第52話

「まずは治療法についてですが」早瀬はそう前置きしてから、説明をはじめた。

早瀬によれば、治療法は近年取り入れられた専門機械によって頭部へ電極でんきょくを取り付け、電流を流す方法ということだった。

微弱びじゃくな電流を脳波測定しながら数回に分けて流し、放電量ほうでんりょうなどを調整しながら直接、脳の休眠部分に刺激を与えることで、休眠中の海馬の活動を再開させるというものだった。

「休眠状態の部位へ電流を流すことで、他の活動電位の流れを促すことによって、部位に活動電位の動きを作ります。そうすると休眠状態の部位が電位の動きと合わせて活動を再開することが臨めるでしょう」

そこまで早瀬は説明し、一度言葉を区切った。

「ですが、当然この治療法にはリスクもあります。例えば電流を流す量を間違えれば、過剰な電流を受けることで正常な部位が損壊する可能性があります。また、電流を流す位置を誤ると、正常な電位の流れを狂わせる可能性があります。脳はとても精密な活動電位の流れによって動く機械だと思ってください。ちょっとした刺激で、エラーを起こす可能性もあります」

すると、早瀬は持っていたペンをテーブルに置くと、だらりと右手を下げた。

そうして今度は右手をあげてふたたびペンを持つ。

「今、私が右手をあげてペンを持つ、という動作を行えたのは脳の活動が正常に機能しているからです。目で見てペンの位置を視覚から認識し、手を動かすように脳が筋肉へ命令を送ります。筋肉を使って手を動かし、視覚から得た場所や距離からペンを掴むまでの動作を行います。このとき、視覚から情報を伝える電位に誤作動があればペンの位置を把握することができずペンを持つことはできません。このように、脳の活動に正常な活動電位の動きは必要不可欠です」

早瀬の説明を聞き、両親ふたりは「はあ」と声を漏らした。

要するに、それだけ精密に動いている機能へ無理やり外部から電気を流すこと自体がリスクだと言いたいのだろう。

「あの」珠月が手をあげた。「仮にもし、電気を流す量を間違えて脳の一部が損壊したら、どうなりますか?」

「障害が残るかもしれません」早瀬は回答する。「例えばそれによって半身麻痺のような状態になることも考えられます。もちろん外科手術などと違って直接身体の一部を傷つけるわけではないですが、代わりに正常な活動電位が機能しなくなるという可能性はありえます」

「そんな……」珠月の母は言葉に詰まった。

「もちろん、我々もそういったことがないよう十分に注意しますが、医療に完璧はありません。それも含めてこの治療を珠月さんに施すかを、ご家族でしっかりご相談してください」

そういうと早瀬はちらりと湊人を見やった。

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