第22話
22 雨音
今日は会社を休んでしまった。
昨日泣き過ぎて、顔がとんでもない事になっているせいもある。
でも一番は、佐々木に合わせる顔がなかったからだ。
昨日の夜は、ケータを想って思い切り泣いてしまった。こんな想いをひきずって、佐々木には会えない。
今日は、ケータの家に合鍵を返しに行く。
ちゃんと返せたら、佐々木に会いに行こう。
もう一度、誕生日を祝い直そう。
窓の外を見れば、生憎の雨。
昨日のお天気お姉さんの言う通りだった。
いつから降り出したのだろう。
道路はすっかり濡れている。
ケータの家の鍵を改めて、手に取って眺めてみる。細長く、特殊な形をしたそれは、私の中で本当に大きな存在だった。
思えばこれを受け取った時が一番幸せだったのかもしれない。
今まで、私とケータを繋いでくれて、ありがとう。
なるべく明るい気分で出掛けられる様、一番高かったお気に入りの傘を新調してみる。
外に出てみれば、思ったより雨は降ってなかったけれど、雨の粒が大きかった。
初めてケータの家に上がった時は、優一の事で頭が一杯で、こんなにケータを好きになるなんて、思わなかった。
あの日のケータは、あったかくて美味しい料理をたくさん出してくれて、私に頑張ったと言ってくれた。
胸がグッと痛くなって、涙が出そうになる。けれど、私はもう泣かない。目尻の涙が乾くように、少し上を向いて歩いてみる。
そうだ。
私は前に進んでる。
だから、大丈夫。
天井の高い大きなエントランスを抜けて、ケータの部屋に向かう。
ガチャンと扉を開けば、そこはいつもと変わりなく、私を受け入れる。
えっと、確か、リビングのテーブルの上に忘れ物があるって言ってたっけ。
リビングに向かうと、テーブルの上にはお皿に可愛く盛られたケーキが置いてあった。
それは、いつかのケーキと同じ。ひかりさんが来て、最後まで食べられなかったあのケーキだ。
「あの日、全部食べられなかっただろ。」
ふいに後ろから声をかけられる。
私は驚き過ぎて、体が硬直したかのように振り向けない。
「だから、忘れ物。受け取れよ。」
なんで?
どうしてケータがいるの?
今日はケータ、家にいないはずじゃ...。
やっと振り向いて見ると、そこにいたのは確かにケータだった。
腕組みをして、壁にもたれて立っている。その顔は、悲しそうにも、怒っているようにも見えた。
「なん...。なんで?なんで、ケータがいるの?」
「...騙す様な真似して悪かった。でも、こうでもしないと、お前、話に来ないだろ?」
「だって...いや、でも、待って...。」
「話がしたい。」
ケータがつかつかと近寄ってくる。いつもの真っ直ぐで、力強い瞳。
ケータはいつも真っ直ぐに、私を射抜く。
ダメだ、帰らなくちゃ。
「私...帰る...!」
私はケータの脇をするりと潜り抜けて、玄関に走って向かう。
「みのり!待てよ!」
「私は話なんかしたくないの!」
「前回みたいな事を警戒してるなら、今日は大丈夫だから!」
「そんなんじゃない!!」
私が玄関の扉に手をかけて叫ぶ。
すると、後ろからダン!と扉を押さえるケータ。
必然的にケータと扉に挟まれた形になってしまう。
すぐ背中に、ケータの気配。
心臓がさっきから、うるさい。
まともな状況判断ができなくなる。
「とにかく話はしたくないの!」
「俺はしたいんだよ。」
「聞きたくない!」
「聞けよ!俺は...」
「いや!」
「お前が好きなんだよ!」
遠くから、雨の音が聞こえる。
今日は雨で良かった。
雨音で、この鼓動がまぎれるから。
「ちゃんと話そう。...話したいんだ。」
絞り出す様な、苦し気なケータの声に、もう抗う術はなかった。
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