第16話
大事件の翌日。俺は朝から憂鬱な気持ちで登校していた。前世で女子との接点なんて右手で数えるほどしかなかったのに今は女子に囲まれて生活している。それだけでも大変なのに文化祭を回ろうと誘われ、しかも片方は本気だと言ってきた。こういう時に世の中のモテ男はどうしているのだろうか。俺には見当がつかない。
一体どうしたものかと考えながら二駅分の為に利用している電車を降りる。生徒達と挨拶を交わしながら改札を抜けると、尾白先輩が待ってましたと言わんばかりの顔で俺の元へとやってきた。
「おはよう佐川くん。昨日は眠れたかな?」
「……おかげさまで寝不足です」
「あははっ。ごめんごめん」
尾白先輩は笑いながら俺に頭を下げ、話したいことがあると言ってきた。特に断る理由もなかった俺は了承し、ふたりで学校へと向かうことになった。
流れるように車道側を歩かれ、俺がなんとか入れ替わろうと試みても譲られる気配がない。これがこの世界の当たり前なんだからおかしなことはないのだが、どうにもモヤっとはする。
なんて攻防をしながら雑談していると、横断歩道が渡る直前で赤になった。仕方なく歩きを止めると尾白先輩がようやく本題に入った。
「……もしかして昨日は余計なお世話しちゃったかな?」
「…………まぁ」
「たはは……ごめんなさい。仲良しだから大丈夫だと思ってたんだけど………」
「いえ……仲は良い…と思うんですけど」
俺は思いきって尾白先輩に今回の流れを説明することにした。もちろん速水先輩が「本気」と言ったとかそういうことは伝えない。あくまで速水先輩からも誘われているということだけだ。
「へー…………速水がね……」
その話を聞いた尾白先輩は意味ありげな表情で速水先輩の名前を呟いた。そういえば同学年だし何か接点でもあるのだろう。そんなことより今はこの修羅場をどうくぐり抜けるべきかだ。
「なんかアドバイスとかありますか?」
「ある!と言いたい所だけど去年まで陰キャだったしなぁ………私の好きなアニメの知識で良いならバレないように2人同時にデートするとか?」
「それコメディ系のやつでしょ……しかも最後はバレる流れじゃないですか」
「いやそうなんだよねぇ。ん?え、てか、もしかしてアニメとか見てるの???」
「…………たまに」
どこかで聞いたことがあるようなお決まりの展開を例に出され、思わずオタク成分が漏れ出してしまった。別に隠す必要もないのだが咄嗟に誤魔化してしまい、尾白先輩が「たまに?」と疑うような目付きで覗き込んでくるので目線を合わせないように避け続けた。
そんなやり取りをしているとようやく横断歩道が青になり、歩くのを再開すると同時に尾白先輩は話の流れを元に戻した。
「まぁ冗談はさておき。私としてはそうだなぁ……こんなに真剣に考えてくれてるだけでも嬉しいかな。それで出した答えなら受け入れると思う。言葉にするって勇気が入るから。そこら辺はそのふたりは分かってくれると思う」
尾白先輩はそれっぽいことを語りながら、俺の額に人差し指の腹をぐりぐりと押し付けて胡散臭い占い師みたいな声を出した。
「いっぱい悩め若者よ………さすれば道は開かれる……ってね?」
「ちょ……やめてくださいよ恥ずかしい…」
「これくらいで照れてちゃあ文化祭巡りなんて出来ないぞぉ?」
そんなおふざけも挟みつつ歩いていると、いつの間にか下駄箱の前までやってきていた。尾白先輩はテニスコートに用事があるということでそこで別れることとなったのだが、「最後に」と一番大事な話をしてくれた。
「色々言ったけど決めるのは佐川くん。二股デートするも良し。そもそも別の相手と回るも良し。どれを選ぶにしてもちゃんと話をするんだよ?」
「……ありがとうございました」
「うんうん。この頼れる先輩にいつでも頼ってね~」
真面目な話をしたのが恥ずかしかったのか尾白先輩は照れを誤魔化すように走ってグラウンドの方へと向かっていった。
本人も冗談っぽく言ってたが本当に頼りになる先輩だ。話を聞いて貰っただけで少し楽になった。
「…………よし」
俺はようやく覚悟を決め、ふたりにちゃんと話をすることにしたのだった。
その日の放課後。俺はプールへとやってきていた。目的はもちろん速水先輩だ。
「涼香~?マネージャー来てるよ~?」
「え?……うわホントだ」
クラスを探したのだが速水先輩が居らず、先輩のクラスメイトから今日は部活に参加すると告げられた事を聞いて制服のままやってきたのだ。
速水先輩は他の部員から俺の存在を伝えられると、なんだか気まずそうな顔で歩いてきた。
「どうしたの?もしかして生で見たくなったとか?」
「……いいえ。文化祭当日についてです」
「っ…………どうぞ続けて」
俺は覚悟を決め、速水先輩に悩んだ末に出した結論を真っ正面から伝えた。
「2日目を……一緒に回りませんか?」
「…………いいんだ」
「……いい?」
もうちょっと動揺とか怒られたりするかと身構えていたのだが、速水先輩の口から出たのは安堵ともとれる言葉だった。思わず言葉の意味を聞き返すと、速水先輩はぐぐっと背筋を伸ばしながら「そんなことより」と俺に睨むような視線を向けてきた。
「2日目ってどういうことかな?初日はダメってこと?」
「…すいません。初日は別の約束があって」
別の約束とは当然不知火さんとの事だ。そして既に彼女との話は済んでいる。尾白先輩と別れた後、教室に入ると不知火さんが居てあちらから声をかけてきてくれた。そんな不知火さんに「実は先約がある」という話をした。その上で良ければ初日を一緒に回りたいと伝え、不知火さんも快く了承してくれた。
『佐川くんを一人占めなんてズルいですもんね!むしろ1日くれるってだけで嬉しいです!いっぱい楽しみましょう!』
あまりの明るさに目が眩むかと思ったがなんとか耐え切り、1人を選びきれなかったという罪悪感に呑まれつつもなんとかここまで辿り着いたのだ。
「…………つまり、私の本気を二分の一しか受け取ってくれないってことなんだ」
予想していたような言葉を返され、心がまた苦しくなる。俺がモテ男ならハッキリと決められたんだろうが結局は逃げの道を選んだ。今の俺では速水先輩の本気を全て受け止めきれなかった。これで蔑まれる覚悟は出来ている。だがそれより前に言うべきことは伝えなければならない。
「その代わり…当日は俺も本気で応えます」
「…………というと?」
「ちゃんと、1人の女性としての速水先輩に向き合います」
「涼香って呼んでくれる?」
「…………それは……」
「呼んでくれなきゃもっと拗ねる」
まさに水を得た魚のように俺への弱みを握って楽しそうにし始めた速水先輩。だがこんな選択をした男に逃げるという選択肢はもう残っておらず、俺は頭を下げた。
「呼びます……」
「やった。なら交渉成立だ」
速水先輩はこちらにやってきた時よりも軽い足取りで練習に戻っていき、俺も他の部員からの強烈な視線から逃げるようにプールを後にしたのだった。
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