黄金林檎の落つる頃
ちかえ
黄金林檎を手にするのは
森の奥深く。そこには黄金の実をつけるリンゴの木が一つありました。
そのリンゴは恋人と二人で食べると永遠の愛が約束される。そう言われています。
それが本当かどうかは定かではありません。でも、リンゴの収穫期には、多くのカップルがそこに訪れて一つのリンゴの実を二人で仲良く分け合う姿がよく見られました。
近くの村に住む子供達も同じようにしたいようでしたが、その森には、時々、恐ろしい魔獣が出るとの事で、親達からは子供だけで森に行かないようにと言われています。
それで、子供達は大人になったらリンゴを食べようね、と約束するのでした。
グレーテもその約束をした一人でした。彼女はボーイフレンドのマルコと約束をしていたのです。
ですが、二人が十二歳になった頃、マルコが遠くの町で住み込みで働く事が決まってしまいました。
もちろん、グレーテは悲しくて泣いてしまいました。マルコはそんなグレーテを優しい目で見つめます。
「五年後の黄金林檎の落つる頃に迎えに行くよ。そしたらあの森で一緒にリンゴを食べて、街で一緒に暮らそう。いいね?」
結構かっこつけたセリフでしたが、だからこそ、グレーテはうっとりとしてしまいました。
そして、グレーテは実家の手伝いなどをしながら愛する恋人を待っていました。離れてもその好きという気持ちは消えることなく燃え続けます。
しかし、五年目、黄金林檎の花が咲く頃に、とんでもない話が村に聞こえてきました。
王都の貴族の商人が、黄金林檎に目をつけ、熟す前に収穫して王都で売りさばこうと画策しているというのです。
その話をお母さんから聞いたグレーテは真っ青になりました。
せっかく、マルコが迎えに来るのに、今年結婚するというのに、二人の口に黄金林檎が入らないのです。こんな悲しいことはありません。
それでも結婚できるんだから、と村の人達はグレーテを慰めます。確かにそう思うしかないのです。
やがて、黄金林檎に実がなり始めると、その貴族の家来であろう人達がやってきて、実をたくさんもいで持って行ってしまいます。
村の人も近隣の町の人も文句が言いたい。でも貴族様に逆らう事は出来ないので、悔しさに唇を噛みながらそれを見ている事しか出来ませんでした。
そんな時に、マルコが村に帰ってきたのです。
グレーテはマルコが来た事を喜び、今年は黄金林檎が取れない事を詫びました。グレーテに非はないのですが、何か言わないと悲しくて仕方がなかったのです。
「まだ一個くらいは残ってるかもしれないよ。見に行こう? なかったらその時にまた考えればいい。リンゴは来年もなるんだし」
でも、マルコは全く諦めていませんでした。
マルコの強い目を見て、グレーテも一つ頷きます。そして二人で森に向かって歩いて行きました。
「う、うわああ!」
黄金林檎の木が近づいてきた時、二人の耳に悲鳴が聞こえました。
聞いたことのない声なので、村の外の人だ、と考えます。
黄金林檎の木に近づくとでっぷり太った中年の男が地面に座り込みガタガタと震えています。その近くには魔獣がまさに彼を喰らおうと狙っています。
「た、助けてくれえ」
男が震えながら誰にでもなくそう言っています。そんな事を言われても二人にはどうしようもありません。二人だって死にたくないのです。
とにかく二人が出来る事は、魔獣に気づかれないようにリンゴの木の陰でこそこそしていることくらいです。
魔獣が暴れ、林檎の木にぶつかります。これは男に対する威圧でしょうか。グレーテは怯え、つい、悲鳴をあげてしまいました。
その声を聞いて魔獣がこちらを見ます。グレーテは自分の愚かさを嘆きますが、もう遅いです。
とっさにマルコは、その場にあった石をいくつか魔獣に投げつけます。でも獣にはそれは何のダメージにもなりません。逆に苛立ったようでマルコを威嚇しています。
もう三人とも食べられるしかない、と絶望したその時、不意に、一本の光が森の中を通りました。光はまっすぐ魔獣に向かいます。
魔獣は光に貫かれ、おどろおどろしい悲鳴をあげて側にいた林檎の木にぶつかってからその場に倒れました。
どうやら危機は去ったようです。二人と一人は同時にホッと安堵の息を吐きました。
「大丈夫か?」
光が来た場所から若い男性が駆け寄ってきました。あの光を見るにどうやら魔法使いの男のようです。
「はい。ありがとうございます。助かりました」
マルコは丁寧に彼にお礼を言います。
「おお、お前強いな。うちの旦那様の専属魔法使いにしてもいいぞ」
中年の男がそんなことを言います。どうやら、彼は例の貴族様の家来のようです。
それにしても偉そうです。助けてもらったのにどうしてそんな偉そうな態度を取れるのかとマルコとグレーテは呆れました。
その時です。リンゴの木から金色の実がその場に落ちてきました。マルコはとっさに手を差し出します。その上に計ったようにリンゴの実が着地しました。
リンゴはみずみずしくてとても美味しそうです。村でマルコが言った通り、少しでも残っていたのでしょうか。
「お、おい、待て! それは私のだ! いや、旦那様のだ!」
貴族の家来がそう騒ぎ立てます。それを見て、魔法使いの男は呆れたようにため息を吐きました。
「それは例の恋人のためのリンゴだろう。だったらそれを受け取った彼のものだ」
そうきっぱり言います。
「この青年は必死に戦って恋人を守ろうとしていた。だから黄金林檎も彼らを選んだのだろう。強欲なお前たちよりもふさわしいとな」
そう言われて、貴族の家来も何も言えなくなってしまいました。ふん、と鼻を鳴らして森を出て行きました。
「ありがとうございました」
マルコはリンゴの木と魔法使いの男にもう一度お礼を言います。
そうして愛する二人は、穏やかな木と優しい人に見守られ、仲良く交互にリンゴを口にしたのでした。
黄金林檎の落つる頃 ちかえ @ChikaeK
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