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第53話

その日は早瀬医師の説明で終わりとなった。

四日後の日曜日に再度、治療の実施について確認し、治療を行うなら本人と保護者とで同意書に記入してもらうということだった。

大学病院を出た帰り道では、珠月の母と父が浮かない顔つきでどうすべきかを話していた。説明を聞き、気軽に受けられる治療ではないと思ったのだろう。当の珠月はふたりが話している内容に耳を傾けているのか、黙々もくもくとふたりのあとをついて歩いていた。

湊人は珠月たち家族とともに駅から電車に乗り、途中の乗り換えの駅で別れた。

ひとりになると、早瀬の言葉がよみがえってきた。

早瀬はきっと、説明したようなリスクをおかしてまで本当に治療が必要かを、珠月本人の気持ちを確かめたうえで決めさせてやってほしいということが言いたかったのだろう。

珠月自身は、どうしたいのだろうか。

いまの湊人にはわからなかった。

さらに言うなら、いまの珠月と、本来の記憶を持った珠月は、どうしたいのだろうか。

どちらの珠月だとしても、珠月の気持ちを尊重そんちょうしてやりたいと思った。


翌日、大学での講義中に谷原たにはら刑事けいじの番号から着信があった。席を外して廊下に出ると、湊人から谷原刑事の番号へ折り返し発信した。

『もしもし、神林くん?』

谷原刑事の低い声が聞こえた。

「もしもし、神林です。電話いただきましたか」

湊人は谷原刑事へ問いかける。刑事から電話とは、なにごとだろうかと思った。

『じつは、染川拓海くんが目を覚ましたんだ』

湊人はそれ聞き、心臓が飛び跳ねたかと思った。

「えっ、ほ、ほんとですかっ?」

『ああ、呼びかけにもちゃんと応えてる。後遺症こういしょうとかもなさそうだ』

「よかった……」湊人はほっと胸をで下ろした。拓海が無事で本当によかったと思った。

『オイ』

急にするどい声が電話から聞こえ、湊人はびくりとした。それは谷原の声ではなかった。

『おれだ、神楽木かぐらぎだ』

どうやら電話口は谷原から神楽木刑事へ代わったらしかった。

『おまえ、なんで隠してた』

「は?」

湊人はなんのことだろうかと思った。

『とぼけるんじゃねえ。北村珠月、染川拓海のガールフレンドのことだ。事故にあって記憶喪失らしいな』

ぎくりとした。しまった、そういえば刑事たちには珠月の話はしていなかった。だが、拓海のこととなんの関係があるのだろうか。

『…ピンときてねえみたいだな。いいか、染川拓海がケンカした理由はその女だ。それもその事故に関係してるって話だ』

「え?」湊人は耳をうたがった。「拓海のケンカが、珠月が原因?そんなまさかっ!」

ちっと電話ごしに舌打ちする音が聞こえた。

『説明してやる。大学が終わったら病院まで来い』

そういうと神楽木は電話をぶつりと切った。

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