第3話
この世で一番恐ろしいこと、それは先生から見捨てられることだ。私はジレンマの中にいた。病気の治療のために病院に通っているが、病気が治って診察の必要がなくなってしまったら、もう先生に会うことはできない。診察が順調に進めば、先生との距離はどんどん遠くなっていく。
前回の診察では、先生の身体に触れることができたけれど、より一層終わりに近づいた気がした。先生が次回の予約を取ってくれたのは、決してまた会いたいからではなく、私を絶望させないためだろう。私は、絶望したら訴訟を起こそうと思っている。先生のことを社会的に殺すのだ。先生が最も恐れているのは、患者に訴訟を起こされて再起不能になることだから、先生が最も嫌がることをするのだ。先生はそのことを知っていて、私を絶望させないようにしているに違いない。
先生の目的は患者の数を減らすことと、訴訟されないことだ。患者の病気が治っても、患者が死んでも患者の数が減るのだから、結果だけ見たら両者は同じこと。先生は私が死んでも痛くもかゆくもないどころか、患者の数が減るのだから願ったり叶ったりだろう。精神科の患者はあとからあとから湧いて出てくるのに対して、精神科医の数は限られているから、医療の需要と供給のバランスは崩れており、医師の方が圧倒的に優位だ。精神科医という商売は、患者が減っても何も困らないのだ。精神科医が患者の数を減らしたいと思うのは、病気を治したいとか、命を救いたいからではない。商売が傾かない程度に、ウジ虫のように湧いてくるうっとおしい患者から逃れたいのである。
ただし、私がもし死んだあとに私の家族が訴訟を起こしたら困るだろう。今後、先生は訴訟を回避するためにあらゆる手立てを講じてくるだろう。
私はいつか訴訟を起こしたい。でも、訴訟を起こしたら今度こそ先生には法廷以外で二度と会えなくなってしまうし、私は決定的に先生の敵となってしまう。そうなっても構わないほどに、全てを失ったら裁判を起こそう。
先生が私に与えた苦しみは、先生が私と関わっていることの証だ。今までずっと先生は私に精神的苦しみを与え続けてきたが、ついに身体的苦しみを味わうことができた。先生が存在することを証明する甘美な苦しみを抱きしめる。エーリッヒ・フロムは、男性は女性に精液を与えるのだと書いた。先生は、私に愛を与えたのだ。私が知ることのない愛を。
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