第7話

7 アイドルファンの男



「今年はなんちゃらとか言うアイドルだと思うんだよなぁ。」


ユミコさんがIDカードをくるくる振り回しながら呟く。


我社では年に一度 地域の皆様に感謝を込めて 盛大なお祭りが開かれる。地域住民との大切なコミュニケーションの場となっている大切なお祭りだ。メインステージでは毎年有名なゲストが招かれ、そのステージを楽しみにしている社員も多い。


「確かに候補には上がってましたねぇ。」

「他は?他は誰の名前上がってた?」

「人気のミュージシャンの名前があがってましたけど、この間捕まっちゃいましたね。」

「まじか。じゃあ無理でしょ~。」

「あとは…サンクラとか。」


サンクラ…と口にするだけで、なんだかくすぐったい。


「それも無理だろ。そんな有名どころは来ないわ。」

「それ以外なら、そのなんちゃら言うアイドルですね。ゴールドセブンでしたっけ?」

「ゴッドセブンじゃなかった?」

「いやゴッデスセブンだったかな。」

「なんかそんな感じですね。」

「じゃ、ほぼ決定だね~。まぁ、去年の演歌歌手よりかは盛り上がるかなぁ♪」


二か月後にせまったお祭りのゲストが今日、決定するらしい。みんな、ソワソワ落ち着かない。あの激動の日々を乗り越えた私の日常はとても平穏で、この浮足立つ感覚は久々だ。


「木下!おい!木下みのり!!」


ふいに名前が呼ばれた。このうるさい声の主は振り向かずともにわかる。同じ課のもう一人のお祭り要員、佐々木智貴だ。


「うっさいな。なんだよ。」

「おめーは口わりぃな!」

「おめーもな!」


私の言葉にガハガハと笑う。同期だから気兼ねがない。


「お祭り会議16時からだからな。遅刻すんなよ。」

「いつも遅刻すんのはあんたでしょ。」

「でも今日は遅刻しなぁ~い♡ゲストの発表だも~ん♡超楽しみ~♡」


こいつはゴールドだかゴッドだか、そんな感じのなんちゃらとか言うアイドルのファンだ。ゆいにゃん、ゆいにゃん♡っていつも騒いでいるけど、メジャーじゃないから全然わからないし、正直退く。


「はいはい、良かったですね~。楽しみですね~。いい子だからお仕事しましょうね~。」

「みのちゃん、冷たい!!」


ユミコさんがゲラゲラ笑う。


「ゆいにゃん来るなら、智貴ともきいつもの10倍がんばっちゃうわ!」


何故かお姉口調の佐々木。

普通にウザい。


「ハイハイ、ガンバッテクダサイネ~。」

「棒読み感、半端ねーな!」


やっぱりガハガハ笑いながら去って行く。何だったんだ、あいつは。


「あんた達はいつも仲良しだね~。犬コロみたいにじゃれあって♪」

「仲良し?じゃれ合う?ユミコさん寝てました?」

「起きてるわ!しっかり見てたわ!」

「あり得ないです。やめて下さい。」

「いい奴だと思うけどねー。佐々木。顔も悪くないじゃない?ほらちょっとジャスティンビーバーにも似てるし。」

「大変!!ユミコさん目が腐ってます!!」

「腐ってないわ!」

「じゃ老眼??」

「そんな年食ってないわ!」


ユミコさんは佐々木を気に入っている。

そして私とくっつけようとしている。

今すぐにやめて頂きたい。


でも。


こんな日常は嫌じゃない。


騒がしく時が過ぎて行って、いつか傷ついた事も笑って話せるようになればいい。

そうなったらいい。


佐々木の迷惑な程大きい声も、くだらないトークも、実は少し私の役に立ってるんだ。

そう思えば、少し位佐々木に優しくできるような気がする。


けど、しない。


優しくなんかしない。

優しくなんてしたら、あいつは調子に乗るだけだ。

やっぱりしない。


佐々木が去った後のフロアは静かだ。ユミコさんもいつの間にか仕事モード。


こういう瞬間が今は一番辛かった。


静寂の隙をついて胸の痛みがやってくる。だけど私は大丈夫だ。こういう痛みは時間が忘れさせてくれることを知っている。


だから、本当に大丈夫だと思えるまで、大丈夫と呪文のように繰り返すんだ。


私は大丈夫。


仕事にも区切りがついて、この静寂から逃れたかった私は、早めに会議室に行って会議の準備をすることにした。

会議室のドアを開けると、すでに机と椅子が並べられていた。


「おう!いいとこに来た!これ配れ。」


見ると、佐々木がお茶の入った段ボールを抱えている。会議の準備なんてした事ないくせに。よっぽどゲストの発表が楽しみな様だ。これでアイドルがゲストじゃなかったら、笑ってやる。


机にお茶のペットボトルを配りながら、ちらっと佐々木を見やる。真剣に机を拭いてい

る。

真剣な佐々木なんてちょっと可笑しい。思わず笑ってしまう。


「何、笑ってんだよ。」

「いや、真面目が似合わないなと思って。」

「なんて事言いやがる。」


何だかんだ言いつつも、佐々木との会話のテンポは楽しい。


「木下も似合わないですけど。」

「真面目さが?」

「いや、可愛らしさが。」

「なんて事言っちゃってんの!?いつも可愛いですけど!むしろ可愛いしか似合わないですけど!」


佐々木がプププと笑う。


「嘘です。嘘。木下さんはいつも可愛いです。」

「心にもない事言うな。」

「本当に思ってるよ。」


不覚にも一瞬、ドキッとうずく心臓。


「部長と課長と木下比べたら、木下が一番可愛いって。」

「おっさんと比べんな。」

「あ~でも佐伯部長はあの真ん丸なお腹が結構可愛いんだよなぁ。可愛さは木下とどっこいかも。」

「おっさんとどっこいにすんな。」


あ~、ドキッとして損した。

所詮、佐々木だ。

だけど 佐伯課長は確かに少し可愛いかもしれない。


そんなアホなやり取りをしている内、次々と他の課のお祭り要員が集まり始める。お祭りの実行委員長も来たようだ。

心なしかウキウキしている。


まさか委員長もアイドルファンなのかな。


「おはようございます。皆さん適当に席についてもらえますか。まずはみんなが楽しみにしているゲストが決定したので発表しま~す!」


一同、拍手。


佐々木なんが目をキラキラ輝かせている。

委員長も早く発表したくてたまらない様子。


「ゲストは一応毎年、当日までシークレットという形になるので、お祭り係以外の社員にも教えないように!」


みんな、は~いと返事。


「では、発表します。今年のゲストは…」

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