第19話

 図書室で買い物をした後、ついでだからとトイレに寄ることにした。個室に入って用を足し、速水先輩との文化祭巡りを楽しんでしまっている事実に改めて向き合うことにした。



 ハッキリ言って断る理由がない。だってあんな美人のアプローチを受けて嫌な気分になるわけ無い。


 けど……俺が彼女を好きなのかと言われるとそういうわけではない。確かに楽しいし、嬉しいけど、それが好きという気持ちに結び付くかと言われたらすごく難しい。


 速水先輩は本気だと言ってくれている。だったら「好かれているから」なんて理由で告白を受けたら絶対に後悔する。



 ……俺がもっと気楽に恋愛出来る男ならこんな悩まなかっただろうに。



「やっぱここって顔が良い女子ばっかだよなぁ」


「それなー」


 俺が便器に座って頭を抱えていると二人組の男の話し声が聞こえてきた。それにしてもやっぱりうちの女子は世間基準でも顔が良いようだ。そんな女子の1人をこれ以上待たせる訳にも行かないと個室から出ようとすると、その二人組は更に話を続けた。


「俺もここ受ければ良かったわ。あんなブスでもチヤホヤされてるわけだしさ、ホントうらやましいわ」


「それなー」



「………………」


 俺は扉を開けようとしていた手を止め、立ち尽くしてしまった。今は出たくない。聞こえてくる声の方向からしても洗面台の方だ。早く出ていってくれることを大人しく祈るとしよう。


「マジ陰キャって感じだし、なんか男らしくないし……勘違い系ってやつか?俺男子より女子との方が気が楽でいいわぁみたいな?いや絶対これだわ」


「それなー」



 言い返したい。「俺の意思でここに来たわけじゃない」って。でもそんなこと言ってもどうにもならないことも分かる。ここは我慢。陰キャってのも事実ではあるしひたすらに我慢するしか………


「まぁでもそんなブスを持ち上げてる女も女だよな。顔が良くても頭悪いとなぁ……女とかセックス出来るならそれで良いんだろうし、部活せずにヤりまくってるんじゃね?」


「ウケるー」



「あの」



 自分で気づいた時には個室を出て、二人組と対峙していた。二人組は俺よりも背が低くて、恐らく160あるかないかくらい。洗面台の上を見るに化粧直し?でもしてたのだろう。突然の俺の登場にバツが悪そうな顔をしている。

 そんな2人に俺はどうしても我慢できなくなって言わなければならなくなった言葉を言うことにした。


「ここに通ってる人達は貴方達が思ってるような人じゃない。だから皆を悪く言うのはやめてください」


「いや……悪くは言ってないけど………」


「……それともあれですか。もしかして欲求不満ですか?俺よりも美人なのにお相手がいなくて可哀想ですね」


「なっ…………!?」


「……いこー」


 言い争いを長引かせても良くないと判断してくれたのか片方の男子に促されて2人ともトイレから出ていってくれた。俺はやっと人が消えてくれたトイレで深い溜め息をつき、今更跳ね回っている心臓をなんとか抑えた。


 俺だけだったらまだ良かったが、部活に励んでいる皆の事を悪く言われるのは我慢ならなかった。マネージャーとしてあそこで引き下がる訳にはいかない。そう思ったらいつの間にか個室を飛び出してしまっていた。



「………早く戻ろう」


 しばらくして冷静になり、これ以上待たせる前にとトイレから出ることにした。トイレの前では速水先輩が待っててくれていて、俺が出てきたのと同時に声をかけてきた。


「どうしたの?」


「え、いや……どうもしてませんけど」


 開口一番心配の言葉をかけられてしまい反射的に否定してしまう。なんとか嫌な気持ちを顔に出さないようにしていたのにアッサリ見破られてしまった。そんな俺の苦し紛れの否定を速水先輩が信じるわけもなく、俺の額にデコピンをしてきた。


