かつて世界を救った最強魔術師は、異世界JKを弟子にする。

蒼山マサ

第1章

第1話 かつて世界を救った最強魔術師、異世界JKに出会う

『この世に悪しき心有る限り、俺は何度でも復活する!』


 その言葉を残し、破壊神は一人の神の祝福者と共に亜空間へと葬り去られた。


 

 かつて人類を滅ぼそうと破壊神が世界を破壊し、それを防ごうとした創造神の祝福をうけた人間2人に只の人間1人、そして2人のエルフに魔族が1人。


 彼らの活躍で破壊神は去ったが、人類の文明は崩壊。

 文明を支えた魔法やそれを応用した魔科学といった素晴らしい技術も殆どが無に帰した。


 あれから5千年。

 

 少しは文明崩壊前から文明レベルが戻って来たが未だに魔物は世界に闊歩し、魔物の脅威から守るべき国々は剣や槍、初歩的な魔法を使って己の欲望のままに民の事も考えず争いばかり起こしている。

 

 もう今では、5千年前に何があったのか――

 

――それを知る者は数える程も残っていない。


      ◇      ◇

 

――私は、そんな懐かしい出来事を宿屋のベッドに潜っていたら思い出した。

 

「あれから、もう5千年も経つのか……」


 私はベッドから身体を起こすと、枕元に備え付けてあった手鏡に視線を流す。

 そしてそれを手に取ると、おもむろに鏡を覗き込んだ。

 

 鏡に映る自分の姿は、まだどこかあどけなさの残る寝間着姿の少女。

 透き通る様な色白の肌、少しツリ目で薄栗色の瞳、アイボリーで繊細な毛質のミドルショートの髪。

 

 あの時から全く変わっていない。

 ……時の流れというのは早いな。


 かつて私は世界を救った英雄ともてはやされたけど、今ではその事を知っているのは長命のエルフ、それも長老と呼ばれる程の年寄りが伝え聞いている程度でしかない。

 人族の間では伝説にはなっているけど、私が女神アルシアとして伝わっている地方も有る。

 

 私は女神の魔導具を与えられた、ただの人間なんだけどな……。


「はぁ……」


 思わず溜息が出る。


 もう私のことを覚えていた人は、居ない。

 

 それはそれで私にとって都合は良い。

 私の力を利用しようと考える愚か者が近寄ってくるから。

 それで過去に失敗した事も有る。


 けれど創造の女神から与えられた魔導具の力によって『不老不死』となり気の遠くなるほど長く生きていると、1人世界から孤立していくような孤独感が襲ってくる。


 とはいえ、自ら選んだ道だ。


 破壊神はあの時、私と同じく創造神の力で不老不死となった仲間と共に亜空間へと葬り去られたが、確実に消滅したのかは分からない。

 いつかまた復活するかもしれない。

 

 だから今はここ、世界の南方に有る辺境の小さな町トレントでひっそりと暮らしている。

 再び来たる破壊神の復活に備えて。

 仮に復活しなくとも、世界の危機が起きたときに対処できるよう世界の監視者として、力を蓄える。


 たった1人で……。


「…………」


 私は手鏡をそっと枕元へ置くと、膝を両手で抱え、天井を見上げる。


 そして、ずっと天井の1点を見つめた。

 

 見つめ続けていると、まるでその先、天の遥か先、創造の女神が住む聖域が見えるような気がする。


 雲一つ無い晴天の空。

 見渡す限り何も無い草原。

 その中にポツンと1本、大きな大樹が伸びていて、その麓に小さな石組みの小屋。

 側には丸くて小さな白テーブルが置かれ、テーブルの上には白い陶器のティーセット。

 そして白い椅子が四方に囲んでいる。

 その椅子の1つに、腰まで届く程長い金髪で、透き通る程白い肌、宝石みたいな鮮やかな蒼い瞳、そして細身で180センチはある程の長身の女性が絹の法衣を羽織って座る。

 彼女は紅茶が注がれたカップを手に取ると、紅茶の香りと味を楽しんでいた。


 5千年前に行ったきりだな……。


 もう私のことを鮮明に覚えているのは、あのお方だけになってしまった。

 そう思うと、思わず気持ちが口から溢れる。


「女神様……、そろそろ仲間を増やしても良いんじゃないですか?」


 そう口にすると私はハッとし、首を振る。


 何を馬鹿な事を言っているの。

 私みたいな不幸な人が増えるのを望んでしまうなんて……。


――その時、私は部屋の壁へと振り向いた。


 いや、壁じゃない。

 

 壁の向こうの部屋でもない。

 

 その遥か先、町の南、郊外でとてつもなく強大な魔力を感じた。

 感じた先は町の南にある森の中。

 あそこには強力な魔物が生息しているけど、ただの魔物の魔力にしては大き過ぎる。

 一体、何の魔力なの?


