第6話 ゴブリンといえば

「……凛」

 

 私は魔物の気配を感じ、凛に声を掛ける。

 しかし凛は魔物の存在には気付いていない様子で、きょとんとコチラを見返してくる。


「魔物が来るわよ」

「魔物! どこですか!?」

 

 凛は私の言葉を聞くなり、目を輝かせてあたりをキョロキョロと見渡す。

 有名人を探すファンかな?

 そんなに良いものじゃないんだけど……。


「魔物ちゃ~ん出ておいで〜」


 両手をワキワキさせながら呼び出そうとしている。

 一体何をする気なのか……。

 

「言っておくけど、アンタが倒すんだからね」

「ええッ!?」

 何故か驚く。

 何もわかってないのか……?

「役割変わるって言ったでしょ……ほら来るわよ」


 物陰に潜んでいた魔物1匹が一気に飛び出してきたのが見えた。

 私に向かってきているな。

 小柄な子供みたいな体格で肌は緑色、それで小さな棍棒を持っている。

 ゴブリンね。

 1匹ならEランクの雑魚だけど群れればDランク。

 基本的に群れで行動するから、これは牽制部隊かな。


 ゴブリンは私へと持っている棍棒を振りかぶって突撃してくる。

 私は身体を横へサッと捻りながら避けつつ、その捻る動きのままゴブリンの横っ腹に蹴りをぶち込む。

 ゴブリンは蹴られた衝撃で転がりながら倒れ込んだが、すぐさま起き上がると棍棒を構え、私を睨みつけてきた。


「ゴブリンね。注意して、他にも居るわよ」


 凛は私が蹴飛ばしたゴブリンに目をやると、それまで期待でキラキラさせていた表情が無くなり、瞳から明かりが消えていた。

 顔からは血の気が引き、口元をわなわなさせ固まっている。


 流石に怖いか……?

 オウガと比べれば大した事無いと思うんだけど。

 

「凛?」

師匠マスター……ゴブリンって女の人を襲うんですよね?」

「……え?」

 

 突然何を言い出すの?

 ゴブリンはそんなんじゃないんだけど。

 しかも今度は何故か頬を赤らめだした。

 

「女の人を……? あの……」

「若い女の人を集団で囲い込んで、あんな事やこんな事やそんな事までして繁殖する、お下劣変態モンスターなんですよね!?」


 必死に謎の断言をされた。

 

「いや、違うけど……」

「――ッ!!!」


 凛は脳天に雷が落ちたかの様に衝撃を受けていた。

 一体どこからそんな知識を得たんだ……?


「ゴブリンはただ単に知能の低い、人を襲うだけの魔物なんだけど……」 

「そんな……漫画とか薄い本だとゴブリンって女の人を攫って孕ませて繁殖するお下劣モンスターなのに……」

 

 何故か膝をガクッと落として落胆している。

 何がそんなに残念なんだか……。

 

「別に違って良いでしょ。アンタ襲われたいわけ?」

「死んでも嫌です」


 でしょうね。



――さて、無駄話はコレくらいにして、凛にゴブリンを倒してもらおう。

 

「コイツらは弱いクセに縄張り意識だけは一丁前に高いから、縄張りに入った者を徹底的に排除しようとしてくる。恐らくこの辺はゴブリンの縄張りなんでしょうね。だからコイツ以外にも潜伏している奴が居るわよ」

「はい!」

 

 凛は威勢よく返事をする。

 だが……そのままジッとしている。

 

「…………凛?」

「何ですか?」

「アンタが倒すのよ」

「!?」


 凛は私の言葉を聞き、目を見開いた。

 メチャクチャ驚いてるけど、役割変わるって言ったでしょうが……。


「あ、あの……どうやって……?」

「任せる」

「ま、任せるって……魔法もマトモに使えないのに……」

 

 凛は明らかに不安そうだ。

 まあ、実質初戦だし、ひとまず手本を見せるかな。


「凛、まずは魔力の扱いをマスターしなさい」

 

 私はそう言うと、腰のバッグからマジックポーションを取り出し、一気に飲み干す。

 そして全身に魔力を行き渡らせて身体強化をする。


 身体強化のおかげで感覚も敏感になる。

 周りにゴブリンが十数匹隠れているわね。

 コチラの様子をジッと伺っている。

 さっさと出てきて欲しいんだけど……。

 1匹出てきたコイツを殺せば出てくるかな。


 私は、目の前でジッと構えているゴブリンに向かって素早く足を踏み込むと、そのまま右手に拳を作り一気に顔面を殴りつけた。

 するとゴブリンの顔面が『ゴキィッ!』と大きな音を立てて陥没。

 そのまま身体ごと吹っ飛ばされて近くの木の幹へ叩きつけられ――地面へと倒れこむ。


 倒れたゴブリンは顔面ごと頭を破壊され、微動だにしない。

 完全に事切れている。

 私の拳からはゴブリンの顔面から吹き出たであろう血が、ポタポタと滴り落ちている。


 その様子を見ていた凛は、呆気にとられたかのように放心している。

 私へ向けていた視線は、ゴブリンの死体へと移り、目を見開くと、また私へと戻す。

 何が起きたか理解が及んでいない。

 凛は唾をゴクリと飲み込むと、再びゴブリンの死体を見つめ直す。

 