「いった…………」


「嘘つき幸太郎くんはデコピンの後、校内引き回しの刑に処す」


「え?あのっ……!」


 速水先輩は俺の手を強引に握ると、そのまま体育館の方へと向かって歩き始めた。握られている手は柔らかくも固くもあり、俺が何度振り払おうとしても振り払うことは出来なかった。



 そんな速水先輩と共についたのは絶賛有志によるライブで大盛り上がりの体育館……ではなく体育館にある体育職員室だった。


「すいません!すぐに返しに来ますから!」


 速水先輩は職員室に入ったかと思えば鍵を持ってすぐに出てきた。そして再び俺の手を握るとまた歩き始めた。


「速水先輩、一体どこに……」


「涼香だよー」


「…涼香先輩。どこに向かってるんですか?」


「んふふっ。秘密だよ幸太郎くんっ」


 振り回される方が良いなんて言っておきながら結局振り回されている。そうして連れていかれたのは室内プールのある建物。速水先輩は貰ってきた鍵を使って扉を開け、中に入った後で内側からしっかりと施錠をした。


「これで幸太郎くんも共犯だ」


「………誘拐の間違いですよ」


「まぁまぁそう言わずに。私は忘れ物を取りに来ただけなのさぁ」


 文化祭の最中は解放されていない室内プール。当然中には誰も居らず、俺と速水先輩のふたりっきりの空間だ。手を引っ張られるがままプールサイドまで連れていかれる。すると速水先輩は靴下まで脱ぎ、裸足になった爪先でプールの水面をチャプチャプして遊び始めた。


「文化祭放り出して制服でプール遊び。幸太郎くんも不良になったねぇ」


「一緒にしないでください」


「楽しいよ?ほら脱いだ脱いだ」


 脱いでしまっては本当に共犯にさせられると思い断固として断ろうとしたのだが、脱がないと制服を濡らすと脅されて渋々裸足になることを選んだ。ズボンを捲り、速水先輩に促されるままに爪先を水面につける。正直楽しい。圧倒的な非日常感が良い。


「……ほら楽しいでしょ?」


「まぁ…………はい」


「良かった。ちなみに幸太郎くん。泳げる?」


「えっ…まぁカナヅチではないですけど…」


「よろしい。では!」


「あっ、やっぱ……ぶべっ!!?」


 薄々嫌な予感はしていたが見事に的中してしまった。カナヅチではないことを確認した次の瞬間には俺の体は宙に浮いており、速水先輩と共に顔面からプールへとダイブしてしまった。


「ぶはっ!!?ちょっと……マジで!」


「あっはは!さいっこう!!!」


 なんとか水底に足をつけて立ち上がる。まだこれから文化祭は続くというのにびしょ濡れにされたという事実で速水先輩に怒りかけたが、見たことのない満面の笑みを浮かべて本当に楽しそうに笑っていた先輩を見て何も言えなくなってしまった。


「あーもう……まさかこれが目的だったとか言いませんよね?」


「そうだと言ったら?」


「………何の為ですか。嫌がらせですか」


「まさか。嫌がらせな訳ないじゃん。これは幸太郎くんの記憶に今日の思い出を刻むためだよ。だって絶対忘れないじゃん。こんなの来年も再来年も味わえない最高の青春でしょ?」


「それは……そうですけど」


 こんな絵に描いたような青春を忘れるなんて出来る訳がない。本当に最悪で…最高な思い出に違いない。

 そんな最高な思い出を刻み込んできた速水先輩はまた俺の額にデコピンをしてきた。だけどさっきより優しく、痛みなんて感じなかった。


「嫌なことは…もう忘れたかな?」


「…………はい。すっかり」


 振り回されてる内に気づけばトイレで起こった出来事なんて忘れてしまっていた。まさかその為にこんなことを……いやだとしたらやりすぎだ。


 そんなやりすぎな速水先輩は急に背筋をピンっと伸ばすと、いつものふざけているキメ顔になって本気の想いを俺に告げた。


「佐川幸太郎くん。好きです。付き合ってください」

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貞操観念が逆転した世界に転生した俺は全ての部活動に共有されるマネージャーにさせられました @HaLu_

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