第14話

14 隣の男



「うわ!さっびぃな!おい!何故俺らはこんな日に、外回りに行かされてるんだよ!」


隣の男は今日も騒がしい。


「仕方ないでしょ。来週から年明けまで、休みなんだから。挨拶回りしないと。」


隣の男、佐々木はわざとらしく寒そうに体を縮める。


佐々木はあれから、何も言ってこない。だから、私も何も言わない。


今はそんな関係が有難かった。


「さっびいよ。さっびいよ、みのりさん。ちょっとサボって温かいお飲物でも飲みましょうよ。」

「いやです。早く行って、さっさと終わらせます。」

「なんでよ?そんなに真面目にやるこたぁないじゃないの。ホレ。なんつっても、クリスマス・イブよ?イルミネーションが綺麗じゃないのさ。」

「クリスマスだ・か・ら!早く仕事なんて終わらせたいでしょうが!」

「なんでよ??どうせ予定なんてないでしょうよ。あんた、独り身だし?」

「ないですよ?はい。ないです。ないから、早く帰って、クリスマス特番でも見ながら、チキンを食うんです」

「年頃の娘さんが食うとか言うな!」


あの日から、ケータからの連絡はない。


あれから彼女とどうなったのか。


怖くてこっちから連絡することも出来ない。


「でも...俺はラッキーです。こうしてクリスマスに木下と歩けるなんて。」


佐々木の言葉で、一気に現実に帰る。


「一人でチキンなんて食わないで、佐々木君のスペシャルディナーに付き合いなさいよ。」


佐々木はそう言って、ニッと笑うと、私の手をとり、自分のポケットに突っ込む。


拒否する事も出来た。


でも私はそうしなかった。


「さ!ディナーの約束も出来た事だし、さっさと仕事終わらすか!」

「...私、いいなんて言ってないけど。」

「あ?じゃ、早く言えよ。」


私に笑いかける佐々木の鼻を頭は赤い。私の鼻も赤いんだろう。


初めて触れた佐々木の手は、思ったより男っぽい。ポッケの中で上がっていく体温。


「クリスマスディナーは何をおごってくれるのかなぁ?」

「...誰もおごるなんて言ってないけど。」

「あ?じゃ、早く言えよ!」


あははと笑う佐々木の横顔を、改めて眺めてみる。

意外と端正な顔をしている。


思い返せば、この人とはいつも笑っている。


優一に振られて、どん底だった時も、ケータへの想いが溢れそうで、しんどい時も。


この人はいつも、私を笑顔にしてくれた。


そして、いつも笑顔でいてくれた。


「ねぇ、佐々木。」

「ん?」

「いつから私の事、好きだった?」

「え、聞いちゃう?そゆこと聞いちゃう?」

「うん。参考までに。」

「参考?参考にすんなら、真面目に答えるわ。割と初めからですねぇ。」

「初め?」

「入社した時から、あ、いいなって。」

「入社した時って、あんた年上の彼女いなかったっけ?」

「そうそう。いたよ。いました。そん時位から、いいな~って。」

「彼女いるのに?最低!」

「いやいやいやいや。お待ちよ、みのりさん。聞くなら最後まで聞きなさいよ。」

「何よ。」

「あの女さぁ。浮気してた訳。いや、正確に言うと、俺が浮気相手だったみたいで。」

「まじ!?」

「...結構、打ちのめされたんだよねぇ。女ってこんなか!って女性不信気味になったりね。でも、あなたは。彼氏に一途で。彼氏に尽くしてたでしょ。それで、いいなぁって思った。」


ポケットの中で、きゅっと強く手が握られる。


「こんな人に、こんな風に愛されたいと思ったんだよね。」


こんなに空気は冷たいのに、佐々木の声はあったかい。


「...参考になった?」

「...うん。参考にする。」


通り過ぎたお店から、クリスマスソングが流れてくる。心がほっこり。


「いや。いやいや良かったわ!」

「何が?」

「俺はまたてっきり、あの話はスル―されるのかと思ったよ。なかった事になってるのかなって。」

「そんな事しないよ。」

「うん。安心した。参考って事は、前向きに考えてるって事でしょ。良かった!」


そんな風に笑う佐々木を、少しだけ愛しく思ってしまう。


今の私の隣に、この人がいてくれる事はきっと、物凄い幸運な事なのだろうと思う。


「いつまででも待ちますよ。俺は。」


私はこの人の彼女になるのかもしれない。


クリスマスに彩られた町並みの中、そんな予感がしていた。

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