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第37話

拓海が病院へ運ばれてから四日が経過した。拓海はあれからも昏睡こんすい状態が続いており、目覚める様子は見られないということだ。

湊人は珠月の通う病院を訪れた。今日は珠月の二回目の主治医からの経過報告の日であり、前回同様に珠月の両親から同席の依頼を受けていた。

「珠月さんの状態についてですが」医師はさっそく主題について切り出した。「はっきり申し上げて、原因の特定はいまだにできておりません」

「はあ、そうですか」

主治医のきっぱりとした回答に、両親は落胆らくたんの色をかくせなかった。

「というのも、現在の珠月さんにどこも異常な部分はないからです。正直、我々も戸惑とまどっている状態で、なにが原因なのか皆目見当かいもくけんとうもつかない」

「あの」湊人は質問する。「それは珠月さんの脳が正常に機能している、ということですか?」

「はい、おっしゃるとおりです。ですので、治療についてもこれ以上の施しようがないというのが正直なところです」

医師の回答を聞き、湊人は驚きを隠せなかった。これほどの長期間におよぶ記憶喪失だ。なにかしら異常があってしかるべきだと思っていた。そのため、精密検査をすれば脳が正常に機能していない部分というのがどこかしらに見つかるのではと考えていた。だが、いまその考えは否定されたのだ。ではいったい、いまの珠月の状態についてどう説明がつくのだろうか。

「ひとつ、あるとすれば」医師は続ける。「私もこの分野は専門ではないですが、それは珠月さん自身の精神状態にあると言えるかもしれません」

「珠月さん自身の精神状態、ですか?」

「はい。つまり、本来の珠月さん自身がなんらかの精神状態により、本来持っている記憶を封じ込めている。思い出したくない、という強い意志を持っている、そういった可能性があります」

医師はそう三人へ告げ、湊人と両親は顔を見合わせた。

「いや、あの」母が切り出す。「ちょっと待ってください。仰る意味がわからんです。それなら、珠月が自分で記憶を思い出そうとしていないから、記憶喪失が長引いてるって、そういうことですか」

主治医は頷く。「断言はできませんが、そういう可能性がある、という話です」

「そんなアホな」珠月の父はたまらず声をあげた。「珠月はこの前まで元気に大学生活を送っていました。それまでも大きな病気もなく、健康に過ごしてきました。そんな珠月が自分から記憶を失くすなんて、ありえません」

「お父さん、落ち着いてください」医師は両手の平を見せ、二人をなだめる。「あくまでも可能性のひとつ、という話です。これからも検査と治療は続けますので、それでなにかわかるかもしれませんし、その結果、記憶を取り戻すかもしれません」

「しれません、しれませんって、さっきから可能性だとか、そんなんばっかりやないですか。もっとちゃんと言ってください。珠月の記憶は戻るんですかっ?」

「残念ながら」医師はそう前置きし続ける。「いまの段階では、どちらとも言えません」

その後、医師への苦言のような珠月の両親からの質問は続いたが、得られる回答はそのあとも同様で平行線のやりとりが続いただけだった。

湊人にも意味がわからなかった。

珠月自身が記憶を封じ込めている可能性があるだって?

両親の憤りはもっともで、なにより湊人自身も同じ気持ちだった。大学生活をともにした珠月のどこに、果たして記憶を封じ込めるほどの辛い経験があったというのか。ひとつはっきりしたことは、珠月が記憶を取り戻す治療法は、いまはないということだけだ。

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