第5話
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すっかり忘れていたけれど、私は大学を訪ねるには随分自然で便利な高校3年生、即ち受験生であった。
学年が上がったばかりではあるけれど、受験生には変わりない。
故に大学のオープンキャンパスの日程はわざわざ調べることもなく手に入ったし、両親や先生達も訝しがることなく送り出してくれた。
だから、いい機会なのだ。
マキの事でなんの収穫がなかったとしても、進学先としての大学見学だと思えば無駄ではない。
だから私が「サクライユウイチ」教授に会いに来ることは、ごく自然なことなのだ。
誰にだかわからないけれど、そんな言い訳をしつつ、私は東泉文化大学の門の前に立っていた。
案内役の在校生は口紅の色が真っ赤であった以外はとてもさわやかで感じが良く、意義深い大学生活を送っていることが推測出来た。
説明もハキハキとわかりやすく、話しやすそうな印象であったため、私は隙を見て「サクライユウイチ」教授の事を尋ねてみた。
「あの…わたしサクライ教授の本を読んできたんです。サクライ教授に会うことができたりきますか?」
「あ~、講義じゃなければ研究室にいるんじゃないかな?行ってみるといいよ。」
脳内シミュレーションよりあっさりと返ってきた言葉に、ホッとする。
「だけど、サクライ先生の本の読者だなんて、変わってるね~」
あははと赤い唇が楽しそうに緩む。
その後、彼女はさも面白そうにとりとめなくサクライ教授の事を教えてくれたが、要約すると
『教授は変人』
ということらしい。
まぁ、あの本を読破した時から予想していた事ではあったから、そう驚きはしなかった。
東泉文化大学というところは、比較的最近に出来た新しい大学だ。
東京郊外の、田舎過ぎず都会過ぎないロケーションが魅力的。
新しいだけあって、設備も綺麗で充実している。
学食にはオープンカフェを採用しており、ちょっとしたピクニック気分も味わえそうだ。
成り行きでこの大学に来てみたけれど、進学先として悪くはない。
私の成績がこれ以上落ちなければの話だが…。
研究所もいくつか併設していて、卒業生がそのまま研究所に就職するケースも少なくないらしい。
サクライ教授の肩書きにあったメディカルなんちゃら研究所も、もしかしたらその中の1つなのかもしれない。
一通り 大学の説明を受け見学を終えた私は、赤い唇のお姉さんに教えてもらったサクライ教授の研究室に向かう。
研究室と書かれた白く無機質な扉の前に立つと、さすがに緊張感が走る。
でも、ここまで来たんだ。
行くしかない。
意を決してコンコン、と遠慮がちなノックをしてみる。
遠慮がちにしたつもりなないのだが、緊張感がそうさせた。
…返事はない。
不在?
それともノックが小さすぎたのか…。
扉の前、もう一度考えて、今度はもう少し力強くノックをしてみる。コンコンというより、ドンドンに近い音が響いてしまった。
…返事はない。
私はやけになってもう少し力強くノックをしようと腕を振り上げたとき、
「ん?何か用かな?」
と、背中から優しげな声が響いた。
振り上げた手もそのままに振り返ると、その人は穏やかに笑う。
状況的にこの人はサクライユウイチ教授である可能性が高いけれど、そこには私が想像していた白髪のおじさんとはほど遠い、まだ若い柔らかな雰囲気を持つ男性が立っていた。
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