2 微睡みの夢 - 植原尚寿
・・・・・螺旋を描いて輝く光の紐が目の前を掠めた。
自分はどこかで眠っていて、これはその夢だと分かっているはずなのに、覆い被さってくる絶望の感覚があまりにも生々しく、これが現実の出来事ではないことを今にも忘れてしまいそうだ。
入口も出口もない無窮の迷宮を、我を失うほどに打ちひしがれながらも、ただ一縷の望みを賭けて闇雲に走り続ける。
迷宮の中心には広大な空間を蔵した聖なる部屋があり、そこには神とも仏とも分からぬ超越的な何かが厳かに鎮座していて、唯一その存在だけが自分を平安の日常へ還してくれることも分かっていた。
しかし一方で、おまえひとりだけ抜け駆けさせるものかと、行く手のすぐ先と背後には朧気な黒い影や醜怪な亡者の群れが数限りなくひしめき合い、いずれも紅い空洞と化した大口を開け、干涸らびて骨が浮き出した無数の腕先をこちらへ向かって執拗に伸ばしてくる。
どこまでもいつまでも際限なく湧き出して、前後を塞ぎ続ける忌々しい追っ手を、子供のように泣き喚き、無我夢中で振り払い、なぎ倒し、腐肉と粘血と怨嗟の罵声を浴びながらこけつ転びつを繰り返し、それでもなお諦め切れず、ただひたすら救いの部屋の在処を探していると、やがて幸運にもそれを見つけることができた。
ああ、嬉しい! 神様は俺を見捨ててはいなかった。これで地上へ戻ることができる。
残りの人生を平穏無事に生きることができる!
巨大な石板の扉を必死でこじ開け、勢いをつけて中へ飛び込んだ。するとそこには寒々として昏い石室のような空間が広がっていて、真ん中にまだ若い頃の母親が立っていた。
服装も髪型も当時のまま。だが、その姿を目の当たりにしても安堵や懐かしさ、思慕の念などは微塵も湧かない。それどころか最前、亡者の群れに追われていた時よりもさらに激烈な恐ろしさ、全身が竦みあがるほどの悪寒に襲われた。
もうこれ以上は動くことも能わず、あえなくその場に膝を屈する。
きりきりと釣り上がった長い眉、激しい憎悪を漲らせて血の涙まで垂らしている瞳。
さらにその頭上でもつれ合う虹色の炎のような、あるいは蠢く蛇の群れのような光帯の動きから、母が自分を殺そうとしていることがわかった。
せめて懺悔と命乞いの言葉を繰り出そうと焦るが、舌がもつれて声も出せない。
母はゆっくりと近づいてくる。全身に憤怒の気迫を漲らせ、今にも燃え上がらんばかりなのに、何故か愉快げな笑い声も聞こえている。それは次第に高まって、空洞の暗闇に反響し始めた。
うふふ。あはは。うふふふふ。げらげらげらげらげら。
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