第5話 依頼《クエスト》

「もしかして、この依頼書……全部?」

 受付さんが目の前へ置いた依頼書を見て、私は眉をひそめる。

 

 枚数は5枚程度だけど、絶対めんどくさいヤツだ。

 けど受付さんは、そんな私の様子を見た所で微塵も笑顔を崩さない。

「全てBランク以上の高難易度依頼クエストです。何か問題でも?」


 問題ありまくりなんですけど。

 簡単で報酬の良い依頼クエストを2〜3個こなそうと思ってたんだけど。


 ……取りあえず、中身を見てみるか。

 

【Bランク】

 『西の平原で目撃されたワイバーンの大群の調査』=報酬金貨二十枚

 『隣町ウェイルに向かう街道に出没する魔物の群れの殲滅』=報酬金貨十五枚

 『隣町ウェイルの南方にあるガサンダ遺跡の遺跡調査員の護衛』=報酬金貨五枚

【Aランク】

 『東へあるレーン村付近に出没するレッドドラゴンの討伐』=報酬金貨三十枚

 『隣町ガサンダへ訪問されるクリスベール子爵の警護』=報酬金貨五十枚


 あ〜、最高にめんどくさいヤツだこれ。

 しかも、お貴族様の警護まで……。

 

「……嫌」

「ダメです♪」

「ダメって……、殆どの依頼は、どう考えても軍隊が出動するべき案件でしょ。難易度に比べて報酬も安すぎるし……」

「はい、その通りです。だからアルシアさんにお願いします♪」

「なにそれ嫌がらせ?」

「そんなわけ無いじゃないですか♪」


 コレ完全に、みんな嫌がってやらない依頼クエストを押し付けてきてるわね。

 どうせ、領主が軍の手が回らないからとギルドに降ろしてきた依頼でしょ。

 ドラゴンの討伐なんて、普通なら金貨百枚以上は貰えるのに、安いのはそれね。


「……ちなみに期限は?」

「クリスベール子爵の警護は、3日後にウェイルの町へ訪問されるらしいのでその時に。他は出来るだけ早く」

「簡単に言ってくれるわね」

「アルシアさんはSランクハンターなんですから、大丈夫ですよ」

「Sランクハンターって……、警護は守護者ガーディアンの仕事なんだけど?」

「アルシアさんは守護者ガーディアンランクもSじゃないですか」

「本職はハンターなのよ……」


 さて、どうしたものか。

 魔導具の力を使えばどれもすぐ終わるけど、こんな量を短期間で終わらせたら絶対に目立つ。

 出来るだけ目立たないようにするには数を絞りたいけど、そうするとお金が……。


 ……よし、こうしよう。

「ねえ、依頼主はどうせ領主なんでしょ?」

「はい。遺跡調査の護衛以外はクリスベール子爵ですね」

「じゃあ『ワイバーンの大群を発見したら殲滅するから報酬を倍にして』って言っておいて」

「え、ええ!?」

「あと、遺跡調査の護衛。この2つを受けるわね」

 私はそう告げると、ワイバーン調査と遺跡調査の護衛の依頼書を手に持ち、受付を背にする。

 

「ちょ、ちょっと!」

依頼クエストの終了報告の時に、報酬と一緒に凛の会員メンバー証も宜しくね。――凛、行くわよ」

「え、師匠マスターいいんですか?」

「いいから」

 そう言って凛を連れて玄関へと足を伸ばす。

「ちょっと待ってください!」

 

 後ろから受付さんの呼び止める声が聞こえるけど、私は返事をしない。

 その様子を見た他の会員メンバー達から「おいおい」「ポーション女に出来るのか?」と茶化したような声が聞こえる。

 けど、私は顔を伏せてそのまま歩みは止めない。

 

 ……これで良い。



――玄関を出ると、凛の目は少し伏し目がちで、何処となく表情は暗かった。

 

 ま、確かに雰囲気は良くなかったものね。

 逃げ出すようにギルドを後にしたし、何となく後味は悪い。

 

 そういったのもあってか、凛は少し心配気な面持ちを私に向ける。

「……あの、師匠マスター大丈夫なんですか?」

「……何が?」

「だって頼まれた依頼クエストとか蹴って……、それに他の人達の様子もなんか……」

「陰口ばっか叩いてた?」

「は、はい……」

 

 やっぱりか。

 まあ、あまり気分の良いものでは無いわよね。

 

