第12話

 テスト期間まっただ中のある日の放課後。今日は予定もないしとっとと帰ろうかと足早に校舎から出ると、偶然にも校門とは反対方向の体育館の方へと歩いているバスケ部の青木先輩の後ろ姿を見かけた。だがその背中はいつもよりも落ち込んでいるようにも見えた。一度は関係ないと帰ろうしたのだが、どうにも気になってしまい後を追うように体育館へと足を運んでいた。



「…………いない」


 体育館にあるバスケットコートを覗いてみたのだが中には誰も居なかった。余計な気遣いをしたのかと俺がため息をつくと、隣から不思議そうな声色で声をかけられた。


「どうしたの佐川?」


「うぉっ!?」


 声をかけてきたのは青木先輩で、何故か制服ではなく練習着に着替えていた。

 俺はとりあえず青木先輩からの問いに対して正直に白状することにした。


「青木先輩が体育館に向かうのが見えたから、なんとなく」


「なにそれ。テスト期間なんだから勉強しないとダメだぞ」


「それを言うなら先輩だって……」


「…………確かに。じゃあ少し付き合ってよマネージャー」


 そう誘われるがまま一緒にコートへと入り、青木先輩は体育倉庫からバスケットボールを1つ取り出してきてシュート練習を始めた。俺はゴールの下付近に立ち、ボール広いの手伝いをさせられることになった。


「フッ…………」


 青木先輩はひたすらに3ポイントシュートの練習を続けていた。成功率は3割程度。すごいのかどうかは正直分からないがフォームが綺麗なのは素人目にも理解できた。俺は集中している先輩を邪魔しないようにただゴール付近を駆け回っていた。


「それで?佐川は私に用事があったんじゃないの?」


 そんなことをしばらく続けていると青木先輩の方から声をかけられた。だが話しながらでもフォームの綺麗さは変わることはなかった。


「……少し疲れてそうに見えて」


「それだけ?でも流石はマネージャー。悩んでることはあるよ」


 悩みがあると告げた青木先輩はようやく動きを止めると、ボールを指先に乗せて器用に回しながら語り始めた。


「実は今のバスケ部ってハズレの世代だって言われてるんだ。私が1年生の時は全国まで行ったから余計にってのもあるけど」


「ハズレ………俺はそうは思わないです」


「ありがとう。私もそう思ってる。でもね、実際試合で勝ててないのも事実なんだよ」


 回転させていたボールを止め、今度は一定のリズムでボールをつき始めた。その音はふたりしかいないコートに良く響き、様々な葛藤を感じる音色だった。


「夏の大会。なんとしてでも結果は残さないといけない。だから監督にも赤点だけは取らないって許可をとって練習してる」


 青木先輩はそう言いきると、ついていたボールを両手でしっかりと掴み、ぎこちない笑顔で微笑みかけてくれた。


「というわけで情けない話を聞いてくれてありがとう。佐川は早く帰りなよ。赤点取りたくないならね」


「………でも」


「いいから」


 優しくも厳しい青木先輩の圧に俺は耐えることは出来ず、俺は大人しく体育館から出ていくことにしたのだった。



 その帰り道。俺はどこかやるせなさを感じながらも駅まで歩いていた。すると駅前で見た目のいかつい女性2人がこちらを見て何やらニヤニヤしていることに気づいた。その手の輩みたいな人にこうして見られるのは初めてではないが、ここまで嫌な視線を向けられるといくらなんでも不快になってくる。早く駅に入って改札を通り抜けるとしよう。


「ねーそこのカッコいーおにーさーん」


 ……こうなったら無視だ無視。


「……その制服さー昴校のヤツでしょ?うちらとも遊ぼーよー」


「…………………」


 2人組はこちらに近づいてきて話しかけてる。だが俺は一切の反応をせずに駅に入ろうとしたのだが、女の1人に手首をガッシリと掴まれてしまった。


「聞こえんでしょ?逃げないでよ傷つくなー」


「それともアレ?清純ぶってる的な?昴校に通っといて?冗談もほどほどにしなよー」


「……離してください」


 俺を両サイドから囲むように話しかけてくる。背丈は俺よりも少し低いくらい。体格もうちの学校の人達に比べれば細い。やろうと思えば力付くで引き剥がせるだろうが……そんなことをして喧嘩になんて発展してしまえば皆に迷惑をかけてしまう。


「私達とも遊んでよー。ねー?」


「絶対楽しいからさー」


「っ……だから離してって言って――」



「おいババア。男を誘うマナーも知らねぇのか?」


「は?なんだよ……っ!!?」


 どう逃げたものかと困っていると、女子にしては低い声が俺の頭上から聞こえてきた。取り囲んでいた女の1人が振り返り言葉を失っていた。俺もそれに合わせて確認すると俺の背後に背の高い女性が立っていた。速水先輩よりも更に大きい。最早2mはあるんじゃないかと思うほど。金髪のウルフカットで、背丈だけではなく腕も長いし太い。


「とっととその手を離せよ。そんなに溜まってんならオレが相手をしてやってもいいぜ?」


「誰がっ………くそっ!帰るよ!」


 その女性の威圧感に女達はどこかへと去っていった。すると女性は急に俺の頭にこれまた大きな手を乗せ、ポンポンと優しく叩いてきた。


「お前強いな。一歩も引いてなかった」


「………ありがとうございました」


「気にすんな。まぁでも、ああいう時は叫ぶのが一番良いぜ王子様」


「王子っ!?」


「じゃあな。気を付けろよ」


 女性は俺をまるで女の子かのような扱い方をすると、名前も告げずに駅とは反対の方角へと颯爽と去っていくのだった。

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