第2話
2 残暑の風にカオル
結局、タクシー代は1万弱で済み、一万円は丸々使わないままになっている。これじゃ、私のほうが詐欺師だわ。
「みっの、みっの、みっのり~♪ちゅんちゅんちゅん♪」
万札を握りしめてボケっとしている私の頬を、変な歌を歌いながらつついてくるのは幼馴染のカオル。
「ちゅんてなんだよ。」
「まぁた、オリオンの事考えてるぅ~♪」
カオルは楽しそうな顔で、私のほほを何度もつつく。
「そりゃ考えるよ!良くしてもらってネコババすんのも気がひけるし、かといって返す当てもないし...。」
「でもさぁー!オリオンいて、ホントによかったにゃー!!」
カオルはピースサイン。
「オリオンの言う通り 里美ちゃんと優一君に話聞いてみた方がいいんじゃないの?」
カオルはいやに芯のついた事を言う。
普段がアホ丸出しの不思議ちゃんなだけに忘れがちではあるが、進学校だった母校でもカオルは上位の成績を誇っていた。
頭がいい奴ほど、何を考えているのかわからないものだ。
そう。あの日から一週間。
結局、二人とは何も話せないでいる。全ての事情を知っているのは、カオルとオリオンだけだ。
「今は...会いたくないんだ。話したくないんだ。いつかはちゃんと話そうと思ってるけど...今は駄目なんだ。」
「ふんふんふん♪はい!ポキポッキー♪」
「...聞いてる?」
カオルはお菓子を食べながら歌っている。
ダメだこいつ。
シリアスモード一分もたない。
「聞いてる聞いてる!!話したくないなら、話さなければいいさ♪はい!ポッキー食べな。チョコのとこだけ舐めといたから♪」
「いらねえし。」
「さぁ、共に歌おう!!」
「やだよ。」
ふんふんふんふん♪はい!ポキポッキー♪
カオルの歌をBGMに、万札を眺めてみる。返しに行ってみようか。
会える保障なんてどこにもない。でも会えるかもしれない。
同じ時間に、
同じ場所へ、
行ってみようか。
もしかしたら近所に住んでる人で、あそこがジョギングコースだったのかもしれない。
暗くてお互いの顔がわからないだろうから、判ってもらえるように、あの日と同じ服で、同じベンチに座ってみようか。
ある種の現実逃避なのかもしれない。こんな非現実な事が思い浮かぶなんて。
「あ!サンクラ!!マサかっこいい~♡」
TVから流れるCMにカオルが反応する。途端にあの日の光景がフラッシュバックする。
楽し気な二人の姿...。
ギュっと息苦しくなる。
やっぱり嫌いだサンクラなんて。
「今ツアー中なんだねぇ?みのちんはサンクラの中なら誰が好き?カオルンはねぇ~やっぱマサ!いや、ヒロかな?う~ん、ケータもイイね!!いやいやショウかな~?」
「全員じゃねぇか。」
「やっぱモト君?」
「それ彼氏だろ。」
カオルは彼氏のモト君と大の仲良し。
ラブラブ。こんな感じのカオルを、いつもあたたかく見守るモト君。あ~ちくしょう。羨ましいな、こんちくしょう。
...私達はどんなカップルだったのかな...。
普通に仲がいいと思ってたけど、違ったのかな。
里美より、
私が劣っている所はどこだったんだろう。
相手の全てを解っているつもりでいた。彼の笑顔は、手は、常に私に向けられている信じていた。信じ切っていた。
里美と優一はいつから想いあう様になったのだろう。私の知らない所で、二人には二人の歴史が始まっていたんだ。
「み~の~ちん!!考えすぎはハゲの元!」
カオルがおでこを全開にしてホワリと笑う。窓の隙間から流れる風が、汗ばんだ肌をなでていく。
気持ちがいい。
そうだ。
考えていても、仕方がない。
世の中の悪いものを固く丸めて飲み込んだ様な胸の痛みは、気にしない事にしよう。
きっと時間が痛みを溶かしてくれる。
少しずつ。
でも確実に。
ふんふんふん♪はい!ポキポッキー♪
「こら!私にもポッキーよこせ!チョコついてるやつ!!」
「いや~ん♡」
お菓子を独り占めしたカオルを押し倒しながら 前を向いて歩いていくことを決めた。
こうしてふざけ合いながら、時が過ぎるのを待つんだ。
きっとカオルは分かってる。泣いていても、落ち込んでいても、こうして流れる時間は同じだ。
だからカオルは折角の休日に私のそばにいてくれる。
愛しのモト君のところではなく、
私のところに。
カオル、ありがと。
でもポッキーは返せ。
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