 私は感覚を研ぎ澄まし、魔力の性質を調べる。

 魔力は既に大分霧散しているけど、残存している魔力からして光属性。それも聖なる気を纏っている。

 この魔力……遥か昔に感じた事がある。


 それを感じ取ると、私は思わずベッドから飛び降りた。

 そして急いで今着ている寝間着を脱ぎ、外へ出る為に服をクローゼットから引っ張り出す。


 襟元に小さな花柄の刺繍が入った真っ白のブラウス、フワリと広がった膝上までの長さのブラウンのアンブレラスカート、そして町に立ち寄って来た行商人が宮廷魔道士のローブだと嘘を言っていた全く関係ないバイオレットのローブ、膝下まである黒いブーツ。

 そして腰に巻く皮ベルト、それに小物が入る革製のバッグを付ける。

 中にはマジックポーションをタップリ詰めている。


 出掛ける時の、いつもの格好。


「よしっ!」

 

 私は服を着替えると急いで宿屋を飛び出し、町の外へ出る為に門へと向かう。


 町は魔物から守る為に石積の防壁に囲われていて、南北に大きな鉄製の門がある。

 大きな魔力を感じたのは南にある森だから、南門へ行く。

 今は深夜なので門は閉まっているけど、守衛の人に頼んで開けてもらおう。


 南門に到着すると、案の定門は閉まりかんぬきがされていた。

 

 門の横には守衛が1人立っていて、異常がないか常に見張っている。

 こんな夜中にもたった1人で、ご苦労な事。

 

 私は門を開けて貰おうと守衛の人へと近づく。

 すると、向こうから声をかけてきた。 

「おや、アルシア殿どうしたのですか?」

 

 さて何と答えよう。

 まあ小細工しても意味無いだろうから、単刀直入に言うか。

「外へ出して」

「……今からですか?」

 守衛の人は訝しげに返してきた。

 確かにこんな夜に外へ出ようとする人は居ない。

「……ギルドの依頼で?」

「違う」

「えっ……」

 衛兵は顔をしかめる。

 明らかな拒絶反応。

 ま、当然かな。ギルドの依頼でもないのに夜に外へ出る事は町の規則で禁止されている。普通なら出られない。

 けど、私には関係のない事だ。

 

 問答無用で押し通る。

 

「開けて」

「だ、ダメですよ!」

「何で?」

「規則ですので! 朝になれば出られますので!」

「そんなの関係ない。開けて」

「無理です!」


 はぁ、仕方がない。

 

 私はおもむろに腰に下げた鞄の中からマジックポーションを取り出すと、守衛に見せる。

 

「じゃあ無理矢理通るわね」

 

 それを見た守衛は顔が引きつった。

 これから何をされるか、想像してしまったのだろう。

「わ、分かりました! 開けますから、何もしないでください!」


 守衛は慌てて門の閂を外し、門を開く。


 最初から素直に開ければ良いのよ。


「ありがと」

 とりあえず礼を言うと、私は外へと飛び出す。


 魔力を感じたのは南の森。

 あの魔力はきっと……いえ絶対にそう。

 創造の女神の魔力に違いない!


 そう思う私の心は、少し躍っている。

 もしかして女神様が会いに来た!? それはないか。

 けど女神様が何かを送ってきたのかも……?

 

 そんな事を考えながら走っていると、森の中から魔力と共に「ドンッ!」という衝撃音が聞こえてきた。


 それに気付いた私は、足を止める。


 一体何が起きた?

 魔力を感じたけど今度は大きくなかった。

 だけどこの魔力は……闇の力を感じた。


 闇の魔力を発する魔物なんて、この辺りには生息していない筈。

 まさか……魔族が暴れているのか?

 女神様の魔力を感じたのと関係が?


