第7話
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「思想世界というのはね、誰しもが心に持っているものなんだ。」
窓から差し込む光が赤みを帯びてきても、教授は説明を辞めなかった。
私も、教授の言葉にマキを助けるためのヒントがないか、一言一句聞き逃すまいと、ちょっと体を前のめりにしながら食い入るように教授を見つめた。
「だけれど、その思想世界の大きさは人によって様々だと僕は考える。思想世界の穴が空いても、気が付かないほど小さな人も居れば、例えば宇宙にブラックホールがあるけど、あれも誰かの思想世界の入口かもしれないんだ。それ程の大きさを持つ人も居る。」
桜井教授は水を得た魚のように 生き生きと語り始める。
「その思想世界の穴って、何かがきっかけで空いたりするんですか?」
「そうだな。一概には言えないけれど、恐怖、不安、そういったネガティブな要素が原因になりうるんじゃないかな。」
「じゃ…マキは…」
「話を聞く限りは、地震への恐怖だったのかもしれないね。」
「私が…脅してしまったんです…。大きい地震が来るよって。」
私がガックリと肩を落としたのを見て、またも慌ててオロオロする教授。
「いや、きっと原因はそれだけじゃないと思う。マキさんは僕の本を読んでいたと言ったね。僕の本を手に取る人は往々にして現実逃避をしたい人が多いんだ。」
「現実逃避?」
「思想世界に逃避を求めてしまうんだよ。だからマキさんも、地震が引き金になったのは可能性としてはあるけど、それだけではない前段階があったはずなんだ。」
「現実から逃げだしたいと思うような事があったと…。」
「心当たりはあるかい?」
私は小さく首を振る。
「それで…助け出す方法は…。」
教授はむぅっと腕組みをして、しばらく上を向いて目をつむる。難儀な顔をして、ハァ…と短く息を吐いた。
「ないことは、ない。」
「あるんですか?!」
「いや、ないことは、ないんだ。そのままの意味で受け取って欲しい。まだ研究段階だし、確実に安全と言い切れない限り、あると言うべきではないんだ。」
わかってくれるね、と珍しく強めに言い切る教授。
「教授の言わんとすることはわかりました。実行するしないに関わらず、救出方法を教えてもらえませんか?妹に、マキに、会いたいんです!」
そしてこの勢いで、聞きたかったけど、怖くて聞けなかった質問をぶつけてみる。
「思想世界に落ちていったマキは…生きてますよね…?」
私のあまりの暗い声に桜井教授はビクッと体をこわばらせてワタワタしながらも、私を安心させようと笑顔を作る。
「大丈夫!落ちたくらいでは死なないよ。だけど…思想世界の滞在が長引くといいことはないよなぁ…。」
最後は独り言のように呟いた。
教授は親指と人差し指で顎をつまみながら、しばらく考えごとをしていた。そのうちにパッと顔をあげると、
「よし、わかった。役に立てるかは分からないけど、現段階までの研究を君だけに公開しよう。研究所に来てみるかい?」
私に、イエス以外の選択肢はなかった。
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