第28話

28 消えたオリオン



「で。ササキングと別れてから、もう三か月も経つのに、律儀にケータとは連絡とってない訳だ?」


私の部屋で、コンビニのおにぎりをパクつきながら、カオルは言う。


もうコタツは必要ない。


五センチだけ開けた窓から、爽やかな風が舞い込んでくる。

世の中は大型連休真っただ中だが、全くもって浮かれてレジャーする気にはならない。


カオルは何度も私を連れ出そうと声をかけてくれたが、断り続けて今日に至る。


結局カオルにまで私の引きこもりに付き合わせてしまって、申し訳ない。


「うん。だってもう自己嫌悪の極地で。あんなに人を傷つけておきながら、幸せになりたいなんて、思えない。」


あれから、三か月。


あの日から、仕事上の事以外、佐々木とは口をきいていない。


色んな事がしんどくなって、助けを求めるように夜空を見上げても、オリオンはどこにもいない。


オリオンまで、私の前から消えてしまった。当たり前だ。


オリオンは冬を代表する星座なのだから。


「みのちんさぁ。よく考えな?里美と優一君なんて、みのちんを完膚無きまでに傷つけて、二人幸せにやってんだよ?まぁ。あそこまで図太くなれとは言わないけど、もう自分の事、許したっていいんじゃない?」

「ううん。だからこそ、自分が許せない。傷つけられて、悲しくて。だからこそ、誰も傷つけたくないと思ったのに、傷つけてしまった。...カオルの言う通りだったよね。私は間違ってた。佐々木の傍にいるべきじゃ、なかったんだよ。」


私の頑なな態度に、カオルは困った顔。

ため息を一つつくと、何かを思いついた様に顔をあげる。



「ねぇねぇ。みのちん。知ってた?オリオン座ってね、夏でも見えるんだよ?」


何を突然言い出すんだろう。カオルの本意がわからない。


「...そうなの?」

「うん!オリオン座ってね、冬の星座ってイメージが強いから、冬にしか見えないって思うでしょ?でもね、5~7月は太陽の位置と近くて見えないんだけど、8月になると、明け方に見えるんだよ。オリオン座。」

「へぇ...。」

「見えないからって、消えた訳じゃない。オリオンはずっと、見守ってるんだよ。」


カオルは穏やかに微笑む。私はやっと、カオルの言わんとする事がわかった。


「待ってると思うよ。ケータ。」


ケータ...。


ずっと考えない様にしていた人。


胸がえぐられるように痛みだす。


私が外出を好まないのも、街中にはサンクラが溢れているからだった。


私は優一や里美より、ずっとひどい事をした。


佐々木もケータも心に傷を持っていたことを知っていたのに、私は自分が苦しくなりたくなくて、結局みんなを傷つけた。


そして、誰一人幸せにすることも出来なかった。


苦しさから逃げ続けた自分さえも。


「...待ってなんかないよ。私の事なんか。」


ケータの想いから、逃げる事しか出来なかった私の事なんか。


あの日からずっと、テレビの向こう側にいる人。


カオルはもう何も言わない。テレビから流れてくるCMソングを口ずさんでいる。


歌詞を間違えているけれど。


「お!今年もやるんだね!コンサ―トツアー。」


カオルがなんとなしに呟く。


テレビに視線を移してみると、SUN CRUSHのコンサートチケットが当たるという、うちの会社のCMだった。


「社員なんだから、チケットもらえないの?」

「そんなの、貰える訳ないじゃん。社長の娘とかのトコに行っちゃうんだよ。こういうのは。」

「じゃ、応募しなよ。」

「...しないよ。行けるわけない。行く資格なんてない。」

「じゃカオルン応募しようかな♪当たったら、モトちゅんと行ってこよう♪」


今じゃ、手の届かない人の様な気がする。


私は本当に、ケータと友達をしていたんだっけ。


全部全部、私の妄想だったのかもしれないと思う時さえある。


いや、そうであったらいいと。


そんな時は、ケータの家の合鍵を確かめてみたりする。


...うん。


現実だ。


現実だった。


やっぱり、私は罰を受けなくちゃいけないんだ。


この合鍵を見る度に感じる、引き裂かれるような胸の痛みを、私は受け続けるしかないいんだ。


私の手の届かない所で、輝きを放つケータ。


あぁ、そうか。


5~7月は、太陽に近すぎて、オリオンが見えないんだっけ。


ケータは本当にオリオンに似てる。


だって今は、眩しすぎてあなたが見えない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る