ。んで、兄貴が会った三十年前は五十前後ってとこだったんだろうがよ、顔もカラダも二十歳の頃合いにしか見えなかったんだとさ。

 地下の穴蔵に生贄集めてマジナイをして、目だけで人を殺めることができて歳も取らねえ女─。おめえらはそういう得体が知れねえモンと関わろうとしてんだぜ。レイコウがどうこう言う前に、まずはそのことを胸に刻んどけ」

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