第27話

27 決めました。



昼休み。


会社の屋上に、佐々木と二人。


何年もこの会社に勤めているけれど、屋上に来たのは初めてだった。


誰かさんも言っていたように眺めはいい。


東京のランドマーク的なものは一望できた。風で雲がすごい速さで流れて行く。


おかげで富士山までもが、綺麗にその姿を現している。冬の空気は澄んでいる。


「とりあえず...会社としても、サンクラは主力商品のCMタレントな訳だから、今日の事はなかった事にしなさいってお達しが出たみたいよ。」


あの後、大騒ぎになったのは言うまでもない。


でも、その騒ぎから救ってくれて、好奇の目からも守ってくれて、会社の上層部との間に入って話をつけてくれたのは、佐々木だった。


佐々木だって、心中穏やかではないはずだ。


それなのに、私の為に奔走してくれた。守ってくれた。私はどうしようもない罪悪感に苛まれる。


「...ごめん...ありがとう...。」


そう言うのが精一杯だった。


佐々木はそんな私を見て、イライラした様に頭を掻いた。


「あんたねぇ?あんた凄いわ。役者だわ。なんなんだよ。今朝のあれは一体何だったんだよ。俺には聞く権利、あると思うんですけど。」


初めてかもしれない。佐々木が本気で怒っている。それでも怒りを抑えて、私の話を聞こうとしてくれている。


「ケータとさぁ、知り合いなら知り合いって言えよ!それならさ、俺のゆいにゃんが好きと、お前のケータが好きって、全くの別物になると思わない?」

「うん。思う。本当にごめん。」

「はぁ~!もうホント。あなたウザいです。かなりウザい女です。もうさ。俺みたいないい男、お前みたいなウザい女には、似合わないと思うんだよね。」


返す言葉もない。


佐々木の言う通りだと思えた。


「もう、決めました。ボクはね、あなたみたいな女は振りますよ。振ってやりますよ。だって、ずるいもん。嘘はついてないかもしれないけど、そのやり方汚いわ。卑怯だわ。だから、振ります。」


吹き付ける風が冷たくて、頬がヒリヒリする。


それ以上に心がひりひりしている。


佐々木のネクタイが風に靡いてバタバタと暴れていた。佐々木の心が、お前のせいだと暴れてるように見える。


結局、傷つけてしまった。


あんなに傷つけたくないと思った人を。


「もう優しくしないから。やっぱり佐々木がいい~!なんて来たってね。もう俺の事は、受付のミウちゃんや、総務のカナちゃんがしっかりがっちりガードしてね、お前の事なんて相手にしないから。お前はちょっと反省しろ。反省しないと、ケータのとこなんて行かせないからな。一人で反省して下さい。」


佐々木の声が震えている。


それが、寒さから来ているのか、怒りから来ているのか、それとも悲しみからきているのか、無理をしているからなのかは判断しかねるけれど。


バサバサと私たちを打ち続ける、冷たい風。


私だけがこの風に吹き飛ばされて、消え去ってしまえばいいのに。


「泣くな。こんなとこで泣いたら、凍えて死ぬぞ。死んだら反省も出来ないだろ。」


こんな時に泣くなんて、自分でも卑怯だと思うけれど、涙が止まらない。


佐々木ごめんね。


ごめん佐々木。


ごめん。


何回繰り返しても、足りない。


消えてしまいたいだなんて思うのも逃げだ。


私はここでちゃんと苦しまなくちゃいけない。優しい人を傷つけてしまった。


佐々木も、ケータも。


「...泣くなよ。一生懸命嫌いになろうとしてんのに。そんなに、可愛く泣くな!」


佐々木はたまらなそうに、私を抱き寄せる。


「俺の胸で泣けるなんて、最初で最後だからな。ありがたく思え。もう、お前みたいな女は好きじゃないんだからな。」


佐々木は嘘つきだ。


もう優しくしないと言ったくせに、最後の最後までこんなにも優しい。


二月の屋上は寒いけれど、佐々木の傍は、いつも、いつだって、あったかい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

八月のオリオン @salmon_blue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