第2話 異世界転生


「アルシアさんは転生者じゃないんですか!」


 私達は、出会った森から私が泊まっている宿屋の部屋へと戻っていた。


 南門を通る際に、守衛から今度は凛の事を根掘り葉掘り聞かれそうになったけど、マジックポーションを見せて黙らせた。

 以前、門をブッ飛ばした事があるので、効果は抜群だ。


「そうよ。私は地球とかいう所の生まれじゃない。生まれも育ちも、このアウリアルという世界よ」

「そんな……私と同じように女神様の祝福を受けているから、てっきり同じ転生者なのかと……」

「私からしたら、女神様が異世界の人間を連れてくる事が驚きよ。そもそも人類の歴史上で女神の祝福を受けた人は私を含めてたったの2人。余程の事がなければ祝福を与えたりしないんだけど……」

「女神様の事詳しいんですね」

「ま、……長い付き合いと言えば長い付き合いだから」


 5千年間会ってないけどね。

 

 とは言っても、会おうと思えば会いには行ける。

 私は転移魔法を使えるから、それを使えば女神の聖域へと行く事は可能。


 ただ、転移する道中にどうしても亜空間を経由する必要がある。

 そうした場合、もしも亜空間に葬り去った破壊神が消滅していなかったら、転移した際に出来た空間の亀裂より破壊神がコチラの世界へやってきてしまう可能性がある。

 それだけは絶対に阻止しなければならない。


 だからこそ、女神様が異世界から人を連れてくることが信じられない。

 そんな事をすれば、破壊神がこの世界へ侵入する事を許すことにもなりかねないのに。

 一体どういうことなのだろうか?

 

「……それで、凛はどういった経緯でコチラの世界へ来たの?」

「そうですね……。私は日本という国で高校生をやってたんですど、学校が終わって友達2人と3人で家に帰ってたんです。そしたら――




――凛がこの世界へ転生してきた経緯はこうだ。


 同級生2人と下校していたら突如として目の前の空間に亀裂が入り、そこから顔が鏡の人のような者が現れた。

 すると友人の1人がソイツに呑み込まれ、もう1人の友人も襲われそうになる。

 慌てて自分がもう1人の友人を助けようとしたら、今度は自分が呑み込まれそうになってしまう。


 何とか逃れようと藻掻もがくも抵抗出来ず、もう駄目だと思ったその時、突如として目の前の空間に亀裂が入り、そこから剣を持った男性が現れた。

 その男性は、顔が鏡の者を凛ごと剣で突き刺すと、そのまま共に亜空間へと吹き飛ばした。


 気が付くと、女神の聖域に居た。


 そこで出会ったのが創造の女神。

 女神は凛に、顔が鏡の者はかつて異世界アウリアルで猛威を振るった破壊神であり、剣を持った男性は女神の祝福者だと教えられる。

 凛は女神の祝福者の手によって破壊神から完全に魂を吸収される前に救い出され、聖域へと飛ばされたのだと。

 それを聞いて状況を理解した凛は、女神へ自分はどうなるのかと聞く。

 すると、肉体は滅んでしまったので、このまま女神の聖域で暮らすか、もしくは異世界へ転生して破壊神と戦うか、どちらか選択をするよう迫られた。

 

 そして凛は、異世界に転生する事を選んだ――


「……なるほどね」

「はい。それでココへ来る前に女神様から魔導具を頂きました。左耳が魔導具に変わってしまいましたが、これは『聡明そうめいたるこえ』という名前らしく、知らない言語でもお互いに理解出来るみたいです」

「なるほど、その耳にはそういった能力が有るのね……」

 


 ――凛の話を聞いて大体分かった。

 

 女神様は恐らく、凛を地球で生き還らせると破壊神がそれを追って再び地球へ現れ、地球の世界を破壊してしまうのを恐れたんだろう。

 それで、地球へ還る事は許さなかった。


 ここの世界なら私も居るし、凛に祝福を与える事で戦力にする事も出来る。

 そして、凛をこの世界へ転移させた時の空間の亀裂によって破壊神に座標を教え、破壊神を誘い出す事も出来る。

 

 こんな若い娘を囮にするわけだ。

 いやはや何とも、女神様も残酷な事をするわね。

 不老不死になったから尚更。

 

「……ツラくない?」

「ツラい? 何でですか?」

「何でって……」


 まぁ……分からないか。

 みなまで言うまい。


「身体の一部分だけとはいえ、魔導具に変わってしまったのよ。だから……ツラくないのかなって。見た目も少し変わってしまうし」

「あー……、けどこれカッコイイじゃないですか! それにこれで不老不死になったんですよね! 漫画みたいでサイコーじゃないですか!」


 凛は目を輝かせてはしゃいでいる。

 漫画? 絵本みたいなものかな?

