第29話
29 プレミアムチケット
「うっす♪うっす♪みのりさん!みのさんや!はいこれ♪誕生日プレゼント!」
窓の外でセミが鳴いている。
そのセミの鳴き声の暑苦しさとは裏腹に、社内はエアコンが効き過ぎて少々肌寒い。
目の前には茶封筒と、満面の笑みの佐々木。
あまりに普通で、普通すぎて、ノーリアクションになってしまう。
「...っておい!何か言えや!」
佐々木と別れてから半年。
半年ぶりに、佐々木と仕事以外の会話をしている。
社内はエアコンが効いていて、少し肌寒い位なのに、佐々木が側にいるとちょっと暑苦しい。
久々のこの感じ。
「お~い!脳みそ溶けましたかぁ~?猛暑にやられましたかぁ?」
「溶けてんのは、あんたでしょ。何、普通に話しかけてんのよ!」
「何?久しぶりに近くで見た佐々木ってば、あまりにかっこ良くて、見とれちゃった?」
「いや、正直暑苦しいなって思った。」
「お前、なんて事言いやがる。」
なんか、久々だ。
このテンポは久しぶりで、悔しいけどなんか嬉しい。
思わずじわっと目の端に溜まりそうになるものを、必死にかき消す。
「とにかくホレ!これ!開けなさいよ、プレゼント。あんた、再来週の月曜日に、一つばばぁになるでしょうよ。しっかりすっかりアラサーでしょうよ。うんうん、昨日より順調に小じわが増えているようで何よりです。」
「うっさいなぁ。あんただってそんなに変わらないからね?同じ年だからね?」
「いやいや、みのさん。僕の誕生日は来年ですから。干支も違いますからね?そんな同じ年なんていやいや恐縮です、先輩。」
そんな軽口をたたく佐々木からひらひらさせていた茶封筒をひったくり、開けてみる。
「!」
嘘。
なんでこれがここに?
私がこれを手にする事はないと思っていた。
中には。
サンクラのコンサートのプレミアムチケットが入っていた。
「や~、や~、や~。俺ってば、顔と運動神経だけでなく、運も良くってね!当たってしまいました!サンクラのプレミアムチケット!」
佐々木はこの上ないどや顔。
私はそんな佐々木とプレミアムチケットを交互に何度も見つめてしまう。
「...これ...これは、受け取れないよ...。」
返そうとする私の手を、佐々木はぺちっと叩く。
「何を今更常識人ぶってんだよ。約束しただろ。一緒にサンクラのコンサートに行こうって。俺にとんでもないことしたんだから、約束は守れ。」
急に真顔になる佐々木。
覚えている。
確かに佐々木と約束した。
「...もういいだろ。もう十分反省しただろ。このコンサートに二人で行って、それでお終いって事にしよう。俺ももう怒ってんのに疲れたわ。」
そういって、佐々木は少しだけ笑う。
「お前、俺の誕生日祝ってくれたじゃん。財布、何気に気に入ってるんだよね。今だに使っちゃってるし。だから、これはお返し。気に入ってくれた?」
私は素直に頷く。
多分、今の私にこれ以上のプレゼントはない。
佐々木の気持ちが心底嬉しかった。
8月25日。
今年は私の誕生日の前日に行われるらしい。
「では25日は、目いっぱいオシャレして来て下さい。俺との最後のデートなので。」
手の中のチケットをもう一度確認してみる。
本物だ。
夢じゃない。
ずっと封印していたサンクラを、サンクラのコンサートを見る事が出来るんだ。
あの服を着て行こう。
あの服しかない。
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