第35話

「あの」湊人はさっそく谷原へ訊ねる。「拓海が意識不明の重体って、いったいどういうことですかっ」

「その前に、こちらの質問にまずは答えてもらえるかな」

谷原は湊人をなだめるように言う。

「最後に染川くんと会ったのは?」

続いてそう質問する。

「え…っと」湊人はすこし考え、拓海と小競こぜり合いをした日を思い出そうとした。「たしか、十一月の二十九日です」

「うんうん、そのとき彼はどんな様子だった?」

「…素っ気なかったです。というのも、拓海とはその日ケンカをしてしまったので」

「ほう、ケンカ?」

谷原のまゆげがぴくりと動いた。

「ああいや、たいしたことではないんですけど、最近、拓海が彼女への態度たいどが冷たかったので」

湊人は正直に伝える。ただし、珠月の記憶喪失については触れずに。

「ふぅん…。彼女に冷たく、ね。きみはその彼女と知り合いなのかい?」

「はい、高校生のときからの同級生なので、拓海よりも前からの知り合いです」

「おい」

それまでだまっていた背の低い方の警察官、神楽木が割り込んできた。

「たらたらとくだらねえこと訊いてんじゃねえよ」

整った顔立ちと背格好せかっこうに似合わずトゲのある言葉づかいで谷原へ言った。

「あ、はい、すんません…」

「おい、おまえ」続いて湊人の方へ向き直る。「染川拓海からなにか訊いてないか?最近知り合ったやつの話とかだ」

「い、いえ、とくになにも…」湊人は神楽木のくちの悪さに気圧けおされながら応える。「あ、いや、そういえば…」

「なんだ?言え」

「最近知らない女の人と一緒だったことがあって、それもケンカの原因のひとつだったなと…」

「ガキのケンカなんか興味ないんだよ。で、その女の名前は?」

「すいません、えっとたしか、かわせ…、そう、かわせまことって言っていました」

「漢字は?」

「話しながら訊いただけなのでそこまでは…。ただ、同じ大学の二年生だと言っていました」

神楽木は少し逡巡しゅんじゅんした素振そぶりを見せる。

「ほかには?」

「それくらいです、思い当たるのは…」

「わかった、もういい」それで彼は湊人へすっかり興味を失ったらしく、谷原に拓海のもとへ案内するよう指示を出した。


谷原が病室へ案内する途中、拓海は複数人から暴行ぼうこうを受け、繰り返し受けた頭部への殴打おうだや蹴りによって意識を失い、そのまま病院へ搬送されたということだった。

また、暴行を受けた場所は青山の一角にあるクラブで、暴行を行った犯人たちはそのまま逃走したということだ。

その話を聞きながら、湊人は頭に疑問符がたくさん浮かんでいた。

拓海がクラブに出入りしていた?しかもそこで暴力 沙汰ざたに巻き込まれた?

湊人には意味がわからない。拓海はたしかにチャラい身なりをしてはいるが、クラブに行ったという話はこれまで聞いたことがない。それに暴行を受けたということだが、拓海と犯人たちの関係はいったいなんだったのだろうか。たまたま居合わせた人間と些細ささいなことで口論こうろん発展はってんしてケンカにでもなったのか。だが、湊人のよく知る拓海は自らケンカをふっかけるような性格ではなかった。

谷原の話を聞いても、それが拓海の話とはとうてい思えなかった。

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