 おとぎ話みたいな世界にやってきて、はしゃいでいるという事か。


「いやー、異世界転生ってのにやっぱり憧れとか持ってましたからね。転生して無双する!とか漫画で読んでましたよ。元の世界に未練が無いと言えば嘘になりますけど、こんなチャンス無いんで。女神様に異世界転生する?と聞かれて、行きます!って即答しましたよ!」


 これが若さか。

 このツラさに気付いていない。


 まあ、こればかりは長く生きないと理解出来ない物。

 取りあえず女神の魔導具の事についてだけは教えておこうか。


「凛、これだけは覚えておいて。女神の魔導具は自分の魂を素材にしていて、与える能力に応じて身体の部位を魔導具へと変化させて作られる。そして、魔導具が破壊されない限り老いる事も死ぬ事も無くなる。これを意味する事が分かる?」

「?……どういう事ですか?」

 

「魔導具を破壊されたら死ぬという事よ」

 

「!」

「もっとも、そんな事が出来るのは創造の女神か破壊神だけ、なんだけどね。どちらにせよ、死なないからと驕らない事。『ここはおとぎ話の世界じゃ無い』。死ななくても肉体は傷つくし、心臓を貫かれたり首を飛ばされれば、平気ではいられない」

「……分かりました」


 凛は口元をギュッと結び、顔を引き締める。


 少しは理解してくれたかな。

 まだまだ教えないといけない事は多い。

 女神の祝福者としての心得、戦い方、そして彼女の闇の魔力についても。

 けど一度に教えても覚えきれないし、まだまだ彼女の女神の魔導具に謎もある。

 ま、これから長い付き合いになるし、気長に向き合っていこう。




――さて、取りあえず今日はもう寝ようか。

 今泊まっている部屋にはベッドが1つしか無いので、一緒に寝るしかないかな。

 

 その事を凛に伝えると、お風呂に入りたいと言うので部屋に備え付けのシャワーを浴びに行かせる。

 その間に、凛の着替えが無いので私の服が着られないかクローゼットを探る。

 とは言っても、服をあまり持っていないので彼女の着られる服が有るのだろうか。

 凛は身長が私よりも高いし、見た感じスタイルも良い。

 どうしようかと色々悩んでいると、早くも凛がシャワーから出てきた。

 どうしよう、まだ服考えてる最中なんですけど。

 

「……取りあえず着てみる?」

 これ以上悩んでいても埒が明かないので、着られるかどうか試着してもらう事にする。

 

 そして、あーでもないこーでもないと試していると、不意に凛がコチラの顔をジッと見つめてきた。

 一体どうしたのだろう?

 次に、今度は身体の上から下まで観察するように視線を流していった。

 何か気になる事でも?

「……何?」

 そう聞くと、凛は首をすこし左へ傾げた。

 

「そういえばアルシアさんは、どんな女神の魔導具を貰ったんですか?」


 なるほど、女神の魔導具が見当たらないと。

 

 さて、どうしようか。

 自分の事を晒すのはどうも気恥ずかしい。

 コンプレックスも有る。

 けど言わない訳にもいかないか。

 隠していても、いずれバレることだし。


 私はそう気持ちに踏ん切りをつけると、おもむろに羽織っているローブを脱ぎ、腰に巻いたベルトを外してベッドの上にポンと投げる。

 そして、ブラウスの裾に手をかけた。


 それを見た凛は顔を赤らめだす。

「ア、アルシアさん何を……?」


 うるさい。

 私だって恥ずかしいのよ。


 凛の視線を横目に、私は一気に裾を引っ張り上げてブラウスを脱ぎ、上半身ブラジャーだけの姿になった。


 流石に相手が女性といえども恥ずかしい。

 けれど、それを悟られないように毅然と凛へと見せる。

 

 すると、凛の視線が私の胸元へと注がれるのが見て取れた。

 

 それは決して卑猥な物を見るような目ではない。

 どちらかと言うと好奇の目線。


 艶やかな蔓の装飾がなされた丸い金色の台座、その真ん中に菱形の紅い宝石が1つ添えられた魔導具。

 それが、胸元に直接埋め込まれていた。

 

「アルシアさん……、それが女神の魔導具……ですか?」

「そう。女神の魔導具『恒久こうきゅういしずえ』。能力は、魔力を無限に溜められる」

「えっ、それって……無敵じゃないですか?」

 

 無敵……か。確かに考えようによってはそうとも取れる。

 けど、そんなに甘くはない。


「そうでもないわよ。無限に溜められると言っても魔力自体は無限じゃないし、溜めるのは私の身体ではなくこの魔導具へだから。使い切れば、そこで終わり」

「あ、確かにそうですね」

「それに、この魔力はいつか破壊神が復活した時の為に溜めている。破壊神が復活するかもしれないと分かった今、無闇矢鱈に使うことは出来ない」

「なるほど。意外と使い所が難しい能力なんですね。それじゃあ、余程の事がなければアルシアさん自身の魔力で何とかするしか無いと……」

「…………、ま……そうね」


 歯切れのいい返事は出来なかった。

 凛が思っている程、私は優秀じゃない。

 これも言うべきなんだろうけど、口には出なかった。


 いずれバレる。言っておくべきだ。彼女は馬鹿にしたり軽蔑したりはしないだろう。

 だけど、……今は心の内底にしまっておく事にしよう。


 

 ――明日からやらなきゃいけない事は山程ある。

 凛にこの世界の常識を教え、これから戦えるように鍛えなきゃいけない。

 それに、破壊神と共に亜空間へと消えていったも生きていた。


 私は、もう一人じゃない。

 これから凛と共に過ごす日々を思い浮かべ、少しワクワクしている自分が居た。

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