第10話

 不知火さんの部屋で行われることになった勉強会は何事もなくスムーズに進んでいた。不知火さんは勉強が得意ではないと言っていたが、飲み込みはとても早く教えればすぐに解けるようになった。最初は緊張してまともに話せるかと不安だったが部屋の雰囲気からあまり女子を感じないせいか段々と慣れてきた。


 そうして一時間程度のテスト勉強をし、不知火さんからの提案で休憩をすることになった。適当な世間話をしつつくつろいでいると、世間話の流れでマネージャーについての話をすることになった。


「マネージャーって大変ですか?」


「大変だけど楽しい方が勝ってるよ」


「なるほど……ちなみに一番楽しいのはどこですか?」


「一番かぁ………」


 そう言われたら悩む。どこも楽しいし、大変だし、目の保養になる。だが強いて言うならば1つしかないだろう。


「それならサッカー部かな。やっぱり知ってるクラスメイトが居るって心強いよ」


「ホントですか!?そう言って貰えて嬉しいです!!」


 不知火さんは屈託の無い笑顔を俺に向けてくれた。ちょっと前まで感じていた目のギラつきはやはり勘違いだったのだろう。こんな純粋な笑顔をする人が変なことを考えてるわけがない。


 そんな不知火さんは「そうだ」と急にスマホを取り出した。そのままポチポチと操作し、ある画面を見せてきた。


「これ私のSNSのアカウントです!」


「…………あ、はい」


 見せつけられたのは不知火さんが本名でやっているSNSのアカウント。見るからに陽キャ用のSNSだ。これを見せつけられて俺は一体どうすればいいと言うのだろう。


「…………………ッスー…」


 俺が返答に困っていると、不知火さんは世界の終わりのような顔でスマホを机の下に隠した。そして顔を真っ赤にして俯いたまま喋らなくなってしまった。


「え、どうしたの?」


「……ぃや………その………」


 理由を尋ねようと更に俯いてしまい、不知火さんはついに撃沈してしまった。そんな彼女の様子を見て俺はあることに気づいた。もしや今の行動の意味とは………!


「もしかして…アカウントをフォローした方が良かった?」


「っぐ!!!」


 どうやら図星だったらしく、俺からの追撃に不知火さんは大ダメージを負っていた。俺はすぐに不知火さんに謝ることにした。


「ごめん気づかなくて……俺ってSNSしてなくてさ」


「えっ…!?男子なのに!?」


「……そ、そうなんだよ。いやめんどくさくてさぁ」


 もちろん元の佐川幸太郎はしていたのだが、まるで女子のようなSNSの使い方を今の俺が真似れる気がしなくてアカウントは完全に消したのだ。小中であまり友達がいなかったのも幸いして変に心配されることもなかった。


「そっか……だから探しても見つからなかったのか…………」


「……探したの?」


「えっ……あー…まぁ………その……先輩達が探そうって………言ってて……それで、流れで?的な?」


 目が泳ぎまくっている。嘘なのか気まずさからなのかは分からないが、どちらにせよ後ろめたい事ではあるようだ。

 まぁ何はともあれこれから先も必要になることもあるだろう。不知火さんがこの話をするってことは他の人達もする可能性は大いにある。特に速水先輩とか。なら今のうちに新しく作るだけ作っておくのが無難なはずだ。


「……じゃあ今からアカウント作るよ。設定とか色々教えてもらえると助かるな」


「はい!教えます!何でも聞いてください!」



 というわけで俺は陽キャ御用達SNSのアカウントを作ることにした。自分の名前で作ることに多少のむず痒さは覚えつつも無事に完成し、不知火さんのアカウントと相互フォローをすることになった。


「これで良い…のかな?」


「はいっ!完璧です!」


 色々と設定が終わると、不知火さんは嬉しそうに自分の画面を眺めていた。アカウントの相互フォローくらいでこんなに喜んでもらえるなんて俺も嬉しくなってくる。


 そんな長い長い休憩の後、勉強会を再開。その間不知火さんはずっとウキウキしていた。勉強も捗っていてスラスラと問題を解いていた。少し前まで俺に尋ねてきていたのが嘘かのように。


 それにしても不知火さんはやはりピュアな側の人なのだろう。どっかの誰かみたいにグイグイこないし話していて落ち着く。変な勘違いをしてた俺を殴ってやりたい。



「ふぅ……今日はこの辺りにしておきませんか?」


「まぁそれもそうだね。お疲れさまー……っん…」


 かなり集中して勉強していた気がする。ググッと背を伸ばすと骨が小気味の良い音を鳴らした。そんな俺を見てからか不知火さんが突然俺にとある提案をしてきた。


「…………つ、疲れてます?」


「流石に……あんまり勉強とかしないから…」


「…………マッサージ…得意……ですけど」


「え、本当?」


「っ…はい。佐川くんが良いなら…」


「じゃあ…お願いしようかな?」


 まさかの女子にマッサージをしてもらうという神イベントの到来に俺は快く承諾した。そして不知火さんに背中を向け、肩揉みをしてもらうことになった。


「で、では………」


「…………っあぁ……」


「痛かったら……言ってください」


「全然………すごくいい……」


 女子にマッサージされてる幸福感と不知火さんの技術も相まって本当に気持ち良かった。不知火さんはじっくりと肩を揉みほぐしてくれて、ただのマッサージとはいえつくされてる感じがして最高の一時だった。

 そんな不知火さんの手は背中の方へと下がっていき、小さな円を描くように両手でクルクルとさすり始めた。


「……背中も…凝ってるんじゃ?」


「確かにそうかも………」


「…………スー…腰とかも……」


「そうだねぇ……」


「……………じゃ、じゃぁ……」



「ただいまー!」


「ぅえっ!!?」


 不知火さんにマッサージをしてもらっていると玄関から女性の声が聞こえてきた。恐らく母親だろう。不知火さんに似て元気な人なようだ。その声を聞いた不知火さんは俺の背中から手を離し、距離を取った。突然の終了に俺が若干の名残惜しさを感じていると部屋の扉が勢い良く開いた。


「星奈?あの靴誰の…………」


「……あ、どうも」


「母さん!!!」


 不知火さんをそのまま大人にしたような女性は俺を見て固まってしまった。とりあえず俺は頭を下げると不知火さんが叫びながら母親に飛び付いた。


「お願いだから!!何も言わないで!!」


「……私だってそこまで野暮じゃないけど、連れてくるんだったら言ってくれればお父さんと外食してきたのに」


「そういうんじゃないから!!勉強会!!」


「ふーん?ま、後で聞かせてもらうわね」


 母親は俺に頭を下げて去っていった。すぐに不知火さんは扉を閉め、あれやこれやと謎の説明を始めた。


「ごめん佐川くん!お母さんってば勘違いしてて、ただの勉強会なのに…いや、困っちゃいますよね!あ、駅まで送ります!さぁ行きましょう!」


 よほど母親の乱入が利いたのか不知火さんは大量の汗をかき、俺を一刻も早く帰らせようと急かしてきた。俺はそれに従うように荷物をすぐに片付け、不知火さんからの提案通りに駅まで送ってもらったのだった。


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