第5話
サッカー部のマネージャーをした翌日。今日はテニス部のコートへと向かおうとしていた。そんな俺の背中をポンっと叩き、聞いたことのある声の女子が話しかけてきた。
「お疲れさまっ。なんか大変そうだね」
その女子は先日の修羅場の時に声をかけてきたテニス部の女子だ。茶髪のポニーテールで不知火さんよりは大人びている。
「お疲れ様です。今日はお願いします」
「へ?あ、今日はテニス部なんだ。マジか」
俺からの答えに茶髪の女子は「仕方ないかぁ…」と小声で呟くと、喉を数回鳴らして改めて自己紹介をしてくれた。
「私は
「……佐川幸太郎です。よろしくお願いします尾白先輩」
「おぉっ………先輩…!男子にそう呼んで貰える日がくるなんて…………いいねっ!」
尾白先輩はどこか演技じみたリアクションで俺に笑顔を見せ、そのまま2人でテニス部のコートへと向かうのだった。
テニス部では顧問の先生から色んな事を教わった。簡単なルールやジャグと呼ばれる大きな水筒のような物の使い方。ボールの管理に部室の掃除に…………サッカー部でのマスコット扱いが嘘のような仕事量を教えられた。とはいっても他の部員と協力して行うとのことなので多少はマシなのだが、他と混ざったり忘れないようにメモするノートを別にした方が良さそうだとようやく気づいた。
そんな中、ベンチに顧問の先生と一緒に座りながら練習を眺めていると尾白先輩の姿を見つけた。だが尾白先輩の動きはどうにもぎこちなく、感じていたイメージとは違う堅苦しい動きをしていた。
俺はその事が気になり、なんとなく先生に尋ねてみることにした。すると先生も尾白先輩の様子が気になってはいたようで、逆に俺が感じた尾白先輩のイメージについて質問をしてきた。
「佐川の前ではアイツはどんな感じなの?」
「どんなって………少し陽気で頼れそうな先輩ですかね?」
「…………なぁるほど。ちょっと舞!こっちきな!」
「えぇっ!?いやっ……それは………!」
「いいから!」
「……はいぃ…………」
尾白先輩は肩をがくりと落としながらもこちらへと走ってやってきた。周りの部員も何やら楽しそうに笑っており、俺はその理由をすぐに知ることになった。
「…………な、なんですか?」
「……舞がどうにも調子が悪そうだとマネージャーが言うものだから気になって」
「調子悪くなんて………無いですよぉ…」
「そう?今だって話し方もぎこちないじゃないか。熱でもあるのか?」
「い、いつもこんな感じじゃないですか?」
「……いつもならもう少しおしとやかな話し方だったような――」
「わーー!!!やめてください監督!!ホントに!!」
少しずつ顔が赤くなっていった尾白先輩はついに先生の話を大声で遮り始めた。しかし先生も口を止めずに容赦のない追撃を続けた。
「眼鏡もやめて一体どうしたのか……髪も染めちゃって…………」
「ちょっ……やめてくださいってば!!」
先生の言葉と尾白先輩の慌てようからなんとなく察しがついてきた。俺がどう口を挟んだものかと口論を眺めていると、先生はとある画像を俺に見せようとしてきた。
「ほらこれ去年の集合写真なんだけどね」
「だからっ……お願いします監督!!自分で説明しますから!!!」
尾白先輩は俺と先生の間に割り込んでなんとか阻止しようとしてきた。先生は尾白先輩を躱すように立ち上がり、おふざけではない厳しめの口調で尾白先輩に注意した。
「見た目くらい好きにすればいいけどね、マネージャーがいるくらいで練習に身が入らないんじゃ意味ないよ。あんたには期待してるんだからしっかりしてもらわないと」
「…………はい。すいませんでした」
「……お前らもこっち見てないで練習しろ!それとも外周が良いか!」
先生は練習中の部員達に激を飛ばし、それに合わせて部全体の雰囲気が一気に引き締まった。そんな中、尾白先輩は俺の隣に座ると気まずそうに語り始めた。
「実は………っ…今まで君の前ではカッコつけてました!」
「……あ、はい」
「…………1年前まで私ってめっちゃガリ勉で、それで……共学になったら男子のマネージャーとかくるのかなぁって考えて………先輩として……モテたいなぁ…………なんて……思っちゃって…」
「それで髪を染めて眼鏡もやめた……と」
「うぐっ……その通りです…………」
本人はものすごく気まずそうにしているが微笑ましい話でしかないように聞こえる。確かにそれで練習に支障をきたしているのは問題なのだろうが、何をそこまで気にすることがあるのだろうか。思いきって聞いてみるか。
「それがどうかしたんですか?誰にでもある話なような……」
「だって……ほらカッコつけたいがために共学デビューとか…さ、なんか男子狙ってるみたいで怖くない?バレたら引かれるだろうなぁってて…だから他の部員とか監督と話をしてるたびに気になっちゃって…………」
言いたいことは分かった。分かったがやはりそれほど気にすることではないと思う。むしろ俺は嬉しい。それは価値観の違いからなのかもしれないが、尾白先輩みたいな人が実は真面目な人でしたなんてグッとくる要素しかない。ここは多少キモくてもハッキリと伝えるべきだろう。
「俺はそういうの全然気にしないので。安心してください」
「…………引かない?」
「引きませんってば」
「…………………それってさ、え……そういうこと?」
「……そういうこと??」
「だからっ……気にしないってことは――」
「舞!いい加減終わったか!」
「っ……は、はい!」
尾白先輩が何かを言いかけたところで先生が声をかけてきた。尾白先輩は言いかけた言葉を飲み込むとすぐに立ち上がって元気な返事をした。
「終わったなら練習に戻れ!」
「はい!!!」
尾白先輩は練習に戻る間際、俺の方に振り向いて頭を下げた。
「ごめん。不甲斐ないとこ見せたね」
「いえ。大丈夫です」
俺が当たり障りのない答えを返すと、尾白先輩は顔を上げ、少し照れながらもキメ顔を作ってみせた。
「じゃあよろしく!マネージャー!」
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