第25話

25 見覚えのある人




「おい!さっびぃな!すげさっびぃな!」

「寒い寒いうるさいな。黙って歩きなさいよ。」

「どうして!年末の挨拶回りも俺ら、年始の挨拶回りも俺らな訳??」

「美しいからじゃない?」

「そか!納得!年末年始は美しいものを愛でたいよな♪」


...単純なやつ。


そして無駄にポジティブ。

今日も佐々木は扱いやすい。


「それに寒いけど、挨拶終わったら直帰できるし、楽でいいじゃん。」

「まぁね~。木下と二人でいられるしな!...これってデートだろ?」

「仕事です。」

「じゃ、デート妄想で、仕事するわ。」

「あんたは本当に生きてて楽しそうよね。」


年始の都会は、何となく年末の雰囲気とは違う。高いビルだらけの街は、すっかり仕事モードだ。


年末の、あの浮かれた感じは見受けられない。


同じ街を、同じ人と歩いているっていうのに。


ビルの一階部分には、高そうな雑貨屋さんや、高級ブティックが立ち並んでいる表通り。


向こうから歩いてくる、一人の女性に目が留まる。


その人が、ただ単に人目を引く顔立ちだったからってだけでなく。


私はその人に、見おぼえがあった。


忘れられないその人は、確かにひかりさんだった。


そして。


どうやら、ひかりさんも、こちらに気が付いた様だ。こちらをチラリと見やって、何かに気づいたように、視線をとめる。


「...あれ?あなた...」

「あ...どうも。こんにちは...。」

「やっぱり、そうよね!良かった!間違えてなくて。」


この間は泣き顔だったけど、この人は笑顔も素敵だ。

今日はラフに髪の毛をまとめている。


それだけなのに、洗練されたオシャレ感が漂う。


どうしようもない敗北感。

劣等感が私を襲う。


「何?知り合い?何だったら、お茶でもしてくれば?」


佐々木にしては、珍しく気の利いた事を言う。


けれど、この人と二人で、何を話せって言うんだろう。

そんな風に思った私とは対照的に、ひかりさんは言う。


「私、あなたに話したいことがあるの!大丈夫なら、少しお茶でもしながら、お話させて欲しいな。」


そう微笑むひかりさんは、見とれてしまう位に素敵だ。


「あ...じゃ、どこかに入りますか。...佐々木ごめん!後で連絡する。」

「了解~。」


そして私たちは、コーヒー1杯700円もするカフェで向かい合って座った。


平日の午前、お客さんは少ない。


聞いたことがあるようなBGMが流れているが、何の曲かは思い出せない。


変な緊張感が漂っている。

この人は一体、私に何を話すつもりなんだろう。


「なんか...無理矢理だったかな?大丈夫?」

「あ、大丈夫です!一応仕事中なので、30分位で良ければ...。」

「やだ!仕事中なの?ごめんね!」

「いや、外回りだから、少しくらいは大丈夫なんです。息抜きになるし、逆に有難いですよ。あ、でも上司には内緒ですけど。」


ひかりさんはフフフと笑う。


彼女の色素の薄い肌や髪を光が照らして、髪が揺れ動く度にキラキラと輝いた。


「なんだ。良かった。一緒にいた男の人。彼氏かと思っちゃった。」


それはとても"彼氏なんです。"とは言えない様な空気で。


「この間はごめんね。突然お邪魔しちゃって。びっくりしたでしょ」

「いえ!私はただの掃除の者ですし、邪魔者は私の方です!」


ひかりさんは何も言わずに、私の顔を凝視する。

何かを量るかのように。


私は思わず俯いてしまう。


「...あなたはただのバイトだと思ってるのかもしれないけど...ケイはきっと違う。」


ケイ...ひかりさんはケータをケイと呼ぶんだ。


今更ながら、この人とケータの共有してきた時間の長さを思い知る。


「あの時、あなたが出て行った後、ケイはずっとあなたの事、気にしてたの。」


胸の傷口が開いてしまったかのように、じくじく痛みだす。


「あまりに気にしてるから、彼女?ってきいたら、"今は違う"って。」


今は...


「じゃ、彼女にしたいと思ってる子なのねって言ったら、少し考えてたけど、そうだと思うって。」


ひかりさんの澄んだ優しい声は、すっと胸の奥まで響いていく。

まるで、開いた傷口に染み渡って行く薬の様だ。


ただ、ちょっと沁みすぎて痛い。


「私との事は、ケイの中でとっくに終わっていたの。それがケイの中ではっきりしたのね。」


ひかりさんはカフェオレを一口飲んだ。上品という言葉は、この人の為にあるんじゃないかと思ってしまう。


「だから、私に遠慮なんて、全然する必要ないからね。」


ひかりさんはそう言って 微笑んだ。陽の光に透けて溶けてしまいそうな笑顔。


「...ひかりさんは...ケ、ケータの事はもういいんですか。ケータに会いたくて、来たんじゃないんですか?」


ひかりさんは、ふっと口元を緩める。


「...うん。いいの。別れた旦那とは色々あってね。辛くて...。思わず頼ってしまったけど、頼る人を間違えたみたい。」


ひかりさんの瞳に迷いはない。穏やかな光を放っている。


「そろそろ、時間ね。少しでも話せて良かった。」


この30分で、ひかりさんの印象はだいぶ変わった。


もっと弱くて、儚そうな人だと思っていたけど、ずっと自立していて、しっかりとしている女性なんだ。


「私も...話せて良かったです。」


ひかりさんが席を立つ。

その後ろ姿にお辞儀をしてみる。


ケータが好きになった人は、とても素敵な女性だった。

その事が余計にケータを恋しくさせた。


会いたい。


ケータに会いたいという思いを、コーヒーと一緒に飲み込む。


700円もしたコーヒーはどうしようもなく、苦かった。

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