第2話

2



いつか、紙粘土工作で作ったペン立てに立てたボールペンと定規が、カタカタと音を立てて鳴り出したことで、私はその振動に気付く。


意識して立ち止まるとその足下から不気味な揺れが襲う。


「うわっ…地震!」


ソファーで寝そべりながら本を読んでいた妹も、揺れに気付いたようだ。


幸いにも、その揺れはそれ以上に日常を揺るがすことなく、静まっていく。


「なんか、こういう不気味な地震多いよね。カタカタって終わっちゃうやつ。」


本に目線を落としながら、妹が独り言のように呟いた。


私もスマホ画面を操りながら相槌を打つ。


「そのうち大きいのがドカンとくるかね。」

「ダメだよ。そういうこと言うと本当に来ちゃう。」


妹ーマキは本から顔を上げ、私を軽く睨んだ。


その虹彩を不安げに揺らし、私とよく似てると言われる口元を尖らせている。


「あんたは昔から臆病だからね。」


2歳下のマキは、昔から何をするにも一緒だった。習い事や塾、友達の家に遊びに行くにもついてくるような子だ。


一人が嫌いで一人が怖くて、甘えん坊で寂しがり屋。末っ子の典型のような子だった。


高校生になった今ではさすがにそういうことはなくなったけれど、臆病な所は変わらない。


人間には恒常的であるところと、そうでない所がある。


マキの臆病は前者らしかった。


「もう地震はホントに怖い。せめて私が大人になるまで来ないで欲しい。」

「大人になったらなったで、子供がいたりしたら大変じゃん。」

「それもそうだけど…」

「もう来るなら早く来ちゃえばいいと思うけど。不安で居る方がやだもん。」

「だからそういうこと言わないでってば。」


マキは一本締めでもするかのように、わざとらしく大げさに本を閉じる。


パンっといい音がしたその隙間から見えたのは、繭の間に2本筋がクッキリと浮かび上がるマキの顔。


フンとむくれた顔は3歳の頃の彼女と相違ない。


「あたし、お風呂入ってくる!」


ドスドスと通り過ぎた彼女の残していった、ソファの上の本の表紙には『思想世界の掟』というわりかしメルヘンな文字が見て取れた。


妹は昔からファンタジーやメルヘンといった異型異文化異世界ものの書物を好んだ。


クリストファーと名乗る戦士や、白銀のドラゴン。七色の羽を持ったフェアリーがその世界を支配した。


(相変わらずの選書だな。)


対して、私は違っていた。


現代日本が舞台の物語を好んで読んでいた。


特殊能力を持つ剣士には感情移入出来なかったが、すぐ隣にいるような同年代の世界観には激しく同調できたからだ。


人には一人一人、想像や妄想のキャパシティがあるのだろう。


敵なしの強さを誇る身分を隠した皇子の心を計るには、私には少々そのキャパシティが足りていないようだった。


マキがそのような物語を好む理由を昔に聞いたことがある。


今自分が立っているこの世界と世界観が違えば違う程、その世界にどっぷりと浸かり、現実世界を忘れることが出来るからだと。


本の中ではいつだってワクワクする冒険が出来るよ。どんな怪物に襲われて危険が迫っても、本を閉じればお終いだもの。全然怖くないしね。



と、その時の彼女は語っていた。

臆病なマキらしい、と納得したことを覚えている。


きっと彼女は私にはない既述のキャパシティがあるのだろう。


想像や妄想や思想を司る脳が、私より発達しているのかもしれない。


だからこんな些細な日常でさえも、そういった想像が働き、顕然たる危機管理意識も相まって恐ろしい未来をより現実的に捉えることで、臆病になってしまうのかもしれない。


私はそう理解している。

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