 私は腰に下げた鞄からマジックポーションを取り出すと、一気に中身を飲み干す。

 そしてポーションから得られた魔力を全身へと流し、身体強化の魔法を掛ける。


 途端に身体が軽くなる。

 そして足を力強く大地へと踏み込み、身体を一気に前へと押し出すと、周りの景色が残像へと変わりだす。


 馬よりも、何よりも速く、目にもとまらぬ速さで森へと駆け抜けて行く。


 そして森へ入り、奥へ奥へと進み、闇の魔力を感じた場所へと近づくと、何か大きな物が倒れているのが見えた。


 何……一体?

 

 私は急いで足を止める。

 そして、目の前の大きな物体に目を凝らす。


 それは、大きな人型で、口に牙を生やし、頭には角、手に棍棒を持った魔物、オウガ。

 Bランクに相当する凶暴な魔物だ。


 そんな魔物が倒れていた。

 身体からは黒い霧のような物が立ち昇っている。

 これは闇の魔力を多量に浴びたせいだろうか?

 身体が闇の霧と化して昇華していっている。

 見渡すと他にも2体倒れている。

 

 コイツらも闇の魔力に当てられたか。

 こんな芸当が出来る者は魔族か悪魔……、けど悪魔の気配は無いから魔族が居るのか?


 どこかに犯人が居るはずだ。

 あたりの木の陰にでも隠れているのだろうとオウガの死体を横目にその向こう側へと足を踏み出す。

 すると、目の前の木の幹に背を向けてへたり込んでいる女性が1人。


 こいつか……?


 肌は白いけど、真っ黒い腰まであるストレートの髪。

 深淵まで落ちそうな程の黒い瞳。

 左耳が有るべき所には、髪の間から金色で艶やかな装飾のされたエルフのように尖った耳型の魔導具が覗く。

 そしてどこかの水兵が着ているような白と青の――セーラー服?

 

 彼女はへたり込み、左右の手をそれぞれ自分の体を抱き抱えるように左右の二の腕を掴み、身体を震わせている。

 まるで何が起こったのか分からない、目の前で起きた事が信じられないかのように。

 

 この娘……一体何者?


 魔族には見えない。

 だとしたら人間……?

 取りあえず解析アナライズしてみるか。

 

 正体を探るべく解析魔法を彼女に使う。



解析アナライズ結果】

 名前 :鈴木 凛

 種族 :人間

 属性 :闇

 レベル:1

 HP :2

 MP :1

 攻撃力:1

 防御力:1

 魔力 :1

 素早さ:3

【魔法適性】

 火:F

 水:G

 風:G

 地:G

 光:G

 闇:S



 ……何これ?

 

 名前の欄には見た事のない文字が書かれていて、能力値も殆ど最低……。

 解析アナライズは、あくまで能力を視覚化、数値化するものであり、能力値が絶対ではないものの、こんな低い能力ではオウガどころかスライム程度しか倒せない筈。

 もしかして闇属性だから?

 適性もSだけど魔族ではなく人間。

 仮に、意図せず闇の魔力を放つ事が出来たとしても、MP1でオウガを倒せる程の量が放出されるとは……。


 そう色々と思考を巡らしていると、彼女がこちらへ目線を送っている事に気がついた。


 彼女はそれまで震えていたのが嘘かのように、キラキラとした視線をコチラへ向けている。


 まあ無理もないか。

 こんな夜の森の中1人でわけもわからぬままオウガに襲われ、そして倒したのだろう。

 心細かった筈だ。

 色々と聞きたい事も有るし、ひとまず連れて帰るか。

 と思っていると――

「あのっ!」


 彼女の方から声をかけてきた。

 彼女は身を乗り出す様に顔を突き出し、私の目をジッと見つめている。

 まるで希望でも見つけたかのように。

 

「ここは……どこですか?」


 そう言う彼女の言葉に、私は違和感を感じた。


 聞いたことの無い言語だ。

 長い年月を生き、世界中を旅して廻った私だけど、聞いたことが無い。

 

 なのに、意味が理解できる。


 どういう事?

 こんな体験は初めてだ。

 何が起きている……?


 未知の体験に頭の中が混乱する。

 取りあえず質問には答えておくべきか。

 何語を解するか分からないから世界標準語で話してみよう。


「ここはトレントの町の南にある森の中よ」


 さあ、どういう反応を示す……?

