第18話

 文化祭2日目、今日もまずはクラスの縁日の受付担当。速水先輩も俺に合わせてシフトを調整したとかで、終わったら迎えに来るらしい。

 クラスは昨日と同じく繁盛していて、プラカードを持ってるだけなのがなんだか申し訳なくなってくる。


「あのお兄さん!」


「はい。……どうしました?」


 ふいに声をかけられ、視線と腰を落とす。声をかけてきたのは陽気そうな女の子で、小学生高学年だろうか。周りに保護者らしき人は見当たらないが……


「ここがお祭りの場所ですか!」


「はい。そうですよ」


「っ!お父さん早く…………あれ……」


 少女は嬉しそうに後ろを振り向き、次第に元気を無くしていった。きっと親を振り切ってしまったのだろう。


「……ここに来るってことは伝えた?」


「うん…もしかしたらお父さん迷子かも…」


 迷子なのはどちらかと言えば君の方だとは思いつつ言葉にはしない。伝えているのならば真っ先にここに来るだろうし待っていた方が良い。そう思って俺はなるべく優しく声をかけた。


「じゃあここでお兄さんと待ってようか。中にはお父さんが来てから一緒に入ってね」


「えー……1人でもいいじゃん!」


「でもお祭りなんだからお父さんとも遊びたくない?1人よりもきっとその方が楽しいよ?」


「…………別に。楽しくないし」


 さっき満面の笑みで父親のことを呼んでいたのにかわいい照れ隠しだ。というか財布も持ってなさそうだし、入っても何も出来ないだろう。


「…………そうだ!」


 俺がどう説得したものかと悩んでいると、女の子は何やら閃いたようで俺に手を差し伸べてきた。


「お兄さん!私がエスコートしてあげる!」


「え…………えー……あー…」


「大丈夫!彼氏もいたことあるんだよ!」


 まだ高学年くらいだろうにませてる小学生だ。誘ってる立場で上から目線なのが気になるが……過去形なのはこういうところなんだろうな。


「こら!なにしてるんだ!」


「いったぁ!?なんでゲンコツするの!」


「はぐれるから走るなと言っただろ!それにお兄さんを困らせて………すいません。うちの娘が」


「いえいえ……」


 ほどよく時間も稼げたのか父親がやってきておもいっきりゲンコツをお見舞いしていた。なんだか不思議な光景だがそういうものなのだ。そして父親は俺に頭を下げた後で斜め後ろにも頭を下げた。


「すいませんわざわざ案内してもらって…」


「いえ。私もこちらに用事がありましたので」


 頭を下げた先には速水先輩がいて、俺と目を合わせるとヒラヒラと手を振ってきた。俺も恥ずかしくなりながら手を振り返すと、少女の目線は俺と速水先輩を行ったり来たりしていた。その動きに速水先輩も気づいたのか、急に俺の方へとやってきて肩に腕を回してきた。


「悪いねお嬢ちゃん。私の男なんだ」


「ぅっ……………」


「……違うよ。そういうんじゃないからね」


「えぇ…幸太郎くんってば満更でもないくせに……」


「ぉぅ………………」


「…………どうした?大丈夫か?」


 俺達のやり取りを間近で見てしまった少女は目を真ん丸にして固まってしまい、父親から心配されながら教室へと入っていった。人の脳が壊れる瞬間を始めてみたかもしれない。一応否定はしたつもりだったのだがむしろ余計な一撃だった可能性もある。


 少女に大人げない攻撃をしかけた速水先輩は俺が持っていたプラカードを奪い取り、適当な所に立て掛けた。そして急にキメ顔を作って、さっきの少女と同じく俺に手を差し伸べた。


「お迎えにあがりましたよ王子様」


「……なんですか王子って」


「いやほら、演劇部が『ジュリエットとロミオ』やるからさ。リハ見てたら感化されちゃった!」


「恥ずかしいからやめてください」


「『幸太郎くん』の方が嬉しいもんね」


「………マシってだけです」


 相変わらず速水先輩に勝てる気がしない。それに今日はしっかりと意識すると約束したせいかいつものふざけてるキメ顔なのに直視出来ない。


「まぁ冗談はさておき、今日はよろしくね幸太郎くん」


「お願いします…………涼香先輩……」


「うんっ……うん……………ぅん」


 約束通り下の名前で呼ぶ。茶化されるのは覚悟していたのだが、速水先輩は口元を抑えながら呼吸を荒くして首を縦に振るだけだった。その突然のギャップに俺も恥ずかしくなり、とりあえず文化祭巡りへと歩き始めることにしたのだった。



「それで?行きたいとこある?」


「実は昨日で行かなきゃいけない所は行ってて……」


「なんだと~?私の分も残しとけよこのモテ男~」


 なんだかソワソワしてる速水先輩に頬をつつかれる。デートという建前のせいかスキンシップが多い。嬉しくないわけはないが恥ずかしい方がどうしても勝つ。


「………冗談はさておき。行かなきゃいけないとこじゃなくて、幸太郎くんの行きたい場所に行こうよ」


「行きたい所………」


「うん。私はエスコートする~ってより相手に合わせる派なんだよ。実はね」


「そんなイメージないですけど」


 あまりに普段の印象とは真逆のことを言ってくるもんだから思わず笑ってしまう。速水先輩は俺の笑ってる姿を見てまたまたふざけだした。


「いやいやホントだって。私は振り回すよりわがまま王子様に振り回されたいタイプなんだよ。あ、これアピールポイントね。どう?何点くらい加点する?」


「んー……10点?」


「………何点満点かは聞かないでおこう。加点があるだけ良し!」


 その大袈裟な身振り手振りにまた笑ってしまう。俺を楽しませようとしてくれてるっていうのが伝わってきて、こっちの緊張も少しずつほぐれてしまう。



 そんな速水先輩の気遣いに甘えて俺達は図書室に向かうことにした。実はこの学校は図書館もかなり広い。そこで行われてる古本市に行ってみたかったのだ。


「なるほど……こういうのもあるのか…」


 その古本市の漫画コーナーを重点的に見て回る。部屋に何も置いてないせいで虚しいのだ。折角なら良さげな奴を買い揃えたいが……


「……幸太郎くんって漫画とか見るんだ」


「見るっていうか…見たいなっていうか…」


「ふーん……あ、それうちに全巻あるよ」


 速水先輩は俺が手にとって眺めていた単行本を指差してそう言った。表紙の女の子が好みだったから買おうかと悩んでいた。感想とか聞いてみるとしよう。


「面白かったですか?」


「私は好きだけど…それ結構お色気シーンが多いよ?」


「ふむ………」


 なんとも甘美な言葉に惹かれて単行本を捲ってみる。内容はバトル漫画で女性主人公。確かに露出が激し…………


「…………………スゥー」


「……ほら言わんこっちゃない」


 完全に油断していた。お色気シーンと言うからてっきり女性キャラがはだけるのかと思ったら男性キャラがはだけていた。しかも結構ちゃんと。こんなの置いちゃ駄目でしょ。しっかり検閲してください。


「ムッツリな幸太郎くんには男子向けの漫画の方が良いんじゃなーい?」


 からかわれながらも手渡されたのはピンク色の背表紙でいかにも女性向け漫画って見た目をしている単行本。だが表紙は男だし、中身は普通のラブコメ。俺の基準で言うならハーレム物だ。


「…………なるほど」


「お気に召したようでなにより」


 部屋に何もないよりはマシだろうし、これなら置いてあっても不自然じゃない。というわけで置いてある単行本を手に取りレジへと向かうのだった。


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