第40話

珠月は数日、考える時間がほしいと言った。

湊人は、それなら両親とゆっくり話し合って決めてほしいとだけ伝えた。

専門的な話を聞いているとはいえ、やはり湊人は珠月たち家族にとっては第三者なのだ。そこは立場をわきまえ、珠月と両親の判断に任せることにした。

「ね、もしさ」珠月は湊人に問いかける。「もし、わたしの記憶が戻ったら、わたしはどうなるのかな」

「えっ、それは…」

珠月の思いもよらぬ問いに湊人は返答にきゅうした。そんなこと、いままで思いもしなかったからだ。

だが、たしかにいまの珠月は湊人の知る以前の珠月とは、多少の性格の違いがあるように思う。もしかしたら准教授が以前に説明した解離性同一性障害のような状態があるのかもしれない。そうした場合、珠月が記憶を取り戻すことで、いまの珠月、つまりいま湊人が話をしている記憶をなくした珠月はどうなるのだろう。記憶を取り戻し、以前の記憶が復活して、記憶をなくしている間の珠月としての記憶はそのまま残るのではないのか。

「どうだろう、いまの記憶も過去の記憶も残るんじゃないのかな」

湊人はようやく応えた。それ以外になにがあるというのだろうか。

「ふぅん」珠月は湊人の答えに納得している様子はなかった。「それならいいんだけど」

「考えすぎだよ。もとの記憶が戻れば、きっと霧が晴れるみたいにすっきりするって」

湊人は珠月に言い聞かすように言った。だが、湊人の頭には先日、准教授が言ったパンドラの箱を開けるようなもの、という言葉を思い出していた。

珠月がいま記憶喪失の状態にあるのは、抑圧された記憶として自ら封じ込めているなにかがあるのかもしれない。それこそ、本来の人格を保てないくらいのなにかが。

本当に記憶を取り戻すことが、珠月にとって最善なのだろうか。

湊人にはその答えはわからなかった。

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