第9話

 色んな部活のマネージャーになることが決まってからそれなりに月日が流れた。最初はどうなることかと思っていたが慣れてくれば意外と充実した日々を送れている。もちろん忙しい時は忙しいし、まだ陽キャ女子と話すのにも苦労することはあるがそれでも楽しさが勝つ。


 そんなある日の放課後。今日はサッカー部のマネージャーとしてベンチに座って練習を眺めていた。不知火さんは1年生ながらも練習に参加するようになっており、スタメンに入ってみせるという目標のために誰よりも走り回っていた。




「はい不知火さん」


「ありがとうございます!」


 休憩の時間になり、俺は不知火さんにスポドリを手渡した。不知火さんは疲れを感じさせない笑顔で受け取ってくれて、流し込むようにスポドリを飲んだ。


「っっ……っふはぁ!美味しいです!本当にありがとうございます!」


「なら良かった」


 不知火さんは飲み干したスポドリの容器を俺に返すと、突然周囲をキョロキョロと見回しだした。俺たちの周りには不自然なほどに人が居ない。居ないが離れたところで見てきている部員ばかりだ。


「そっ…そういえば佐川くん!」


「はい?」


 他の部員からの距離のとられ方に疑問を覚えていると、不知火さんは珍しく緊張しながら話しかけてきた。俺がとりあえず相づちをうつと、不知火さんは目線をあちらこちらに散らしながら話を続けた。


「佐川くんは……勉強とか…出来ますか!」


「………それなりに」


 不知火さんからの質問に素直に答えてみた。流石に高校生活は2週目というだけあってそれなりに理解は出来ている。

 そんな俺の答えを聞いた不知火さんは一気に顔が明るくなり、俺の目を真っ直ぐに見つめて近寄ってきた。


「だったら!勉強会とかしませんか!」


「勉強会……あー中間テストのための?」


「そうです!是非一緒にしましょう!」


 そう。来週から中間テストのテスト期間に入るのだ。つまり部活は休みになり、テストに向けて勉強することになる。スポーツの名門だからこそ、勉学にも厳しいようだ。

 それにしても女子との勉強会……なんと素晴らしい響きだろうか。断る理由も特にないし不知火さんなら速水先輩みたいなもしものこともないだろう。


「分かった。場所は?」


「あ……場所は…私の部屋………とか?」


「え……」


 いきなりの案に少し驚く。そんな俺の様子を見て不知火さんは分かりやすく焦り始めた。


「いえっ!ほら!図書館だと…その時期は混んでますから!だから部屋なら落ち着いて出来るかなって……嫌ならいいんです!全然!」


「嫌じゃないけど、いいの?」


「いいですいいです!あ、綺麗ですから!すごく綺麗です!全然汚くなんてないです!」


 俺の気にしているところはそこじゃない。でもこれがこの世界の普通なのだろう。女子は男子を部屋に簡単に誘うものなのだ。


「………じゃあそれで」


「っ~~!!はい!!!」


「星奈~?そろそろ終わったか~?」


「あ、はい!すいませんでした!すぐ戻ります!」


 不知火さんは余程嬉しかったのかいつもよりも輝いた目をして練習へと戻っていった。俺はそんな彼女を見送りつつ、次の仕事のためにまたせっせと動き始めるのだった。




 というわけで週が明けた月曜日。俺は不知火さんと一緒に下校することになった。だが不知火さんは何やら緊張しているようで、道中ずっとソワソワしっぱなしだった。


「………ふぅ……すぅぅ…………ふぅぅ」


「大丈夫?」


「え、は、はい!大丈夫です!絶好調です!」


 緊張を取り繕うように笑顔を見せてくれる。俺は大丈夫という言葉を信じてひたすらに後を付いていくことにした。なんとなく嫌な予感もしているが……気のせいだろうきっと。



「つきました!どうぞ佐川くん!」


「失礼します…」


 マンションにある不知火さんの家にお邪魔する。玄関を上がるとそのまま急かされるように部屋へと案内された。

 その部屋はきっと不知火さんの部屋なのだろうが……女子の部屋という雰囲気が感じられない。サッカーボールや謎のポスターなんかも飾ってある。棚に並べてある漫画はスポーツ物っぽいし、どちらかと言えば男子の部屋のようだ。綺麗にはしてあるが部屋にあるタンスが今にも破裂しそうに悲鳴をあげている。


「こ、ここには何もありませんよ!?」


 俺がタンスを眺めているのに気づいた不知火さんは体で隠した。きっとそこに全て詰め込んだのだろう。なんとも分かりやすい。

 そうして俺を座布団に座らせると、リビングに飲み物をとってくると行って部屋から出ていった。




「父さん!絶対に来ないでね!」


 リビングの方から何やら話し声が聞こえてくる。不知火さんの声が大きすぎて扉を貫通している。そしてすぐにドタバタと廊下を駆ける音が聞こえ、2Lのお茶とコップを抱えた不知火さんが帰ってきた。


「どうぞ!好きなだけ飲んで良いですから!」


「……ありがとう」


「いえ!」


 さっきから元気が空回りしているような気もする。恐らく男子を部屋にあげてるから緊張しているのだろう。もしかして俺が初めての男子だったりするのか?これだけ可愛いし彼氏くらいいたことありそうだがどうなのだろうか。


「では……はい!勉強会!しましょう!」


 何はともあれ今は勉強会が優先だ。俺はあくまでも何も気づいていない素振りを貫く。良からぬ勘違いをして不知火さんに引かれては目も当てられないからだ。

 なんだか不知火さんの目が普段よりもギラついている気もするが………多分自意識過剰ってやつに違いない。

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