「気にする事はないわ。下手に頼られる方がめんどくさい」

「けど……悪口みたいな事言われてて、その……良いんですか?」

「良く思われたら頼られるでしょ。それで活躍したら余計に目立つし、私達の力を悪用しようとするヤカラも現れる。それを防ぐ為には目立たない事が一番」

「でも悪い意味で目立ってる気が……」

「それで良いの」

「…………」


 凛はもっと何か言いたげだったけど、これ以上は何も言わなかった。

 ギルドに入る前は目がキラキラしていたけど、今は少し顔が沈んでいる。

 きっとおとぎ話のような華やかな世界を夢見ていたんでしょう。

 だけど、ここはおとぎ話じゃなく現実。

 生半可な気持ちではやっていけない厳しい世界だから、凛には現実を理解してもらわないとな……。

 

――とはいえ、このまま凛が沈んでるのも可哀想だ。

 なので、何か喜びそうな事をするか。

 

 凛が喜びそうな事と言えば……アレしかないな。

「凛、依頼クエストを受けたんだから、早速へ行くわよ」

「……冒険?」

 

 凛は、私が何を言っているのか良くわかっていないみたいだ。

 ポカンとした表情で、私を見つめている。

 大丈夫。絶対に喜ぶ。

 

「遺跡調査の護衛の依頼を受けたでしょ? 調査に付いて行けば、まだ見ぬダンジョンとか財宝が見つかるかもしれないわよ?」

「ダンジョン……財宝!?」

 私の言葉を聞き、凛の表情は一気に明るくなった。

 目に輝きが戻ってきている。

 

 ここでトドメの一撃。

「これぞ冒険! でしょ?」


 凛はその言葉を聞くと、思いっきり息を吸い込み、両腕を胸元へ寄せて構え――そして

「フォオオオオオオォォォ――ッ!!!」

 雄叫びをあげて思いっきりガッツポーズした。

 

 顔には笑顔が戻り、子どものように目をキラキラとさせている。

 効果は抜群だ。

師匠マスター! 早く行きましょう! さぁ!」


 やっぱり、凛はこうでなくっちゃね。


「それじゃ、旅支度の為に宿へ戻るわよ」

「はい!」


 凛は、さっきまで沈んでいたのが嘘かのように、ルンルンな面持ちで宿屋へと足を伸ばす。

 それを見ていると、私まで楽しく思えてくる。

 不思議ね……。

 一緒に居るだけでこちらまで明るくなる、とても不思議な



      ◇      ◇


 

――私達は宿屋へと戻って荷造りを済ますと町を出て、隣町のウェイルまで続く街道を歩いていた。


 ウェイルまでの距離は、およそ五十キロ。

 のんびり歩いていても明日の昼頃には着くだろう。

 

 ……凛が無事ならば。

 

師匠マスター……本気で隣町まで歩くんですか?」


 凛は背を覆うほどの大きさの荷物を背負い、息を切らしながら私の後ろからトボトボと付いてきていた。


「ウェイルまでの馬車の定期便が無いんだから、仕方ないじゃない」

「そうですけど……本当に明日の昼頃には着くんです?」

「アンタが無事ならね」

「うげぇ……」

 凛は口をヘの字に曲げて舌を出す。

 そんなにキツイ?

「高校では陸上部だったから体力に自信は有りますけど……この荷物背負ってはキツイですよ。絶対重さ十キロ以上ありますよね……膝壊しますって……」


 凛は肩で息をしている。

 この程度の荷物を持って移動なんて、ハンターなら皆やってるから、この程度でへこたれてちゃ駄目なんだけど……。

 

「ハァ……仕方ないわね、ここらで休憩しましょうか」

「……ふぁい…………」


 凛は力無く返事をすると、道の側にある木陰へ行き背負っている荷物を降ろしてしゃがみ込む。

 

師匠マスター、2人分の替えの服に食料はまだ分かりますけど、マジックポーション二十本に魔石十個って、そんなの要るんですかぁ?」

「ワイバーン討伐の時に魔導具の魔力を使う予定だから、出来るだけ他で魔力を使いたくないのよ」

「亜空間にアイテムをしまえるポーチとか使いましょうよ」

「そんな神代の時代の魔導具なんて有るわけ無いでしょ」

「えぇ……」

 

 そんなに荷物を持つのが嫌か。

 身体を鍛える意味で持って貰っていたんだけど……。

 なら……役割を変わってもらおうかな。


「……それじゃ、あとは私が荷物を持つわ」

「え、良いんですか!」

「その代わり、魔物が出たら頼むわよ」

「おおおぉぉ! ――ん?」


 凛は一瞬喜んで声を上げるも、ビタッと止まる。

 

「あの……私、どうやって戦えば良いんです?」


 確かに、まだ戦い方を教えていない。

 けど、オウガは倒している。

 どうやって倒したのだろうか?

