第8話
8
研究所、と一言で言っても、何を研究するかによって、立地から建物から好条件というのは様々なのだろう。
思想世界の研究所という響きからして、私は少しだけお寺や宗教っぽい建物を想像していた。
サークルで言えば、オカルト研究会のような。
だけどその想像はあっさりと裏切られた。
目の前に聳えたのは、銀色に煌めく半円ドーム型の近未来的建造物だ。
オカルトだとか思想だとか、そういうフワッとしたものではなく、がっちがちの理数系的研究が行われているようにしか見えない。
私はぽかーんと開きそうになる口もとをグッと噛み殺す。
「凄い…理数系の建物ですね。」
思わず正直な感想が口をつく。
桜井教授はその言葉に春の日だまりのごとくホワッと笑って、
「面白い感想ですね。でもそれは真理をついてると思います。」
「真理?」
「宇宙や思想は、科学や物理を極限まで追究したところにあるんです。魔法や超能力、それを実現させることが出来るのは、科学の力だとぼくは思う。」
桜井教授の穏やかな瞳が童子の如く煌めいた。
科学者にはロマンチストが多いと聞いたことがある。
そういうことなのかもしれない。
まるで遊園地に向かう少年のような足取りで、近未来的建造物に足を踏み入れる桜井教授の背中を追う。
中の構造も外見と違わずに、超理数系の印象を失わない。
周りをキョロキョロしながら歩く私は、突然停止した思ったより高身長で印象よりずっと広い背中に抗うことなく激突した。
「ふぁぶ!!」
「言い忘れていた事が一つあります。」
ぶつかってしまった事を謝罪する猶予も与えずに、その背中は語る。
「ここで見たこと、ここで体験したことは、一切口外しないと約束できますか?」
振り向いた教授の目には一切ふざけの色はない。
「…友達にも…」
「駄目です。」
「…両親にも…?」
「駄目です。」
「…インスタに」
「駄目です!」
最後は少しだけ食い気味に返事をする教授。
もちろん最後のは冗談だが、教授の目は笑わない。
「むろん、僕と君の間にはなんの契約もないから、この約束を破った所で君にはなんの罰もない。ただし、僕の研究が公になればなるほど、君の妹、マキさんの救出は約束できなくなることを分かっていて欲しい。」
「救出が?」
教授は私を納得させるように深く頷く。
「思想世界とはとてもデリケートなものなんだ。無事に君がマキさんの思想世界にアクセス出来たとしても、現実世界に荒らされてしまえば、君自身だって現実世界に帰れる保障もなくなってしまう。だから救出が成功し、君もマキさんも無事にこの世界に戻ってくるまでは、黙秘を守って欲しい。」
マキを助けられるなら…
私はゴクリと生唾を飲んだ。
不安がないと言えば嘘だ。
思想世界だって、穏やかな色を称えた目の前のこの人だって、私にとってはついこの間知り得たばかりのあやふやな存在だ。
怪しさしかないこの状況で、本当にこの人を頼っていいのか、自分の中でもう一度思考する。
改めての細かい検証は必要ではなかった。
答えは一瞬で出たからだ。
この人を頼っていいとか、悪いとか、そもそもそこが問題ではないのだ。
この人を頼るしかない。
それ以外の道がない。
私は意を決して答える。
「黙秘します。」
眼鏡の奥のチョコレートブラウンの瞳が、私の意思を確認したのかわずかに微笑み、重厚そうな扉の奥に私を促した。
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