第48話

大学病院の建物は新しく、広々としていた。外の日差しが差込み、院内を明るく照らしている。湊人がたまに通う市立病院の待合室のような息苦しさはなかった。

珠月は両親と会話をしながら、落ち着かない様子を見せている。また新しい検査をするのだから、不安だろうなと思った。自分がいることで、なにか安心材料のように感じてくれればいいのだが。


しばらく待っていると、院内アナウンスで珠月の名が呼ばれ、指定の診察室へ入るよう告げられた。

診察室に入ると、大学の准教授と同じくらいの歳の男性が「どうぞ、おかけください」と椅子を示した。男性はすっきりとした顔立ちで、清潔感せいけつかんがあった。

担当医師は早瀬はやせと名乗り、准教授から連絡を受けているといい、紹介状に目を通した。その後、紹介状の内容に沿って珠月へいくつか質疑しつぎを行った。

その間、湊人と両親は座る珠月の後ろで成り行きを見守った。

「これまでの経緯や状態はわかりました。では、実際に行う検査ですが、まずは当院の検査機器について説明いたします」

そういうと早瀬医師は脳波測定のうはそくていの検査機器について説明を始めた。

本来、癲癇てんかん、睡眠障害、意識障害、

認知症にんちしょう脳死判定のうしはんていなどの病気や症例に使用されるものだと前置きし、非常に大掛かりで高精度こうせいどな機械であることを説明した。

また、測定結果について判読するにも専門知識と経験を持った医師が必要とのことで、早瀬医師ともうひとり経験のある助手の医師をつけて行われるということだった。

「珠月さんは交通事故から目覚めて以来、逆行性健忘の状態にあると思います。すでに以前、担当した医師から聞き及びかもしれませんが、逆行性健忘に対する完全な治療法というのは現代でも存在していません。この脳波測定についても、脳波の状態を調べ、まずは脳の伝達機能でんたつきのうが正常に機能しているかを確認するものであり、例えなにか異常がわかったとしても必ずしも治癒ちゆに繋がるというわけではありません」

早瀬医師はそれが大前提だと言わんばかりのことを説明した。これは准教授からも説明されていたので、それは湊人も重々承知していた。

「それでは、一週間後に機器の予約を取っていますので、来週また同じ時間にいらしてください」

早瀬医師はひと通り説明を終えると、そう言って本日は以上ですと締めくくった。

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