第16話

16 ズルい女



「お~!すっげ~人だな。おい。一人10円お賽銭箱に投げたら、いくらになるんだ?」

「あんたはまた、そういう下世話な事言う!」

「けど、残念~!俺の賽銭は五円でしたぁ!」

「いや、私も五円だけども。」

「おやおや、話が分かるじゃないの、みのりさん。やっぱりお賽銭は五円に限るねぇ。」


今日は大晦日。

佐々木と神社に来ていた。


ごったがえす神社は大賑わいで、佐々木の騒がしさが、いつもよりかすんでいる。


昨日、電話で私を誘った佐々木の口調はたどたどしくて、緊張を伺わせた。

あまり待たせては酷なのかもしれない。この人だって、過去に傷を持つ人だ。


「な~、な~。何お願いしちゃう?」

「えー?健康面かな。金銭面かな。適当にその辺。」

「ちょいちょいちょい!!あんたね!神様が年に一回、五円で願いを叶えてくれる太っ腹な企画だよ?!もっと本気で!本意気な願いをしなさいよ。」


どうやら佐々木は、初詣を誤解しているらしい。


「佐々木はどんなお願いすんのよ。」

「ぼく?ぼくはね、とにかくカワイコちゃん達にモテてモテて、モテまくって!」

「ふ~ん。」

「ちょいちょい!流さないで、最後まで聞きなさいよ。相変わらずせっかちな人だねぇ。」

「何よ。早く言ってよ。」

「カワイコちゃん達にモテまくってぇ、それを見た木下みのりが、いや~ん!佐々木は私の~!って、俺の腕の中に飛び込んでくる!...どう?」

「う~ん。そのお願いは難易度高いね。」

「やっぱりかー!!」


いつまでも待つと言ってくれた、この人の言葉に甘えていいのかな。

かといって、安易にOKして、傷つけるような事は絶対にしたくない。


「そんな願い事しなくても、佐々木はモテるの知ってるよ。」

「は?え?あんた何言い出すの?頭おかしくなった?モテませんけど。」

「知らないの?受付のミウちゃん、佐々木さんってかっこいいですよね??ってめっちゃみんなに言いまくってるよ。」

「え?まじか?嘘だろ?」

「経理のカナちゃんも、密かに憧れてるし。」

「あなたね、そんな事言って、俺を試してるだろ!?」

「違うって!ユミコさんも佐々木の事、お気に入りだしね。」


佐々木が押し黙る。


佐々木が黙るのなんて、登場以来初めてかもしれない。顔を上げてみると、佐々木は初めて見たようなむくれた顔。


「佐々木?何?どうしたの?」

「・・・・。」

「佐々木ってば!」


佐々木は何も言わず、私の手を握る。不覚にもドキッとする。


「でも俺は!ミウちゃんより、カナちゃんより、ユミコさんより!木下みのりがいいんだ!」


佐々木の真剣な視線。胸がぐっと熱くなる。


「木下みのりが好きなんだ。」


佐々木の切ないほど強い想いが、繋いだ手から、伝わってくるようだった。


私をとても大切に想ってる。

そんな優しい大きな手。


答えなくちゃいけない。この人の想いに。真剣に向き合いたいと思う。

心から。


「あ!サンクラ!」

「え!?」


ビクッと振り向くと、そこにケータの顔!嘘でしょ!なんで!


「あの子達、サンクラのうちわ持ってる。サンクラのカウントダウンイベント、入れなかったのかな?」


ケータだと思ったそれは、よく見たら確かにうちわだった。ケータの顔が印刷されたうちわ。

そうそう、ケータ本人がこんな所にいるはずがない。


うちわ、うちわ。

あれはうちわ。


突然のサンクラに、心臓が飛び出しそうになってしまった。


「サンクラのカウントダウンの会場、ここから近いらしいよ。」

「あ、そうなんだ。私知らない...。」


佐々木はなんの気なしに呟くが、こっちはサンクラの名前を聞く度に胸がつまる。


「ケータもさぁ、祭りの時、爆発巻き込まれたけど、たいした怪我とかなくて良かったよな。怪我してたら、会社の責任問題にもなりかねないよなぁ。」


私はケータという単語にはげしく動揺する。


「あ、うん。良かったね。」

「それにしても、かっこよかったぞ、ケータ!自分も爆発に巻き込まれてるのに、重傷の木下抱えて、救急車呼んでさ。あの対応力。凄かったわ。部長なんか超パニクってるのに、ケータは冷静に指示出してて。いや、あの人、かっこいいわ。俺、抱かれてもいい。あの件以来、俺、実はすっげーサンクラファン。ひそかに兄貴って呼んでる♪」


...そんなの初耳だった。

あの時、私を助けてくれたのは、ケータだったんだ。


「お前、ケータファンに知られたら、あれは嫉妬もんだぞ。こう、抱きかかえられてたからな。まぁ、俺はケータに嫉妬したけど。」


...もう、やめよう。

こんなにいつまでも引きずるのは良くない。ひかりさんに向かって歩きだしたケータ。私も前を向かなくちゃ。


「...佐々木、聞いて欲しい話があるの。」

「...はい。」


私の口調から、何かを感じ取ったらしい佐々木は、緊張を隠せない。


「私ね、好きな人がいるんだ。でもその人とは付き合えないの。どうかな。私はそれでも佐々木の彼女になれるかな。」


そんな、最低な事を言ってみる。


「...はい?みのりさん、何言っちゃってんの?あんた、そんな人じゃないでしょうよ。好きな人がいるなら...。遠慮なく僕を振ればいいでしょう。何?好きな人って...元カレ??何で付き合えない?振られたって事?」


佐々木はプチパニック。わかりやすい程のパニックに陥ってしまった。


「ケータなの。サンクラのケータ。」


分かりやすくパニクっていた佐々木の動きが、ピタッと止まる。


そして何かを理解したように、クッと笑う。


「...あぁ、そうですか。そうきますか。そうそう。そりゃ、ケータはかっこいいですもんねぇ。誰だって好きになるでしょうよ。僕も好きですし。はい。彼女になれますね。なんたって、僕にもね。ゆいにゃんっていう好きな人がいますしね。部屋にはゆいにゃんのポスターが貼ってありますけどね。それでも僕は木下の彼氏になれますかね?」


いたずらっ子のように、でも嬉しそうに、私に笑顔を見せてくれる。


「何だよ、本気で焦っただろ。」


私はズルい女だ。こういう反応をすると思って、ワザと本当の事を言ったんだ。


「...ケータより、惚れさせてくれる?」

「任せなさい!身長も筋肉も敵わないけど、トーク力と安心感は負けないから!」

「トーク力はいらないけど...。」

「おまっ!俺の一番のチャームポイントに、何言ってんだ!」

「あと、ゆいにゃんのポスターは没収です。」

「のぉぉぉぉぉ~!!」


私は初めて、自分から佐々木の腕に自分の手を絡めてみる。

ほんと。あったかくて安心する。


5,4,3,2,1...ゴーンと除夜の鐘。


「人生最高の年の明け方かもしんない、俺。」

「大げさだよ。」


今日はあいにくの曇り空。

夜空を見上げても、オリオンは見当たらない。そう。


今夜は見えない方がいい。


今日からは、佐々木の事を一番に考えよう。佐々木が私の事を、一番に考えてくれているように。


「明けましておめでとう。木下。今年は木下をめっちゃ笑顔にする。」


佐々木がニカッと笑う。

鼻の頭が赤い。

佐々木は、今までだって私を笑顔にしてくれてたよ。


新年、私は佐々木の彼女になった。

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