第10話
10
そうして立っている私の思想世界は、 冒頭で述べた通り語るに及ばないほどの質素な世界。
一生懸命ファンタジーを目指したものの、発想の貧困が原因なのか、趣味の悪いテーマパークのようだった。
あまりの景色に一瞬顔を赤らめたが、誰に見られるでもないのだから、恥じる必要もない。
その時、ヴヴヴ…と左手にかすかなバイブレーションを感じて目をやると、その上にホログラムのように浮かび上がる教授の顔があった。
「ぎゃ!!!」
『無事についたかい?自分の思想世界を確認したらひとまず帰りなさい。近くに入口と似たような裂け目があるはずだよ。』
その声にキョロキョロと辺りを見回すと…あった!確かにある。
うにょうにょと蠢く草の下。
うっかりすると踏んでしまいそうだ。
「教授、無事につきました。帰り道も確認しました!でも私はまだ帰りません!もう少し、マキの手がかりを探してみます!」
『え?あっちょ…君!!』
通信をなんとか切ろうと、適当に輪ゴムをタップしていると何度目かのタップで教授の顔が消えた。
教授ごめんなさい。
でも道が見えたら、もう止まることは出来ないんです。
私は自分の思想世界をゆっくりと歩き出す。
さっきはただ景色を見回しただけで、ファンタジーになりきれなかった悪趣味のテーマパークという不名誉な感想を持ってしまったけれど、こうしてゆっくりと歩いてみるとまた印象は変わる。
こんなに現実ではあり得ないような景色の中だというのに、なぜか空気は懐かしく甘い。
子供の頃、ヘトヘトになるまで遊んだ夕焼けの帰り道。
そういったどこかノスタルジックな要素が、私の観察眼では気付かけないようなところにあるのかもしれない。
キュッと胸が痛むような切なさが、この世界には感じられた。
私は1番近くの小さなドーム型の山に近づく。
ペールピンクの草に覆われ、風はないのに一方方向にそよそよと揺れている。
その山を眺めていると、やはり小さい頃の記憶が意識をかすめる。
雪の日に、マキと作ったカマクラ。
あまり雪の降る地域ではなかったから、偶に降る大雪が珍しくて嬉しくて、これはチャンスとカマクラ作りを提案したのは私だった。
雪山を作り穴を開けていく作業は思ったよりずっと大変で、雪も充分な量を確保できず、出来上がったカマクラは予想より小さく、泥だらけの汚い仕上がりだった。
それでもマキは嬉しそうに笑い、冷蔵庫の奥に残ったまま、誰もが忘れて放置していた賞味期限切れのかき氷のイチゴシロップを持ち出して、これをかけたらピンクのカマクラになるよって目を輝かせていた。
そして、私と二人で、ピンクのカマクラを完成させたんだった。
私の前で蠢くペールピンクの山はあのカマクラを思い出させた。
そんな感傷に浸っていると、山のてっぺんが徐に盛り上がり、何だろうと見上げていると、その盛り上がった部分が球体になって、こちらへゴロゴロ転がりだした。
…へ?
勢いは山の坂を転がり落ちることで速度を増し、一直線で私に向かってくる。
ちょちょちょ!!ちょ!!!
私の思考回路は『ちょ!!』に占領され、逃げるために足を動かすという指令を出してはくれない。
ぶつかる!!!と思って咄嗟に目を瞑ってみたものの、その後、体に衝撃は感じられない。
ぶつから…ない??
確かめるためにそぉっと目を開けると、足下にはピンク色をした球体が転がっていた。
あのままぶつかっていたら、私は怪我をしていたのだろうか。
思想世界にも怪我ってあるのかな?あとで教授に聞いてみよう。
それより…これは、なんだろう??
気をつけながら、その物体を観察してみる。
大きさはバレーボール程。
山と同じようなペールピンクの草がふわふわとその球体を覆っている。
触り心地が良さそうで、ふと触れてみたい衝動に駆られる。
…思想世界に危険な動植物ってあるのかな?
これもあとで教授に…。
そんな風に頭で考えながらも、その触り心地を試したい欲求に抗えず、その球体に手を伸ばす。
すると一瞬、その球体に手が触れた途端、
「ギャーーーー!!!!!」
「ぎゃーーーー!!!!!」
その球体は叫びだした。
つられて私も叫んでしまった。
驚いて2.3歩いや、5.6歩後ずさった私は、その叫び声をあげた球体を凝視する。
するとその球体には、折りたたまれてはいたが、長い耳が存在した。
そして球体の真ん中には愛らしい目が二つ。
「オマエはダレっ!!」
口は目視できないが、目の位置からそこが口であろうと推測される場所の毛がモゾモゾと動いたから、おそらくそこが口なのだろう。
なんというか、見れば見るほどキュートなその物体、いや動物?は私を警戒しているらしい。
ダレと言われても…。
でもこの世界は私の思想世界よね?私がこの世界の創造主な訳だから…
「…神様よ。」
「カミサマ!!」
何をどう納得したのか、その動物は素直に警戒を解き、ビョーンと私の傍に近寄ってくる。
「カミサマ!!」
「そうよ。あなたの名前は?」
「ナマエ!!ナニ!!」
「名前がわからないのかな。あなたは誰なの?」
「ナマエ!!ナイ!!」
「名前ないのか。仕方ない。神様がつけてあげましょう。」
「カミサマ!!」
私はピンクの球体…動物を見つめながら、ウーンと腕組みをして考える。
…丸いわね。
どこから見ても丸いわ。
そして何だかニコニコこっちを見つめている…
「よし!!ニコマルにしよう!!」
本当はもう一つの理由があっての命名だが、たいした話ではないので、それは後に語るとする。
ニコマルは嬉しそうにまたしてもピョーンと飛び跳ね、私の肩に乗る。
おお!
ファンタジーっぽい!!
ニコマルの手触りは想像以上にふわふわのふかふかで、ほっぺたに当たると思わずうとうとしてしまいそうだ。
ニコマルの毛で作った枕が欲しいと本気で思った。
私はニコマルを肩に乗せたまま、他の山を見て回ることにする。
するとどこからか懐かしい曲が聞こえてきた。
それは拙いピアノの音。
何の曲だっけ?
聞き覚えがあるのになかなか記憶の糸口が掴めない。
何だっけ?
どこで聞いた??
音のする方に進みたいのに、ここが思想世界だからなのか音の聞こえ方が独特で位置が掴めない。
するとニコマルの耳がピンッと立った。
おお!!
ウサギっぽい!!
私の考えていることが分かるのか、それともニコマル自身が気になったのか、ニコマルはその音の場所を特定したようで、迷いなくピョーンと走り出した。
数分間走り続けただろうか、現実世界では運動スキルが皆無に等しい私は、息も切れてニコマルに追いつくことなど不可能なのだが、全く問題なく目的地まで追うことが出来た。これが思想世界の力…。
辿り着いたのは小さな家。
小さなと言っても、本当に小さい。身長158センチの私が腰をかがめて入らなければならないほどの大きさだ。
そう。
昔 近所の公園にあったおままごとの家のような造形。
ここもやはり、胸が痛むような切なさをもたらす。
そして、思い出す。
そうだ、この曲はピアノを習い始めたばかりのマキが毎日毎日家で弾いてた練習曲。
小さなマキの指がもどかしく鍵盤を抑える光景が蘇る。
私はすぐに挫折したピアノ。
マキはずっと続けてるんだよね。
私はそっと、その音が聞こえてくる小さな家の扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます