第4話
流れに身を任せ、マネージャーをすることが決まったその翌日。生徒会の方々の厚意と不知火さんからの要望を受けて最初はサッカー部のマネージャーとして働くことになった。
といっても実はこれといってやることは無かった。理由は単純。他の1年生の部員がほぼやってくれるからだ。スポーツの名門とだけあって部員も多い。それにまだ入学したての1年生は練習に参加出来ていない。玉拾いとか声出しとかは部員の仕事だ。
じゃあマネージャーの仕事はなんなのかというと…………
「はいどうぞ」
「ありがとマネージャー!!」
「っはぁぁ!!!マネージャーからスポドリ貰えるとか………共学最高!!!」
言いたくはないがマスコットだ。スポドリを渡したりするくらい。想像よりも楽なのはいいが気になることもある。
「おい1年!!次試合すっから早くゴール運んで!」
「「「「は、はーい!」」」」
男の俺が何もしていないのがどうも引っかかる。動こうにも先輩達から止められてしまい、ベンチに座っているだけの時間ばかりだ。その間にも俺をサッカー部に誘った不知火さんは雑用をこなし、練習には参加出来ていない。
これが当たり前の世界だというのは分かるが、あまりにも落ち着かない。女子ばかりに任せて男の俺が力仕事をしないなんて。
「……………っ」
「……どしたのマネージャー?」
「俺も手伝ってきます」
「いいって。マネージャーは座っててよ。力仕事は任せて」
「………いってきます」
「えっ……ちょっと!」
先輩の制止を振り切り俺は不知火さん達1年生の元へと向かった。鍛えている不知火さんなら大丈夫なのは分かる。それは分かってるが、あのまま座っていてもムズムズは収まらないのもまた事実だ。
「不知火さん!」
「うぇっ……佐川くん!?どうしたの!?」
駆けつけた俺を見て不知火さんや周りの1年生も驚いていた。俺はそのまま不知火さんの横に立って一緒にゴールを運ぶのを手伝った。
「……マネージャーだから」
「………………そっか。ありがと」
こうして皆で一緒にコートの場所まで運んだのはいいのだが…………
「はぁっ……はぁ……………重すぎ……」
「大丈夫ですか佐川くん……?」
終わった後はこの体のあまりの非力さに俺は肩で息をすることになってしまった。前世ならこれくらいなんてことなかったのに……きっと運動ということと無縁な生活だったのだろう。カッコつけるならもう少し体力をつけないとダサすぎる。
その後も色々な雑用をこなしていき、初日は案外順調に過ぎていった。結局不知火さん達1年生は本格的にサッカーをすることはなく、これが厳しさなのだろうも実感するハメになった。
そして部活終わり、先輩達にスポドリを運んだりうちわで扇いだりしていると思いもしなかった光景が飛び込んできた。
「あっちぃ!!!」
「ちょっ!?!」
先輩部員の1人が急に練習着を脱ぎ始め、健康的なスポブラを晒したのだった。
「おいこらバカ!マネージャーいるって!」
「え?あ!ごーめん!こういうの無理なタイプだった??ごめんごめん!許して!」
「いや無理というかっ……いえ……大丈夫です!」
俺のリアクションで他の部員が注意をし、謝られたが俺はとっさに大丈夫と答えてしまった。
「そう?大丈夫ならいっか!」
「いいわけないでしょ。とっとと部室に戻れ」
「ちぇ~」
結局その部員はスポブラのまま部室の方へと向かっていった。そして改めて周りを見てみると、脱ぐとまではいかないにしてもタオルで汗を拭いている部員は多く、お腹やスポブラがチラ見えしている。
「…………天国かもしれない」
昨日はどうなるかと思ったマネージャー生活だが、こんなご褒美があるならこれからも頑張れる気がする。そう感じた初日だった。
「佐川くーん!一緒に帰りましょー!」
顧問への挨拶も終わり、後は下校するだけとなった。すると不知火さんがいつも通り元気良く声をかけてくれて、俺はその提案を受け入れることにした。
「お疲れ様です。マネージャーのお仕事は楽しかったですか?」
「…………意外と」
「なら良かったです!……本当に」
忖度なしの正直な感想だ。主に最後のご褒美タイムが全てなのだが。
そんな不純な動機でマネージャー仕事に楽しさを見いだした俺とは違い、不知火さんの顔はどこか落ち込んでいるようにも見えた。
「どうかした不知火さん?」
「え……どうもしてませんよ?それよりもどうでしたか?先輩達すごかったですよね!」
本人はそう言っているが嘘にしか聞こえない。話題をそらされたし、不知火さんは雑用中もずっとグラウンドを眺めていた。足を常に動かし、走り出そうとしているのを堪えているようにも見えた。
分かってる。部活というのは厳しいことだと。どこの世界でもそれは変わらないのだろう。俺なんかに出来ることはないことも。
でも、こんな俺でも応援くらいなら出来るはずだ。
「……俺は早く不知火さんがサッカーしてるとこが見たいよ」
「ぇ………」
上手い言葉が見つからず、そんなことしか言えなかった。突然すぎて不知火さんも困ってしまっている。そんな顔を見ていると恥ずかしさが込み上げてきて、俺は不知火さんから顔を背けるように車道の方を見た。
「……………そう……ですか」
不知火さんはボソリと呟いたかと思えば隣からバチンッという皮膚がぶつかる音が聞こえてきた。その音に反応して隣を見ると、不知火さんが両頬を自身の両手で挟んでいた。
「だ、大丈夫……?」
「……はい。大丈夫です。これはルーティーンみたいなものですから」
不知火さんは両頬から手を離すと、そのまま右手の拳を俺の方へと向けて宣言した。
「佐川くん。私、夏までにベンチ入りしてみせます。いえ、それどころかスタメンになってみせます!だから…………」
不知火さんは赤く腫れた頬のまま、いつものような明るい笑顔を俺に見せてくれた。
「これからもお願いします!マネージャー!」
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