第13話

 なんだかんだと中間テストを無事に乗り越える事が出来たのだが、休む間もなく次の行事である文化祭が待ち構えていた。うちのクラスは長い話し合いの末に縁日をすることになった。そんな中、俺にも仕事が与えられ、放課後の教室に残ってひたすらに絵を描いていた。


「うわ佐川くん絵描くの上手ー!」


「ほんとだ!流石男子!」


「それほどでも……」


 完成した頭にハチマキを巻いたタコの絵をクラスの皆から褒められる。前世から絵を描くのは好きだった。男子だからと頼まれた時は期待を裏切らないか心配だったが完成する度に褒めてくれるから自己肯定感も上がりに上がっていった。


 この準備期間中はマネージャー業は一旦お休みということになっている。なので放課後は基本的にはクラスの手伝いをしているのだ。

 そうして俺がクラスメイトから褒められつつ仕事をしていると、廊下から「幸太郎くーん」と声をかけられてしまった。


「ちょっと良いかなー?」


「あー…今は…………」


「いいよいいよ!生徒会頑張ってきて!」


 声をかけてきたのは速水先輩で、俺は作業の途中というのもあって断ろうとしたのだがクラスメイトに背中を押されてしまって仕方なく速水先輩の元へと向かった。


「どうしたんですか?」


「………なんでそんなに仏頂面なのさ…傷ついちゃうなぁ?」


「いや当たり前ですよ」


 警戒心が顔に出てしまっていたのか速水先輩はわざとらしく胸の辺りを抑えた。とはいえ襲われかけたんだから普通なら警戒もするだろう。


「………まぁいいや。生徒会のお仕事です。大丈夫そう?」


「分かりました。大丈夫です」


「ありがと。一旦生徒会室に来てくれるかな」


 俺は速水先輩の頼みを素直に受け入れることにして、一緒に生徒会室に向かうことにした。その道中速水先輩は俺の顔を見てニヤニヤしており、俺が気にしないようにとしていると遂に話しかけてきた。


「逆ハーレム楽しんでたねぇ……私のお誘いは断ったくせにぃ」


「変なこと言わないでください。そりゃ褒められたらニヤつきますよ」


「え、じゃあ褒めたら私の男になってくれる?」


「…………なりませんやめてください」


 やっぱりこの人は少し苦手だ。ある種の好意を向けてくれているのは勿論嬉しいのだが、ここまでグイグイ来られるとたじろいでしまう。

 と、そんな話をしているといつの間にか生徒会室にたどり着いており、仕事モードになっていた黒瀬会長が凛とした声色で用件を話してくれることになった。


「お忙しいところ申し訳ありません。佐川くんに出向いてほしい部活があります」


「……部活?」


「はい。軽音部とダンス部です」


 一応この学校にも文化部は存在する。全員が運動するために入ってきた訳ではないからだ。軽音部とダンス部は何度か勧誘もされたこともあるが、その度に忙しいと断ってきた。


「どうして俺なんですか?」


「恥ずかしい話ですが、双方の部から提出されるべき書類を受け取れていないんです。私と速水で何度か出向いたのですが『佐川幸太郎を出せ!』の一点張りで……」


「ほんっと迷惑だよねぇ。生徒会ってだけで目の敵にされちゃって」


「なるほど…」


 大体の流れは掴むことは出来た。すると黒瀬会長は立ち上がり、深々と頭を下げてくれた。


「どうかお願いします。悪い方々ではないですが、もしもの為に速水も同行させますので」


「同行しますので」


「………分かりました」


 会長に合わせてピースを作りドヤ顔を決めている速水先輩。今のところこの人が1番「もしも」を起こしそうというツッコミはせず、とりあえず軽音部へと向かうことにした。




「私はここで待ってるから」


「………はい」


 腕に生徒会の腕章をつけ、軽音部の部室へとやってきた。俺は意を決して扉をノックし、声をかけた。


「すいません。生徒会の者なのですが」



 だが中からの返事は無かった。俺は壁にもたれかかっていた速水先輩の方に振り返り、指示を促した。すると速水先輩は扉を開けるようなジェスチャーをしてきた。勝手に入るのはどうかと思いながらも扉に手をかけると鍵は開いていることに気付き、俺はソーッと扉を開けた。