 

「あんたオウガ倒したでしょうが」

「いやそうですけど、あの時は無我夢中で自分でもどうやったか分かって無くて……」


 やっぱりそうか。

 凛はまだ魔力の使い方が分かっていない。

 にも関わらずオウガを倒せたのは……一度破壊神に魂を半分吸収されたのが関係あるのかも。

 

「あのオウガは闇の魔力に当てられて死んでいた。だからアンタは闇の魔力をぶつけたんだと思うけど」

「う〜ん、自分でも良く分からないんですよね。オウガに襲われて逃げ回ってたんですけど追い詰められて、それで「もう殺される!」と思って手をかざしたら、オウガが倒れてました」


 ……成程ね。

 やっぱり破壊神の影響は有りそう。


 ここは一度確認してみたいけど、色々話したりと回りくどい事をするより魔物と戦わせてみよう。

 荒っぽくなるけど、それが一番早い。

 

「ま、多分大丈夫よ。たまたまでもオウガを倒せたんだから」

「そうですかね……」


 凛はそう言うと顔を伏せる。

 最初は魔物退治とか聞いてハシャいでいたけど、いざその時となったら不安の方が勝つのだろう。

 オウガを倒していた時も震えていたし、メンタル的に不安な所もある。

 特に、これから魔物との戦いは避けては通れない。

 『生き物を殺す』という事をしなければならないんだ。

 凛は、大丈夫なのか?

 

「一応確認するけれど、アンタは元居た世界で人を殺した事はある?」

「え、いや無いですよ!」

「魔物みたいなやつは?」

「無いです無いです! 道路で猫が死んでるのを見るだけで怖いのに!」


 日本は相当平和なのね。

 これはメンタルかなりやられそう。

 可哀想だけど……慣れて貰わないとな。


 まずは、戦えるように魔力の扱い方を教えようか。


「……それじゃ凛、コレ」

 私はそう言って腰のバッグからマジックポーションを取り出し、凛へ差し出す。

「マジックポーション……ですか」

「魔力の扱い方を教えるわ。飲んでみて」


 凛は立ち上がるとマジックポーションを受け取り、それを口につけて一気に飲み干す。

「うぇ、マズ……」

「それで魔力が身体に満ちるはずよ。何か感じない?」

「そう言われると……何か胸のあたりがポカポカしてきましたね」

「それが魔力。アンタはまだ魔力の器が小さいから許容量を超えた魔力は体外へ霧散していくけど、短時間なら身体に保持出来る」

「これが魔力……」

「その魔力を身体の隅々まで流すようにイメージしてみて。体内から、血管を通して筋肉まで流すような感じ」

「……こうですか?」


 凛の身体に少しずつ黒っぽい魔力を帯びてくるのが見えた。

 初めてにしては良い感じで魔力を扱えている。

 

「そう、そんな感じ。それじゃ、流した魔力を使って筋肉を動かすイメージでジャンプしてみなさい」

「分かりました」


 凛は目をつむると膝をかがませる。

 そして一気に伸ばすと、勢いよく飛び上がった。

「うわっ!」

 目の前の木よりも高く飛び上がってしまった。

「ちょ、ちょっと師匠マスター!」

「凛! 着地する時も同じように魔力を使うのよ!」

「はっ、はい!」


 凛は言われた通りに再び身体へ魔力を流すと、下へと膝をかがめながらも着地する。


「あ……危なかった……」 

「それが魔法の基礎となる身体強化の魔法。魔力の制御はまだまだだけど上出来よ。初めてでこれだけ扱えれば才能がある」

「おおおぉぉぉ!」

「ちなみに……」


 私はそこまで言うと、身体に微細な魔力を流し、凛が背負っていた荷物をヒョイと背負った。

 

「魔力制御を極めれば、空気中の魔力を呼吸で取り込むだけで身体強化出来る。この程度の荷物なら重さも感じない」

「空気中の魔力を……。そんな事も出来るんですね」

「この世界は魔力で満ち溢れてて、ありとあらゆる万物に魔力が存在するの。体内に有る魔力は呼吸や飲食で吸収されたもので、許容量の上限まで溜まる。魔術師は基本的に、この体内に溜まっている魔力を使うのよ」

「魔力の許容量って、どうやったら分かるんですか?」

「ギルドでステータスを見たでしょ? あのパラメーターのMPが魔力の許容量よ。それとは別の魔力という項目は、魔力を扱える量みたいな意味で、この数値が高ければ一度により多くの魔力を扱えるとされている」

「なるほど……」


 凛は理解出来たかな?

 ま、今は分からなくても、経験を積んでいけば自然と分かるようになるでしょう。

 

 凛には才能がある。

 きっと私よりも強くなる。

 その為にも実戦経験を積ませないとな。


――そう思っていると「ガサッ」と近くから音がした。


 何者かの気配……恐らく魔物ね。

 気配からするに木の陰に隠れている。

 

 これは、丁度いい所で来てくれた。

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