 

「トレント……、トレントとはどこの国に有るんですか?」

 彼女は何のためらいもなく続けて質問を返してきた。

 

 世界標準語が理解できるのか。

 彼女は一体どこの人間なんだ?

 それにトレントの側に居るのにトレントを知らないのか。

 次の質問には今いるこの国、アルタイル王国の言葉で答えてみよう。


「《ここアルタイル王国よ》」


 さあ、どうくる……?


「なるほど……やっぱり……」

 彼女は自分の顎に右手を添えると、静かに頷く。


 理解している。

 どういう事?

 意味がわからない。

 連れ帰ってから彼女の事を色々聞こうかと思ったけど、ここで聞き出しておいた方が良いかもしれない。


 私は彼女の側にしゃがむと、彼女の目をジッと見つめる。

 彼女は突然見つめられて困惑しているのか少し視線を逸らす。

 

「な、何ですかいきなり?」


 困惑している様だけど私は気にしない。

 真っすぐと、突き刺すように視線を向ける。

「ねえ、アンタ何者? どこから来たの?」

「え、え~と……」


 彼女の視線が泳ぐ。

 何と返答すべきか、隠すべきか悩んでいるな。

 ならばここで畳み掛けるべきか。

「隠しても無駄よ。魔法で頭の中を覗くことも出来る。どうやってココへ来た? さっき女神の魔力と闇の魔力を感じたけど、アンタが何か関係しているの?」


 さあ、どうする?

 

 これでも隠すようなら……と思っていると、彼女の表情が明るくなった。

 

 何故?

 私何か良いことでも言った?


 そう思っていると、彼女が両手で私の両手をガシッと掴んだ。


「あなたが女神の祝福を受けた方ですね!」

 

「……は?」

 私は呆気にとられる。

 私が女神の祝福者?

 何故わかる?

 どういう事?


 私は突然の事に困惑するも、彼女はそれを気にする素振りも無く言葉を続ける。 

「女神様から話を聞きました。私と同じように女神の祝福を受けた人がいるので、その人を頼るようにと。大丈夫です、私もあなたと同じく転生者なんで!」

「……ちょっと待ってちょっと待って!」


 私と同じように女神の祝福? 転生? どういう事?

 言っている意味が分からない。


 女神の祝福者が居るのはまだ分からないでもない。

 あの女神の魔力は本物だ。

 私が間違える訳が無い。

 けど闇属性だぞコイツ。

 闇は破壊神の属性で、光属性の創造の女神にとって天敵。

 創造の女神が闇の眷属に祝福を与える事は出来ない筈。

 それと転生?

 人は誰しも輪廻転生で生まれ変わるけれど、記憶もそのまま受け継いでいるの?

 それで私の知らない言語を話している?

 有り得ない。

 彼女の言葉は魔界の言語でも神代の時代の言語でもない。

 仮にそうだとしても、私が理解できている筈がない。

 何故理解出来る?


 そこでハッとする。

 もしかして、彼女の左耳の魔導具の力で会話が出来るようになっているのでは?


 まさか……、本当に女神の祝福者なのか?


「アンタ……その左耳の魔導具、それが女神の魔導具?」

「え、あっはい。私の左耳、魔導具になっています。女神様が私の魂を使って作った物だと言っていました」

「……なるほど」

 

 女神の魔導具の素材を知っているという事は、信じられないけど本当に女神の祝福者なのか。

 ただ、転生……?


「それで、転生というのは?」

「え? 言葉の通りですけど……。あなたも私と同じく地球から転生してきたんじゃないんですか?」

「地球……?」

「そうです。異世界転生!」


 まるで子どものように目を輝かせているけど、一体何を言ってるのこの娘は?

 異世界転生?

 異世界って何?

 

 う〜ん……、この世界の外には亜空間が広がっていて、そこに魔界や女神の聖域が有るくらいだから、他の世界が有っても不思議ではないけれど。

 まぁ……創造の女神様なら、異なる世界から人を連れてくる事くらい訳無いか……。


 言いたい事は山程あるけど、取りあえず町まで連れて帰る事にしよう。


「え~っと、取りあえず。アンタ、名は?」

「あっ、はい! 鈴木凛です!」

「スズキ リン……ね。私は、アルシア・オーガスト・シルヴァエ。よろしく」

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