「失礼しま………す……」


 扉を開けると部室の中には1人の女子生徒がいた。窓際の椅子に座り、ギターを抱えて真剣な目付きでなにやら調整をしていた。開いている窓から吹き込んでいる風が金色の髪を撫でる。なんというか……カッコいい。


「…………ん?アンタ誰?」


「あ…すいません生徒会の、佐川です」


「………あぁ。生徒会ね」


 声も澄んでいてとても綺麗。しかも男子である俺を見ても動揺もしなければ積極的になる様子もない。


「扉閉めて。音漏れるから」


「は、はい」


 指示通りに部室の扉を閉めると、その生徒は俺の顔を見つめて柔らかく微笑んだ。


「ギター……興味ある?」


「え、まぁ……少しは?」


 ジロジロと見てしまったのがバレたのだろう。俺は咄嗟に話にのって誤魔化すことにした。すると彼女は空いている椅子を指差して声をかけてきた。


「座りなよ。教えてあげる」


 その誘いに当初の目的なんて完全に忘れ、俺は隣に座ってギターを教わることになってしまった。まずは適当に弾いてみてと言われ、アニメの見よう見まねで弦を弾いた。だが思っていたような音ではなく気の抜けた音しかならなかった。

 しかしその音を聞いた女子は嬉しそうに笑うと俺に体を寄せてきた。


「いいじゃん。センスあるよ」


「ど、どうも………」


 運動部と比べて腕や体が細く感じてしまい、女子であることを意識してしまう。しかも顔が良い。どこか中性的だが不思議な色気がある。


「君が良いならこれからも定期的に教えてあげても―」


「はいストップー」


 俺と女子が良い感じの雰囲気になっていると、速水先輩のかけ声と共に扉が勢いよく開かれた。


「なーに幸太郎くんを誑かしてるのかなぁ?」


「…………そんなつもりじゃない」


「幸太郎くんも。お仕事で来たんだから。騙されちゃ駄目だよー」


「すいません……でも騙されたとかそんなんじゃ」


 まるでこの人を悪者みたいに言ってくる速水先輩に反論すると、速水先輩は呆れながら女子の事を指差した。


「あのね。この学校には君しか男子はいないんだよ?それなのに『アンタ誰?』とか聞くわけないじゃん」


「…………あっ」


「というか音漏れ気にしてるのに窓は開けてるし。多分幸太郎くんが来たって分かって準備したんだよその子」


「………そうなんですか?」


「……………………ぃや……」


 女子は速水先輩からの口撃に耐えられず、顔から煙でも出そうなほどに赤面し、うつむいてしまった。どうやら全て事実だったようだ。


「ホントにもう…気を付けてよ幸太郎くん」


「すいませんでした……」


「それで?君1年生?部長は?」


「…………まだ来てないです」


「ふぅん。文化祭の書類は?」


「………………渡せないです」


 かたくなに書類を渡そうとしてくれない女子に速水先輩は若干イラつき始めた。俺はそんな速水先輩をなだめつつ、代わりに声をかけた。


「お願いします。大事な事なので」


「…………ぃや、むり……」


「どうしてですか?」


「…………マネージャーのこと…運動部ばっかり…ズルいって……部長達が……」


「私達は結果を残してるの。だから当然。ていうか文化部にマネージャーとかいらないでしょ」


「……生徒会に入れたくせに」


「2人とも落ち着いてください!」


 一触即発の雰囲気になりつつあったのをなんとか止めに入る。その上で俺は勝手に女子と約束を交わすことにした。


「すいません。今は運動部は忙しくて……流石に難しいです。けど…たまになら……またギター教えてください」


「ちょっ……幸太郎くん!?」


「………………いいの?」


「はい。俺も弾けたらカッコいいなって思ってたので」


「………ぅん。分かった」


 納得してくれた女子は部屋の隅っこの机の上に置かれていた書類を手に取り、俺が抱えていたギターと交換する形で渡してきた。やっぱりいい人ではあるようだ。


「……………とや」


「はい?」


音弥おとや………ひかる……よろしく」


「……はい。よろしくお願いします」


 俺と音弥さんとのやり取りに速水先輩が特大の溜め息をつき、俺は引きずられるように軽音部を後にしたのだった。

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