第17話

 そうしてやってきた文化祭の初日。不知火さんとの文化祭巡りの前に俺には大事な仕事があった。


「縁日やってまーす!楽しいですよー!」


 教室の前に立ち、プラカードを持って大声を出す。つまりは客寄せパンダというわけだ。クラスの皆から初動が大事だと頼まれ、恥ずかしいのを我慢して引き受けた。正直どうなるものかと心配していたが吸い込まれるように客が押し寄せてきた。おかげさまでクラスは大繁盛だ。


 そんな客寄せパンダをしつつ思ったことがある。当たり前といえば当たり前なのだがチラホラ男がいる。大人から子供までそれなりの数だ。その中には別の学校の制服を着た高校男子もいて、妙に視線を感じる。


「佐川くんっ!」


 その視線の意味を考えながら客寄せを続けていると不知火さんが教室から出てきて背中を叩いてきた。シフト終わりまでにはもう少し時間があるはずなのだが一体どうしたのだろうか。


「何かトラブル?」


「そうではないんですけど、その……お客さんが来すぎて皆疲れちゃったみたいなんです。だから佐川くんをここから引き剥がしてくれってお願いされちゃいました!」


「……なるほど」


 チラっと教室を覗くと確かにクラスメイトは大変そうな顔をしていた。ちょっと客を呼びすぎたのかもしれない。


「というわけで!行きましょう佐川くん!」


 いつも以上にハイテンションな不知火さんにプラカードは取り上げられて扉の前に立て掛けられ、俺達は文化祭巡りを始めたのだった。



 実質男子校の文化祭だけあってどこのクラスも活気に満ち溢れていた。男装カフェとかたこ焼きとか焼きそばとか……本当になんの変哲もない普通の文化祭だ。

 そんな普通の文化祭をひたすら巡った。色んな部活の方々から「絶対に来て!割り引きするから!」と念を押されていたのもあり、ほとんどの時間がその約束を果たすために費やされた。迷路をしたり、たい焼きを食べたり、かき氷を食べたり、フライドポテトを食べたり……振り返ってみれば食事ばっかりだ。やけに腹が重いと思ったらそのせいか。

 とはいえ文化祭自体もとても楽しい。前世ではほとんど惰性で過ごしていただけの文化祭だったせいもあって余計に青春を感じる。


「次はどこに行きたいとかあります?」


「んー……もう回るとこは回ったかな」


 しばらくして約束していた全ての店を回り終え、俺達は一息つくことにした。自販機で水を買い、中庭に設置されている椅子に並んで座って食べ歩きして疲れている体を休める。最初の頃は隣に女子がいるだけでキョドっていたのに成長したものだ。


「…………あの、佐川くん」


 俺が自分自身の女子への耐性がついたことを実感していると、不知火さんはどこか自信が無さそうにして俺の名前を呼んだ。こういう時の不知火さんは何か話したいことがある時だ。流石に分かってきた。


「どうしたの?」


 俺は「なんでもどうぞ」的なオーラを出しつつ話を聞く姿勢をとった。すると不知火さんは誰かを探すように周りを見回し、「よしっ」と呟くとあることを語り始めた。


「もしその時になっても私が怖じ気づかないようにどうしてもここで聞いてほしいことがあるんです。この文化祭が終われば県予選。そこを突破すればインターハイ。私にとっての夢の舞台です」


 緊張していた不知火さんの声は少しずつ熱を帯びていき、その大きな瞳には闘志が宿っているのを感じた。


「サッカーのフィールドに立てるのは11人。うちは強豪だから1年生でベンチ入りするなんて夢のまた夢。でも私はなんとしてでもフィールドに立ちたい。例えそれで誰かの……3年生の先輩の夢を潰すことになってもです」


「…………そっか……そうだよね」


 チームスポーツの現実とあまりの気迫に俺はそんな事しか言えなかった。それだけ不知火さんの覚悟は決まりきっていた。だがその宣言を俺にする理由とはなんなのだろう。一体俺に何を伝えようと言うのだろうか。


「私は自分の夢を譲る気はありません。エゴだって言われても譲りたくないんです。サッカーでも、それ以外でも。絶対に。だから……」


「何してんのラブラブカップル~」


「ひょわっ!?」


「うぉっ……なんだ尾白先輩か…」


 なんだか重い空気になり不知火さんからの次の言葉を待っていると突然俺達の間から尾白先輩の顔が生えてきた。不知火さんはラブラブカップルと茶化されたのが相当恥ずかしかったのか、赤面して椅子から立ち上がった。


「カップルなんかじゃないですっ!」


「えー?文化祭デートしてるのにー?」


「違います!」


「……尾白先輩こそどうしてここに?」


「ん?あー、いや………なんか湿っぽい空気流れてたからデート上手くいってないのかなって。もしかしてお邪魔だった?」


「…………いえ。気にしてませんっ!佐川くん!次は体育館に行きましょう!」


 気にしてないとは言いつつどこか怒っているようにも聞こえる不知火さんに急かされて椅子から立った。そんな俺達の様子を尾白先輩は苦笑いしながら「じゃあね~」と手を振って見送ってくれた。



「あーもう…………」


「…不知火さん。結局話ってなんだったの?」


 体育館に向かう途中で俺はさっきの話の続きをしようとした。そんな俺の問いかけに不知火さんは首を大きく横に振り、誤魔化すように笑って見せた。


「秘密です!その時まで楽しみに待っててください!」


 話の流れからしても夏の大会関連なのだろうと予想はつくが………これ以上はもう教えてくれそうにもないのでその事を深くは考えないようにするのだった。

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