第14話

「失礼しました……」


「まった来てねー!!」


 ダンス部の部室を後にした俺と速水先輩は無事に回収した書類を持って生徒会室へと戻ることになった。


「いやぁ幸太郎くんにダンスを見てほしいだけだったとはねぇ」


「そこから30分も拘束されるとは思いませんでしたが……」


「あっはは!それはそう!」


 ダンス部が書類を渡す条件として提示してきたのは男目線でのダンス評価が欲しかったとのことだった。文化祭にはもちろん男性もくる。だから男性向けのダンスも取り入れたいらしい。何はともあれ無事に仕事を終え、帰っている道中で速水先輩からのウザ絡みが始まった。


「ところで~ダンス部のおっぱい揺れてたねぇ?見てたよねぇ?」


「…………見てないです」


「またまた~。幸太郎くんってば男子なのに隠すの下手なんだから~。ムッツリ~」


 ムッツリなのは否定しないがそれを速水先輩に言われるのもなんだか癪に触る。それに前々から気になっていたが速水先輩の言動はやけに男慣れしている。これ以上イジられたくないしこちから聞いてみることにしよう。


「そんなことより、速水先輩は中学は共学だったんですか?」


「え?なんで?」


「いえ…男慣れというか……なんとなく」


「…………そうだよ」


 速水先輩は珍しく曇った表情を見せた。まさか地雷を踏んでしまったのか思い誤魔化そうとするよりも前にいつものふざけている顔に戻って語りだした。


「モテモテだったんだよ?ほら私ってかわいいし?中学の時から水泳上手だったし?彼氏だっていたことあるんだから。別れたけど!」


「………なるほど」


 彼氏くらい居てもおかしくはないとは思っていた。だがやけに明るく、早口で語る速水先輩を見て俺はその彼氏と何かあったのだろうというのはなんとなく想像がついた。深く聞くのも悪いと思い話を途切れさせると、速水先輩は突然笑い始めた。


「ぷっ……くくっ…ねぇ、別れた理由とか聞かなくていいの?」


「え?いや……」


「男子のくせに恋バナに興味ないとか……折角前フリを作ったのに話し損じゃん」


「聞いた方がよかったですか?」


「…………いいや。実を言うとそんなに良い話じゃないから。もし聞かれたら代わりに幸太郎くんの唇を奪うつもりだった」


「それだけはやめてください」


 その返答に速水先輩はまた楽しそうに笑うと、俺の肩を叩いてきた。


「やっぱり君ってばおもしろいよ。男子なのに男子っぽくない。むしろ女子っぽい感じすらするし、男子なのに話してて気を遣わなくて良いって楽でいいや」


「……ど、どうも」


 褒められてるのか褒められてないのか微妙なラインだが、とりあえず頭を下げてみた。すると速水先輩は俺が持っていた書類を奪うように取り上げると「教室に戻っていいよ」と言いながら謎のキメ顔をしていた。そして俺が何か返す前に追撃してきた。


「文化祭さ。デートしよ」


「デッ……デート!?」


「そうデート。予定あるの?」


「今のところは……ないですけど………」


「じゃあ私が一番乗りってわけだ。それだけ本気ってことをちゃんと理解しといてよ?」


 速水先輩は勝手に文化祭の約束を取り付けると、俺の返事を聞く前に、逃げるかのように生徒会室へと急ぎ始めた。俺は速水先輩からの「本気」という言葉を受け止めきれずにしばらくその場で立ち尽くしてしまうのだった。



 ――――――――


 部活の休憩中、グラウンドから二階の廊下を歩いている佐川くんを見かけた。男子は佐川くんしかいないからすごく目立つ。そしてその隣には生徒会の副会長さんもいた。何やら楽しそうに話してる気がする。


「なにしてんの星奈?」


「ほぇっ!?あ、いや!何もしてません!」


 佐川くんを目で追いながらスポドリを飲んでいると先輩から声をかけられ、ビックリして変な声をあげてしまった。そんな私のおかしな様子を見て先輩はすぐにその理由に気づいてしまった。


「あー…マネージャーか」


「ち、ちち違います!」


「分かりやすい……そんなに話したいなら文化祭の手伝いに行ってもいいんだよ?一年生なんだし」


「………それは、大丈夫です。今はレギュラーになることが目標ですし、佐川くんとも約束してしまいましたので」


 練習に頭から参加している一年生は少ない。でも私は早く先輩方に追い付くためにとクラスの皆に頼んで部活に専念している。全てはあの日の約束のために。それが叶ったら私は佐川くんに気持ちを伝えようって決めてるんだ。だから今は我慢の時。そう信じて頑張ってるんです。


「私!もっともっと頑張ります!」


 私は先輩に向けて力強く宣言した。すると先輩は「それもいいけどさ」と私の肩に腕を回していつの間にか一人で立ち尽くしている佐川くんに指差した。


「文化祭当日くらい遊ぶんでしょ?」


「…………え?」


「え??」



 文化祭当日………あ!!



「何も約束してませんでした!」


「あっちゃー……」


 完全に忘れてた。もう文化祭まで一週間を切ってるというのに話してすらない。準備に参加してないのに文化祭の話をするものではないなと考えていたら大事な話すらしていなかった。


「間に合いますかね!?」


「…………どうだろ?」


「どどどうしましょう!」


「今から行ってくるとか?ほら走ればいけるんじゃね?」


「っ!!!行ってきます!!!」


 私は先輩のアドバイスを真に受け、急いで校舎の中へと突入。佐川くんのいた場所まで怒られないように小走りで向かうのだった。



「……っいた!」


 校舎の二階に辿り着くと、首をかしげながら教室の方に戻っていく佐川くんの後ろ姿を発見した。なんとか追い付こうとスピードを速めると、私より先にポニーテールの女子が声をかけた。あれは確かテニス部の先輩だ。

 だが私はそんなことは気にせずに佐川くんに接近した。ここでひよっていては約束なんて出来ない。そう思っていたのだがふたりの会話の内容が聞こえると私の心臓は大きく跳ねた。


「ところでさ、文化祭の当日って空いてる感じ?」


「え、あー………」


 私がしたかった話を先輩が先にしてしまっていた。ライバルが多いことくらいは予想してたけど…でもでも!私が最初に声をかけたんだし!肩だって触らせてくれたし!きっと佐川くんだって私に気がある!このアドバンテージは活かさないと!


「あの!佐川くん!!」


「はい!?って不知火さんか……」


 ちょっと驚いてしまった佐川くん。隣の先輩もバツが悪そうな顔をしている。だけどそんなことは今は気にせず、勢いのままに私は言葉を放った。


「文化祭当日!私と一緒に過ごしませんか!」


「え!!?」


「……わぉ大胆」


 私の叫びは廊下中に響き渡り、佐川くんや先輩だけでなく、周囲にいた方々の視線が集まることとなってしまった。


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