第51話

病院のレストランに到着すると、珠月たちは先にテーブル席に座り注文を終えていたようだ。

湊人は席に腰掛け、店員へ追加で注文を告げた。

珠月たちには早瀬医師には准教授との昔話に付き合わされたと説明した。

さすがに先ほど早瀬医師から訊いたことはまだ珠月の両親には言えないなと思った。


「彼女ときみは親しい間柄あいだがらだと聞いたから、先に言っておく。彼女の海馬の機能を回復させる方法がないわけじゃない。しかし、これは危険な賭けだ。親は当然、記憶が戻るならそうしてくれというだろう。だが、きみには彼女の友達として、彼女の意思を尊重してほしい。眠っている記憶を無理やり呼び戻すことは、言うなれば昨日みた忘れてしまった悪夢あくむを呼び覚ますようなものだ。本人にとっては忘れてしまっていたほうが都合がいいものかもしれない。彼女自身がどうしたいのか、彼女自身がどうなりたいのか、それをいまの彼女から引き出せるのは、きみだけだろう。これは、医師としてではなく、ぼくの友人の友人へのお節介せっかいだと受け止めてくれ」

早瀬はそう湊人に言った。だが、そんなことを言われても、湊人にはどうすべきなのかわからなかった。

早瀬医師はその後、午後の面談でご家族には形式的な説明を行い、その後の方針について案内すると言い、湊人は別れた。


レストランでは簡単な軽食を注文した。あまり重たいものは胃に収まりそうになかった。

先ほど早瀬から訊いた話がぐるぐると湊人のなかで消化しきれずにいたからだ。

だが、第三者の湊人になにをどうしろというのだ。


四人は食事を終え、約束の午後二時に早瀬の診察室へ戻ってきた。

早瀬は珠月の脳波測定の結果を報告し、いくつか脳波の写真をホワイトボードに並べた。それから、おおむね珠月の脳波は正常に機能していること、その一部分、海馬の下部にほんのわずかなかげりがあること、この部分は脳自体の損傷がないことから機能が休眠状態にある可能性が高いことを説明した。

ここまでは湊人が事前に訊いたことと同じだった。早瀬医師は淡々と事柄の説明のみにてっしていた。

その説明を訊いた珠月の両親たちは、これはといった様子で驚きを隠せないようだった。

「じゃあ、その治療がうまくいけば、この子の記憶は戻るんですか」

「ことはそう簡単ではありません。まずは、治療する場合の方法と、リスクのご説明をいたします」

早瀬ははやる両親を抑え言う。

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