第36話

病室に到着し谷原が扉を開けると、ぺこりとお辞儀をした。その先には中年の男女がおり、拓海の両親なのだと思った。

湊人は谷原に習い、ふたりへお辞儀じぎをする。

そして、こんな光景がつい最近にもあったとデジャブのように感じ、それが珠月の事故のときと同様だと思った。

こんな短期間に身近な友人ふたりが病院に運ばれ、意識を失うほどの事故に巻き込まれるなど、湊人にはまるで現実味がなかった。

「こちら、先ほどお話した、神林くんです。拓海くんとは大学の同期だそうで」

「神林です」

「わざわざこんな時間にすまないね」

拓海の父がそう湊人にいった。精悍せいかんな顔立ちをしているが、表情には疲れの色がにじんでいた。

病室には拓海がベッドに横になり、珠月と同様に定期的に刻む呼吸音と電子音が拓海の生存を伝えていた。だが、珠月のときとは違い、包帯ほうたいから覗く顔の皮膚ひふには赤黒いあざができ、れているようだった。

谷原の話によれば、拓海が気絶きぜつしたあとも何度も顔を蹴られたということだ。

なんてむごいことをするのだろう。湊人は拓海への犯人たちの所業しょぎょうに憤りを感じていた。

なぜ拓海がこんな状態になるまで怪我をさせられなければならなかったのか。

そこへ医師が入室してきた。

「拓海さんの状態はいまはなんとか安定しています。あばらの骨折などもありますが、脳自体の損傷は見られません。ただ、予断を許さない状態には変わりありません。彼の回復力を信じて目覚めるのを待ちましょう」

拓海は一命を取りとめたが、いまだ昏睡状態こんすいじょうたいが続いている。手術で傷などへの処置は問題なく行えたが、目覚めたあとに後遺症などが残る可能性もあるということだった。

湊人は谷原とともに拓海の両親へ挨拶し、部屋をあとにした。

「染川くんも災難さいなんだったね」谷原はいう。「ただ、話によればケンカをふっかけたのは染川くんのほうだったそうだ」

「は?拓海が?」

「あ、これ、神楽木さんには内緒な」そういって谷原は口元で人差し指を立てる。

捜査情報は本来は漏らしてはいけない規則ということだった。

「そんな、信じられません」湊人は動揺どうようした。「とても拓海が自分から誰かに殴りかかるなんて」

「まあ、お酒の場の酔った勢いでのケンカか、それともそれ以上になにか事情があったか、だろうね」

湊人としてはもっと情報がほしかったが、谷原はそれ以上は言えないといい、教えてはもらえなかった。

待合室まで引き返すと、神楽木がどこかへ電話をかけていた。相変わらず口が悪い言い方で電話口に向かっていいからやれだの、文句ばっか言ってんじゃねえだのと指示を出しているようだった。

近くまで送っていくという谷原の申し出により、電話を終えた神楽木とともに病院の地下駐車場に停めてあった車両に乗り込んだ。

車両はパトロールカーではなく、黒いセダンタイプの車だった。

それから湊人の自宅近くまで車で送ってもらった。車内では谷原が運転し、時おり他愛もない世間話を谷原が湊人にし、湊人はそれに相づちを打った。神楽木はスマートフォンを操作しておりひたすら無言を貫いていた。業務上、余計な情報を漏らさないようにしているのだろうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る