「あ……あの……、死んだん……ですか?」


 ゴブリン1匹でこの反応。

 人型の魔物だから尚更か。

 これからもっと殺さないといけないのに……。

 

「魔力制御を極めれば、攻撃魔法を使わなくてもこの程度の相手なら身体強化だけで殺せる」


 私はそう言って凛へマジックポーションを1本差し出した。

 凛は恐る恐る手を伸ばして受け取ると、手に持ったポーションをジッと見つめる。

 

「……あの――」


――その時、私の後ろからゴブリンが飛び出してきた。

 振り返ると、ゴブリンが1匹棍棒を振りかぶり私へ向かって飛び掛かってきていた。

 私はそれを避けようと横へと動くと、左右からもゴブリンが飛び出してくる。

 完全に囲まれているな。


「凛! 任せたわよ!」


 私はそう言うと一気に飛び上がり、近くの木の上へと着地する。

 ここで見学させてもらおう。

 

「え、ちょ、師匠マスター!?」


 凛は私が離れた事に困惑するも、その間に私へ飛び掛かってきていたゴブリンが目の前に着地した。

 それに驚いて、足が一歩後ろへ下がる。

 するとゴブリンがゾロゾロと周りへと姿を現してきた。


「私どうすれば良いんですかーッ!」


 凛は必死に助けを求めるように叫ぶ。

 けど返事はしない。

 正直心は痛むけど、オウガを倒した方法を見せてもらおう。

 どうやって、魔力を生み出したのかを……ね。


師匠マスター……」


 凛は泣きそうな顔をしている。

 けど、そうこうしている内に、ゴブリンが凛を取り囲む。


 ほらほら、早く何とかしないと一方的に襲われるわよ。

 

 私が一切返事をしないので覚悟を決めたのか凛は口元をギュッと締めると、手に持つマジックポーションをグイッと飲み干す。

 そしてポーションの空き瓶をポイッと放り捨てると、両手で頬をバシーンと叩いた。

 

「――かかってこいやーッ!」


 凛の掛け声と共に、ゴブリンが一斉に飛び掛かった。

 それに対し凛は全身へ魔力を行き渡らせると、目の前まで迫ってきたゴブリンの顔面を思いっきりぶん殴る。

 すると殴りつけたゴブリンの頭部が破裂した。


 魔力を込め過ぎね。

 この調子だとポーションで補充した魔力も、保って三十秒かしら。


 凛はゴブリンの頭部が破裂した事に一瞬驚くも、すぐさま側に居るゴブリンを1匹、また1匹と次々と殴りつけていく。

 頭部、胸部、腹部と殴りつけては、破裂したり貫通したりしている。

 それにより、凛とその周辺は瞬く間にゴブリンの血でまみれていく。

 足元には大きな血溜まりが出来ている。


 だが凛は気にする事なく、次々とゴブリンを殴りつけ続ける。

 順調に倒せているわね。

 あと6匹ほどか。

 

――次の瞬間、凛が足元の血溜まりに足を滑らせる。

 一瞬焦るも、凛は別の足を伸ばして踏ん張り転倒を防ぐ――が、その隙を狙い背後からゴブリンが棍棒を頭部へと打ち付けた!


 しかし凛は微動だにしない。

 身体強化のおかげで物理防御が上がっている。 

 凛はすぐさま振り返ると、ゴブリンの顔面へ右拳を打ち付け――頬をグニっとした。

 

「……え?」


 殴り付けたゴブリンの顔に笑みが浮かぶ。

 そして凛の左肩へと棍棒を打ち付けた。

 

「ッあ゙!」

 

 凛は打たれた痛みに、堪らず倒れ込む。


「な、何で?」


 凛は苦痛で顔を歪めながらも、何とか起き上がろうと右手を地面に押さえ付ける。

 が、そこへ背後から別のゴブリンが背中へ棍棒を打ち付ける。

 

「ゔあ゙っ゙!」


 凛は打ち付けられて倒れ込むと、一斉に他のゴブリン達が囲っていく。


 ……完全に魔力切れね。

 ポーションの魔力も自身の魔力も使い果たした。

 どうする……?


 凛は囲まれたゴブリンの間から、私へと弱々しい視線を送っている。

 けど私は、それをただ、上から見下ろすだけ。


 何もしない、何も言わない私を見て、凛は口元を震わせる。

 

「マ……スター……?」


 必死に助けを求める視線を私へと送る。

 けど、私はその様子を見ているだけ。

 

 すると、凛を囲っているゴブリン達が次々と棍棒を振り上げていく。

 

 凛はゴブリンに振り上げられた棍棒を見て、これから自らに訪れる結末を悟る。

 凛の顔が、次第に恐怖で歪んでいく。


 ゴブリンの振り上げられた棍棒。


 何もしてくれない師匠。


 明確な殺意。

 

 逃れる事の出来ない結末――

 

 

 自らの結末を悟った凛の瞳からは、光が消え……



――そして闇が訪れた。

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かつて世界を救った最強魔術師は、異世界JKを弟子にする。 蒼山マサ @Aoyama_Masa

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