第12話

12 変わっていく関係



「何だよ、もお!全然仕事終わんねぇ!」


斜め前の席で、佐々木が発狂している。


「...さっき、九時までに終わらせないと空調消すって総務から連絡来たよ。」

「…おいおいおいおい、死ぬだろ。凍えるだろ。総務は何か?俺を消す気か??」


時刻は八時三十分。佐々木はあと、30分の命らしい。


「ではお先に~。」

「って!!ちょ、おい!お前終わったの?」

「うん。今終わった。お疲れ~。」

「お疲れ~...じゃなくて、おい!!」

「おい~ ??」

「みのさん!みのさんってば!」

「大物司会者みたいな呼び方すんな。」

「みのり様ってば!!」

「何よ。」

「貴女の30分を僕に下さい!!」


ひざまづいて、書類を花束よろしく差し出す佐々木。


「報酬は?」

「“焼肉とんとん”で宴と参りましょう!」

「よかろう!」


私は背負いかけてた鞄をおろす。


“焼肉とんとん”はお肉がとても美味しくて、この辺じゃ一番の焼肉屋さんだ。


これで私は佐々木の命の恩人。

うん、悪い気はしない。


ここまではふざけてた佐々木もさすがに真面目に机に向かう。


真面目な佐々木。

うん、やっぱり似合わない。


窓の外はもう真っ暗。


風が強いのか、会社の前の街路樹が揺れている。早く帰りなさい、と手招いているように見える。


冬の冷たい空気は澄んでいるのか星がやたらと綺麗だ。


12月。


仕事が立て込んでいるのか、まだ社内に残っている人も目立つ。カタカタとキーボードを打つ音が、いやに耳をついた。

あの人もこの人も、あと30分の命だ。


私に託された書類は簡単なものだった。


10分もしないで終わるだろう。

10分で焼肉とんとんか。

悪くない。


「うし!終わったぁ~!」


佐々木が両手でガッツポーズをしている。いちいち大げさなやつだ。


「みのちゃん!みのりさんや!あんたはえらいよ!うんうん!」

「わかったから、早く焼肉に行く準備をして下さい。」

「ほーい!!」


お調子者め。


外へ出るとさすがに寒い。

ヒヤッとした空気が首元をくすぐる。


ぶるっと身震いをしたら、鼻からふぅーっと白い息。


「ぶははは!鼻息すげ~!」


ガハガハと佐々木が後ろからやってくる。こいつが登場するといつもうるさい。


「言っておくけど、あんたの方が凄いからね。鼻息。」

「だろ~!!俺ってなんでも凄いんだよね!!」

「誉めてないし。」


いち早く焼肉を食べて帰ろう。


ハァ~っと息をつきながら夜空を見上げて見る。


一番に目についたのは寒い日でも、堂々と輝くオリオン。

本当に誰かに似てる。


こんなささいな出来事でさえ、私の胸を震わせる。


私ってバカだな。


小さな胸の痛みをごまかすように咳払いをしてみる。


「今日は食べて飲むよ、佐々木!」

「おうよ!ボーナス入ったし、貢ぐ彼女もいない!財布は潤っております!」

「自虐かよ。」

「お前も彼氏いないだろ?仲間仲間♪」


そういえば、ノリでここまで来てしまったけど、佐々木と二人で食事なんて初めてだ。


そう思ったら、少しだけ意識してしまう。何だかぎこちなくなってしまう。


「佐々木!ユミコさん呼ぼうか!」

「で、ユミコさんの分は誰が払うの?」

「佐々木。」

「お前ふざけんなよ?」


そりゃそうだ。


二人きりってのが気まずくて、ユミコさんを呼ぼうとしたのに、普通に失敗してしまった。


いや、二人だろうが何だろうが、相手は佐々木だ。意識する方がおかしい。


いつも通り、なんやかんや言い合いをしながら歩いていたら、意識する間もなく、目的の店に着いてしまった。



「やばぁい!!うまぁい!!このロース、ロースじゃない!カルビ!!」

「何、訳わかんねぇ事言ってんだよ。ロースはロースだろ。」


香ばしい肉の焼ける香り。

たれが焦げる音。


『焼肉とんとん』の肉は特に厚切り♪


「う~ん!うまっ!!肉の脂サラッサラ!この後味に白飯!う~ん!!」

「うるせ~な!黙って食え!」

「すいませ~ん!生 追加で~!」


さっきまで二人きりで意識するだなんだ言っていた私はもういない。この霜降りお肉の前では誰がいたって霞むのだ。


...ケータ以外は...。


「お前よく食うなぁ。もう少し女らしく食えよ。」

「佐々木の前で女らしく?冗談でしょ。」

「だな!!」


さすが佐々木。

諦めが早い。


「いや、もう今日はね!食って下さいよ。呑んで下さいよ!木下様の為の宴!」

「話が早いのぅ!肉じゃ!肉祭りじゃ!トントロも追加じゃ!!」


焼肉とんとんは、今日も満席。


12月の金曜日。周りのお客さんはほとんどが団体客だ。並ばずに入れたのはラッキーだった。


これなら多少騒いだって、気にする人なんて誰もいない。


あちこちから聞こえる乾杯の声と、グラスのぶつかる音。

楽しそうな笑い声。


そんな騒音の中、珍しくぼそぼそと話し出す佐々木。


「あの...あれ...大丈夫なのか?」

「ん?」

「あれだよ。あれ。祭りの...腕...火傷したろ?」

「あ、大丈夫、大丈夫!背中はもう治ったし、腕も目立たない位だよ。」

「そっか!」


ほっとした笑顔を見せる佐々木。もしかして心配してくれていたのかな。


「あの時、西側行かせて悪かった。ずっと責任感じてて...。あやまろうと思って。」


最初、何を言っているのか、さっぱりわからずにいたけれど、記憶をたどれば何となくそんな事があった気がする。


あの時、佐々木に命じられて、西側に行ったんだっけ。

そこで事件に巻き込まれて...。


私は忘れてしまっていた位、全然気にもしていなかったのに、佐々木はずっと責任を感じていてくれたらしい。逆に申し訳なく思う。


「何でよ。やめてよ!佐々木のせいじゃないじゃん。西側の見回りの方が楽だから行かせてくれたこと、ちゃんとわかってるって!」


それでも佐々木はバツが悪そうに頭を掻く。


「本当に後悔した。あんな怪我までさせて...。本当にごめん。男の俺なら良かったのにな。」

「あやまらないでってば!本当に大丈夫だから!佐々木に謝られるのなんて、気味悪いわぁ!」


私はいつもみたいなノリで、そう言ったのだけれど、スッと真顔になる佐々木。


ん?

言い過ぎたか??


「あ、いやいや、嘘ですよ?気味悪いとは思ってないです、ちょっとしか...」

「俺さ!!」


私の言葉を遮って話し出す佐々木の顔は、とても真剣。


こんな真剣な顔は今まで見たことがない。


「本当に後悔したんだ!好きな女に怪我させた事!」


誰かのはしゃぐ声。


グラスのぶつかる音。


隣のおじさんの吐いた、タバコの煙のにおい。


そんな現実が急にモノクロに変わる。


今、佐々木はなんて言った?


「真面目が似合わなくても、気味悪くてもいい。だけど今だけ真剣に聞いて。俺、木下が好きなんだ。」

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